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ゴロゴロしながら思いつく博之。ふくふく焼きの試験販売と味の調整。あとお手紙?回覧板を定期便で回したい。情報格差をなくす

伊勢の上の方への挨拶も終わり、信楽焼の話も、お好み焼きの話も、練り物玉の話も、

とりあえず一通り吐き出した。

 戻ってきた博之は、いつものように座敷でごろごろしていた。

「なあ」

 ヨイチが帳面を持ったまま、少しだけ身構える。

「何ですか」

「やっぱり、ふくふく焼きは早く形にしたいな」

「無理だと言っているじゃないですか」

「無理なんは分かってる」

「では、なぜ言うのですか」

「始終ご縁がありますように、やぞ」

 博之は、天井を見ながら言った。

「これ思いついたら、早く言いたいやん」

「旦那様のそれは商品開発ではなく、駄洒落を言いたいだけでは」

「半分そうや」

「半分もあるのですか」

 お花が呆れたように笑った。

「でも、旦那様。餡子が足りません。砂糖も小豆も安定していませんし、

 餡の炊き方もまだ試作段階です」

「そう。だから量は作れへん。珍しい量も無理や。けど、だからこそ実験や」

「実験、ですか」

「うん。いきなり内宮とか伊勢城下でやるんじゃなくて、松阪の湯あみで、五十個だけ売ってみる」

「五十個」

「一個五十文。二個で九十文。始終ご縁がありますようにってやる」

 ヨイチがすぐに言う。

「原価無視ですね」

「原価無視や」

「一番怖い言葉です」

「今回は調査費や。餡の量をどこまで減らしたら客が納得するか。皮の甘さはどれくらいがいいか。

 焼印は見えるか。紙に包んで崩れへんか。女衆が食べやすいか。味を聞く」

「なるほど」

「量が揃ってからやるんじゃない。先に少量で味を見る。甘味も包み方も俺の管轄外やから、

 いろいろ試してくれ」

 お花が頷いた。

「それなら、試作としてはありです。五十個限定なら、売り切れても話になりますし、

 失敗しても傷は浅いです」

「やろ」

「ただし、旦那様は売り場で“始終ご縁がありますように”を言いすぎないでください」

「言いたい」

「言いすぎないでください」

「はい」

 ヨイチは帳面に書き込んだ。

「ふくふく焼き試験販売。松阪限定。五十個。一個五十文、二個九十文。原価調査、味調査、

 包み紙調査、焼印確認」

「原価無視って書かんのか」

「書きません。怖いので」

 そこで博之は、ふと思い出したように言った。

「あと、全然関係ないんやけどな」

「関係ない話ほど、だいたい大事になります」

「お手紙を作りたい」

「お手紙?」

「いや、手紙というか……回覧板やな」

 お花が首をかしげる。

「回覧板、でございますか」

「そう。松阪本店で働いてる子らは、俺が変な試作をしたら食べられるやん。ふくふく焼きとか、

 お好み焼きとか、蜂蜜の平焼きとか」

「はい」

「でも、街道沿いや港の子らは食べられへん。差し入れで持っていくこともあるけど、毎回は無理やろ」

「そうですね」

「それに、何が起こってるかも分かりにくい。松阪ではふくふく焼きで騒いでる。伊勢では練り物玉の

 話がある。津では長野の若い衆が頑張ってる。上野は信楽焼き、名張は餡子の道。これ、

 本店の近くにおる子らは何となく聞くけど、遠い店の子らは置いてけぼりになるやん」

 ヨイチの筆が止まった。

「情報共有ですね」

「そう。それや」

 博之は起き上がった。

「定期便に紙を乗せる。日付を書いて、今こんなこと考えてます、今こんな試作してます、

 今どこで何がありましたっていうのを回す」

「誰が書くのですか」

「ヨイチとお花さんが喋って、字のうまい子に書かせる」

「私たちが喋るのですか」

「俺が書いたらしょうもないことばっかりになるやろ」

「自覚はあるのですね」

「ある」

 お花が少し笑った。

「でも、書くことがない時はどうするのですか」

「その時は、“旦那様が婚活会場で始終ご縁がありますようにと言いすぎて気持ち悪がられました”

