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お好み焼きの実演。結構うけたwwwふくふく焼きもお好み焼きも筋とおしてこい。松坂→伊勢→伊勢神宮

伊勢の城主の屋敷に、鉄板が据えられた。

 挨拶に来ただけのはずが、いつの間にか庭先に火が起こされ、台が組まれ、

 伊勢松坂屋の者たちが慣れた手つきで材料を並べ始めている。

 大葉。

 刻みたくあん。

 生姜。

 下茹でしたごぼう。

 少し味を入れた鶏。

 茹でた蛸。

 細かくほぐした魚。

 そして、小麦粉と卵を水で溶いた生地。

 博之は、少し誇らしげに言った。

「せっかく大きめの鉄板を持ってきておりますので、いくつか焼いてみましょうかと」

 伊勢の上司は、面白がるように腕を組んだ。

「ほんまに挨拶に鉄板持ってくる飯屋がおるんやな」

「私もどうかと思いましたけど、見ていただくのが早いかと」

「まあ、見せてみい」

「はい。今日は下ごしらえした具材がありますので、好きなものを言うていただければ、

 それを入れて焼かせます。円形の鉄の型も用意しております」

 博之が合図すると、焼き手の女衆が鉄板の上に丸い型を置いた。薄く油を引き、

 生地を流す。じゅっと小さな音が立つ。

「なるほどな。これを目の前で焼くわけか」

「はい。婚活の会場では、これが焼けるまで少し時間がかかります。なので、

 最初に麦茶とうちの蜂蜜饅頭を出します」

「まず茶と饅頭か」

「そうです。いきなり男女を鉄板の前に立たせても、何を話せばいいか分からない方も

 おられますので、まずは麦茶と饅頭で少し場をゆるめます」

「それで?」

「少しおしゃべりしてもらってから、二人一組になっていただきます。そこで、

 “何を入れますか”と聞くわけです」

 博之は、具材の小皿を指さした。

「大葉が好きなんですね、とか。たくあんを入れたら面白いですよ、とか。

 鶏が好きなんですね、蛸が好きなんですね、とか。そういう小さい話ができます」

 上司は、目を細めた。

「ああ、そこで会話が生まれるわけやな」

「はい。黙って飯を出すより、自分で選ぶ方が話しやすいんです」

「お前、ほんまに縁談のこと考えすぎやろ」

「縁がないので」

「自虐が早いな」

 家臣たちが少し笑った。

 女衆は、選ばれた大葉と蛸、生姜を生地の上に乗せた。

 しばらく焼いてから、ヘラを入れる。

「ここでひっくり返します」

 くるりと返ると、周囲から小さく声が上がった。

「おお」

「崩れぬのか」

「焼き目がつくと、うまそうやな」

 最後に、味噌の香りをつけた醤油だれを薄く塗る。じゅっと香ばしい匂いが広がった。

「こうして焼き上げて、二人で分けて食べる形です。同じものを一緒に食べるので、“美味しいですね”という話にもなりますし、次は違う具を入れましょうか、という話にもなります」

