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伊勢城主とお好み焼きの下りの話をする。ふくふく焼きの始終ご縁の話にも爆笑される。お好み焼きの実演

伊勢の城主へ挨拶に行くと、博之はいつも通り、まず頭を下げた。

「本日は、お呼びいただきありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はええ。最近、また妙なことをやってるらしいな」

 上司は、すでに笑う気満々の顔をしていた。

 博之は嫌な予感がした。

「妙なこと、でございますか」

「お好み焼きや」

「ああ……もう耳に入っておりますか」

「入るわ。寺で縁談の会をやって、男女に具を選ばせて、丸く焼かせて、

 縁がどうのこうの言うてるらしいやないか」

 博之は、少しだけ肩をすくめた。

「ええ、まあ。お好みで具を選んでいただいて、丸く焼く。円を焼く。縁を結ぶ。

 そういう話でございます」

 上司は、膝を叩いて笑った。

「めちゃめちゃ面白そうなことやってるやんけ」

「いや、あの、私が縁がないがゆえにですね」

「自分で言うな」

「縁談の話を考えると、妄想が膨らみすぎるんです。こういう場で何を話せばええんやろうとか、

 何があったら話しやすいんやろうとか、そう考えていたら、具を選ぶ飯になりまして」

「飯で縁を作るか」

「はい。ただ、先に申し上げますと、別に縁談だけではございません」

「ほう」

「親子でもいいですし、女衆同士でも、男衆同士でもいい。仲良くしたい人と、“何を入れますか”