 でええやん」

「それは載せてもよろしいのですか」

「よくないけど、面白いやろ」

「面白いですが、旦那様の威厳は落ちます」

「もともとない」

「あります。少しは」

「少しなんや」

 女衆の一人が笑いをこらえた。

 ヨイチは真面目に考え始めた。

「内容としては、試作品の話、店の新しい動き、定期便の予定、注意事項、良かった話、

 失敗した話、各横丁からの便り。そういう形でしょうか」

「そうそう。例えば、鳥羽では漁師がすり身天を食って反応が変わりましたとか。

 上野の子どもらが皿を数えられるようになりましたとか。名張は砂糖の相場を見に行きますとか」

「それは、士気にも関わりますね」

「やろ。みんな同じ伊勢松坂屋で働いてるのに、本店だけが新しい甘味を食えるとか、

 本店だけが話を知ってるとか、ちょっと嫌やねん」

 お花が静かに頷いた。

「情報に差があると、損得の気持ちが出ますね」

「そう。それが嫌や。給金は同じ水準でやってる。飯も寝床もできるだけ同じにしてる。

 なら、話もある程度は回したい」

「それはよいと思います」

「交流の場所も作ったやろ。松阪に皆が集まれる場所。あそこに貼ってもええ。伊勢や津や上野にも、

 そういう場所を少しずつ作って、回覧を貼る」

「読み書きの練習にもなりますね」

「それもある。読める子が読んで、読めへん子に話してやればええ。そこでまた会話になる」

 ヨイチは帳面に新しい欄を作った。

「伊勢松坂屋回覧。月二回、定期便で配布。内容は新商品、試作、各地の様子、注意事項、失敗談、

 旦那様の余計な言動」

「最後のいらん」

「人気が出るかもしれません」

「嫌な人気やな」

 お花が言った。

「でも、旦那様の失敗談があると、遠い店の子たちも笑えるかもしれません。大旦那が遠い

 存在になりすぎないという意味では、悪くありません」

「俺を笑いものにして組織をまとめる気か」

「はい」

「はいって言うな」

 座敷に笑いが起きた。

 博之は少し照れながらも、真面目な顔に戻った。

「まあ、ほんまのところな。店が増えると、知らん間に距離ができるやろ。松阪の子、

 伊勢の子、津の子、鳥羽の子、上野の子、名張の子。みんな別々になっていく」

「はい」

「でも、同じ飯を出して、同じ名前で働いてるなら、“今うちはこんなことしてるんや”って

 知っててほしい。ふくふく焼き食べられへんでも、“今こういうの作ってるらしいで”って

 話せるだけでも違うやろ」

「違います」

「だから、回覧板や。紙で道をつなぐ」

 ヨイチが少しだけ感心した顔をした。

「旦那様にしては、かなり組織的です」

「にしては、いらん」

「ただし、紙代と書き手が必要です」

「また帳簿か」

「当然です」

「まあ、謎の十万に入れとけ」

「回覧は謎にしません。ちゃんと項目を作ります」

「厳しい」

 お花は微笑んだ。

「ふくふく焼きも、回覧も、どちらも“届かない場所に届ける”ためのものですね」

「そうかもしれんな」

「甘味は味を届ける。回覧は話を届ける」

「ええこと言うな」

「書いておきますか」

 ヨイチが筆を持つ。

「それは恥ずかしいからやめろ」

 博之はまた寝転がった。

 ふくふく焼きは、まだ小さい。

 餡子も足りない。

 砂糖の道も遠い。

 けれど、五十個だけなら作れる。

 話の種にはなる。

 そして、遠い店へ紙を回すこともできる。

 食べられない子にも、話なら届く。

 博之は天井を見ながら呟いた。

「飯屋も大きくなると、飯だけじゃ足らんな」

 ヨイチが即答した。

「帳簿も必要です」

「それは嫌や」

 お花が笑った。

「話も必要です」

「それはいる」

 その日、伊勢松坂屋には新しく二つの試みが生まれた。

 五十個だけの、ふくふく焼き試験販売。

 そして、各地の横丁へ話を届ける回覧板。

 銭と飯だけでなく、情報もまた、道に乗せて回していくことになった。

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