 上司は、博之をじっと見た。

「お前の発想は、とことん下衆いな」

「ええっ」

「いや、褒めとる」

「褒めてますか、それ」

「男女が何を話すか分からんから、飯を口実に話させる。しかも同じ円を分けさせる。

 お前、絶対にやにやしながら見てるやろ」

「……少しは」

「やめろよ。お前がにやにやして焼いてたら、縁が逃げるぞ」

「大丈夫です。女将や女衆に焼かせます。私が前に出るなとは、散々言われました」

 お花が横で静かに頷く。

「はい。散々申し上げました」

 ヨイチも言う。

「旦那様は後方待機です」

「伊勢でもそれ言われるんか」

 城主は大笑いした。

「皆よう分かっとる」

 焼き上がったお好み焼きは、小さく切り分けられ、信楽焼の小皿に乗せて出された。

 上司が一切れを口に運ぶ。

「……うまいな」

「ありがとうございます」

「生地は薄いが、具があるから食いでがある。蛸の歯ごたえがええ。大葉と生姜で重くない。

 味噌だれも香りが立つ」

「別の具なら、また別の味になります」

「鶏なら少し腹にたまる。魚なら港向き。山菜なら寺社や郊外向き。たくあんなら安く作れる」

「その通りです」

「これは、ありやな」

 上司はもう一切れ食べた。

「特に、会話のきっかけというのがええ。飯だけなら食って終わりやが、選ばせると話が残る」

「はい。そこを狙っております」

「で、これをいくらでやる」

「寺社の縁会では、参加費を一人七十五文で考えております」

「七十五文」

「麦茶、蜂蜜饅頭、お好み焼き体験込みです。二人で百五十文。鉄板五つで、二部制にすれば、

 それなりの売上になります」

「その売上は?」

「全部、その会場のお寺や神社に寄進します」

 城主の顔つきが少し変わった。

「ほう」

「私は最近、儲かりすぎておりまして」

「自分で言うな」

「事実なので。で、銭を撒いているんですが、ただ渡すだけでは施しっぱなしになります。

 もらう方も、それが当たり前になるかもしれません」

「ですので、お寺や神社に場所を提供していただく。人を集めていただく。こちらは鉄板、材料、

 人、段取りを出す。参加者からいただいた会費は、そのまま場所代、あるいは寄進として

 お寺や神社に残す」

「なるほどな」

「うちは儲けません。ですが、お好み焼きという新しい飯を知ってもらえる。寺社には銭が残る。

 参加者には縁と話のきっかけが残る。これなら、ただ金を渡すより角が立たないかと」

 上司は黙って聞いていた。

 しばらくして、ゆっくり頷いた。

「それは取り組みとして、かなりええぞ」

「そうですか」

「ああ。金が回る。しかも恩着せがましくない」

 上司は、信楽焼の小皿を置いた。

「お前が“寄進しました”と言って十万文を置いていけば、相手はありがたいと思う。だが、

 それが続けば慣れる。慣れれば、もらえなかった時に不満になる」

「はい」

「しかし、この形なら違う。寺が人を集める。参加者が銭を出す。お前の店が飯と段取りを出す。

 結果として寺に銭が残る。これは、寺も自分で場を作った形になる」

「そこを狙っております」

「人も集まる。若い者も来る。親も来る。話も生まれる。お好み焼きという飯も広がる。

 これは綺麗なところに収まっておる」

 博之は、少しだけほっとした。

「ありがとうございます」

「ただし」

「はい」

「調子に乗るな」

「はい」

「いきなり内宮でやるな」

「もちろんです」

「伊勢城下でも、寺社や茶屋との筋を通せ」

「はい」

「甘味や飯を売る者と揉めるな」

「はい」

「そして、お前は焼くな」

「そこまでですか」

「そこまでや。お前がにやにやしながら焼いて、“縁ができますように”とか言ったら、

 せっかくの形が台無しや」

 家臣たちがまた笑った。

 博之は肩を落とした。

「どこ行っても同じこと言われる」

「皆が正しいということや」

 上司は、もう一枚別の具を焼かせた。今度は鶏とごぼう、たくあん入りだった。

 食べると、さっきとはまるで印象が違う。

「これも面白いな。たくあんの食感が残る」

「安い具でも、刻んで入れると価値が出ます」

「そこがお前らしい。高いものを高く売るだけではなく、安いものに話をつける」

「それが一番楽しいです」

「下衆いが、商人としては正しい」

「また下衆いって言われた」

「褒めとる」

 城主は楽しそうだった。

「このお好み焼き、松坂で先に試せ。寺社で形を作れ。それから伊勢城下で見せる。内宮は最後や」

「はい」

「ふくふく焼きも同じや。餡子の道が整うまでは急ぐな」

「承知しました」

「練り物の玉串の話も、あとで聞く。どうせそれも売れそうなんやろ」

 博之は、びくりとした。

「なぜ分かるんですか」

「お前の顔が、また何か隠してる顔や」

「……三つ選べる練り物玉を考えております」

「ほらな」

 上司はまた笑った。

「ほんまに飯のことだけは次々出るな」

「帳簿から逃げると、出てくるんです」

「逃げるな」

「はい」

 庭先には、味噌だれの香りがまだ残っていた。

 上司は最後に、少し真面目な声で言った。

「博之。お前のやり方は、ただの寄進でも、ただの商売でもない。飯を使って、

 人と銭を回しておる。そこはよい」

「ありがとうございます」

「だが、広がりすぎると必ず揉める。松阪、伊勢、津、鳥羽、上野、名張、信楽、北伊勢。

 もう十分広い。順番を間違えるな」

「はい」

「そして、金を撒くなら、場を作れ。場を作るなら、筋を通せ。筋を通すなら、顔を出せ」

「肝に銘じます」

「よし。では、もう一枚焼け」

「まだ食べるんですか」

「違う具を試したい」

 博之は笑った。

「それが、お好み焼きの狙いです」

「うまいこと言うな」

 そうして、伊勢の屋敷では、もう一枚、別の具のお好み焼きが焼かれることになった。

 飯は売れる。

 だが、それ以上に、会話が生まれる。

 場ができる。

 銭が回る。

 城主の言う通り、形は悪くないところに収まっていた。

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