 と話しながら食べる。そういうきっかけになればよいと思いまして」

 上司は、少し感心したように頷いた。

「なるほどな。選ぶから話が生まれるわけか」

「はい。黙って飯を出されるより、自分たちで選ぶ方が話しやすい。大葉が好きですか、

 たくあん入れますか、生姜は大丈夫ですか、辛味噌にしますか甘味噌にしますか。そういう

 小さい話ができるんです」

「お前、ほんま飯のことになると色々思いつくな」

「思いつきすぎて、今かなり戸惑っております」

「自分で広げといて何を言うてる」

「帳簿が追いつかなくなっております」

「ヨイチが泣いてそうやな」

「泣く手前でございます」

 上司はまた笑った。

「で、他にもあるんやろ」

「ございます」

「言え」

「ふくふく焼きというものを考えております」

「ふくふく焼き」

「小麦粉と卵を水で溶いて、小さく丸く焼きます。二枚の間に餡子を挟んで、

 焼印を押して、紙に包む甘味でございます」

「ほう。甘味か」

「一つ五十文、二つで九十文。二人で分ければ、一人四十五文」

 上司がにやりとした。

「四十五文」

「はい。しじゅうごもん。始終ご縁がありますように、でございます」

 城主は一瞬黙り、それから腹を抱えて笑い出した。

「お前、色狂いか」

「色狂いたいんですけど、狂わせてくれないんですよ、周りが」

「なんやそれは」

「私が変な女に引っかかると店が傾くと、うちの者たちが鉄壁の守りを敷いております」

「そら敷くやろ」

「お殿様まで」

「当たり前や。お前の商いはもう、お前一人の色恋で傾けてええ大きさやない」

「それが呪いでございます」

「呪い?」

「はい。自分では縁がない。けれど、縁がないからこそ、人の縁をどう作るかばかり考えてしまう。

 その呪いが、ふくふく焼きやお好み焼きを思いつかせるのです」

 上司は笑いながらも、どこか面白がる目で博之を見ていた。

「哀れやなあ」

「笑いながら言わないでください」

「いや、面白い。自分の縁が薄い男が、他人の縁を作る飯を考える。これはなかなかの話や」

「物語にはなります」

「商売にもなるやろ」

「そこが困っております」

 博之は少し身を乗り出した。

「ただ、ふくふく焼きはすぐには大きくできません。餡子が足りません」

「餡子か」

「小豆と砂糖が要ります。砂糖が高い。安定して手に入れるには、堺や京都方面の道を

 見ないといけません」

「それで?」

「信楽焼のために伊賀上野の拠点を作りました。今度は名張の方にも拠点を整えて、

 大和八木、大和高田、藤井寺、堺へ抜ける道を探ろうとしております」

 上司はまた笑った。

「飯のために道まで作るんか」

「飯のためです」

「皿のために信楽へ入り、餡子のために堺へ行く。お前は本当に飯屋か」

「飯屋でございます」

「飯屋が六角へ筋を通し、九鬼と海で話をし、長野をなだめ、今度は堺で砂糖か」

「自分でも何屋か分からなくなる時があります」

「それでも飯屋なんやろ」

「はい。飯屋です」

 上司は、しばらく肩を揺らして笑っていたが、やがて少し真面目な顔になった。

「で、最終的には内宮で売りたいんやろ」

 博之は一瞬だけ間を置き、正直に頭を下げた。

「左様でございます」

「やっぱりな」

「内宮で、御縁があるという名の甘味を売る。伊勢神宮で、縁起物として食べていただく。

 旅の記念にもなりますし、二つ買って分ける理由にもなります」

「ものすごい罰当たりな考え方をしてるな」

 上司は笑いながら言った。

「御縁がありますように、と言いながら銭を取るわけや」

「はい」

「伊勢神宮の近くで」

「はい」

「そして儲かる」

「……はい」

「正直すぎるわ」

 博之は苦笑した。

「もちろん、いきなり内宮ではやりません。まず松阪で試し、伊勢城下で反応を見て、

 餡子の供給が整ってから、筋を通して、最後に内宮を目指します」

「そこは学んだな」

「前に怒られそうになりましたので」

「怒られたくないだけか」

「はい」

「情けないが、正しい」

 上司は、近くに置いてあった包みを見た。

「試作品はあるのか」

「餡子が少ないので、本当に小さいものですが」

「出せ」

 博之が合図すると、お花が小さな包みを出した。紙を開くと、丸い小さな焼き菓子が現れた。

 上には伊勢松坂屋の焼印が入っている。

 上司はそれを手に取り、少し眺めてから口に入れた。

「ふむ」

 博之は少し緊張した。

「どうでございましょう」

「餡子が少ない」

「はい」

「皮は悪くない。小さいのもよい。女衆が食いやすそうやな」

「そこを狙っております」

「焼印も効いてる。紙で包めば土産になる」

「はい」

「これは、ちゃんと作れば売れるぞ」

 博之は、少しほっとした。

「ありがとうございます」

「ただし、内宮へ持っていく前に、松坂でやれ」

「もちろんでございます」

「伊勢城下にも話を通せ」

「はい」

「甘味屋や茶屋と揉めるな」

「そこは慎重にいたします」

「そして、お前は売り口上を言うな」

「またそれですか」

「お前が“始終ご縁がありますように”とか言いながらにやにやしてたら、女衆が逃げる」

「皆それ言います」

「皆が正しい」

 城主の周りにいた家臣たちも笑った。

 博之は肩を落としながらも、どこか嬉しそうだった。

「しかし、お殿様」

「なんや」

「私は本当に、縁がないからこういうものを考えているところがあります」

「分かる」

「自分が持っていないものを、飯で形にしようとしているというか」

「それは悪くない」

 城主は静かに言った。

「人は、自分が足りんものを商いにすることがある。お前は縁が足りん。だから縁の飯を作る。

 寂しいから、人が集まる場を作る。悪くない」

 博之は少し黙った。

「ただし」

「はい」

「罰当たりになりすぎるな」

「気をつけます」

「御縁を銭にするなら、ちゃんと人の縁も作れ。寺社に銭も残せ。甘味だけ売って終わりにするな」

「はい」

「それができるなら、ふくふく焼きも面白い」

 博之は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「で、お好み焼きは今日見せるんやろ」

「はい。鉄板を持ってきております」

「ほんまに持ってきたんか」

「持ってきました」

「飯屋が挨拶に鉄板持ってくるな」

「すみません」

「いや、見せろ」

 城主は楽しそうに立ち上がった。

「ふくふく焼きに、お好み焼き。縁がない男が縁の飯を作る。これはしばらく笑えるわ」

「笑いすぎでございます」

「笑われるだけありがたいと思え」

 博之は苦笑しながら、鉄板の準備を始めさせた。

 内心では怖かった。

 お好み焼きも、ふくふく焼きも、話せば話すほど現実味を帯びていく。

 餡子の道。

 寺社の縁会。

 伊勢城下。

 そして、いつか内宮。

 自分の縁のなさから生まれた飯が、本当に人の縁を作るかもしれない。

 城主はその様子を見ながら、また笑った。

「博之、お前は本当に面白い。自分は縁がないくせに、伊勢で御縁を売ろうとしてるんやからな」

「言い方がひどいです」

「だが、売れそうや」

「そこが怖いんです」

「怖がりながらやれ。それがお前らしい」

 博之は小さく頷いた。

 鉄板に油が引かれ、生地が丸く流される。

 味噌の香りが、伊勢の屋敷に広がり始めた。

 また一つ、飯の話が大きくなっていく音がした。

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