5月も二週間経ち屋敷の暮らしもなれる。25,000文+備蓄の使い方を分ける。仕入れ、拡張、寺への寄進、情報収集、予備費
屋敷での暮らしにも、少しずつ慣れてきた頃だった。
博之は夜、火のそばに紙を広げていた。墨をすり、筆を持ち、数字をいくつか並べる。
「……今、ざっくり二万五千文や」
ヨイチが目を丸くする。
「そんなにあるんか」
「現金ではな。ほかに、米や味噌なんかの備蓄が八千文分くらいある」
博之は紙に線を引く。
「せやけど、全部使ったら終わりや。大きく三つに分ける」
お花が静かに耳を傾ける。
「まず、運転資金。これは八千から一万文は要る」
「毎日の仕入れですね」
「そうや。米、味噌、野菜、豚、魚。ここ切らしたら店が止まる」
博之は次の欄に筆を置く。
「次に拡張や。鍋を増やす。包丁もいる。干物、漬物の道具もいる」
「また店増やすんか?」
ヨイチが聞く。
「豚汁屋の隣に、団子屋と魚屋を置く」
博之は淡々と言う。
「同じ場所に飯、甘いもん、焼き魚があれば客は流れる。ついで買いも出る」
ヨイチは少し考えてから頷いた。
「確かに、匂いで来るな」
「そうや。あと鶏や」
「鶏?」
「いきなり大きくはせん。何羽か仕入れて、育てるところからや」
博之は少し笑う。
「卵も取れるし、いずれ肉にもなる。まあ、手間はかかるけどな」
次に、人の話になった。
「ヨイチ、お花さん、それに古参の子らは給金を上げる」
「ほんまか」
「働きに見合う分は出す」
博之は顔を上げた。
「外に住ませとる連中も、続きそうなやつは少し上げる。逃げるやつは逃げる。残るやつに報いる」
その言葉に、お花が小さく頷いた。
「その方が、残った者も安心します」
「せや」
博之は紙の端に「寺」と書いた。
「それから寺や。武士たちに千文くらい持たせて、寄進してもらう」
「千文も?」
「高いように見えるけど、安い」
博之ははっきり言った。
「子どもらに字と数を教えてもらうためや。和尚に顔をつなぐ意味もある」
さらに続ける。
「あと、武士たちには少し小遣い渡す。十日に一回くらい、酒場……まあ、人が集まるところに
顔を出して、噂を拾ってもらう」
「情報か」
「そうや。どこの米が安い、どこで揉め事がある、誰が金に困ってる。そういう話は
先に知ってる方が強い」
ヨイチは感心したように唸った。
「子どもらの勉強は、難しいことはいらん」
博之は紙に大きく丸を描く。
「物の名前が書ける。数が数えられる。正の字で売れた数をつけられる」
「正の字?」
「五つ数える時に便利なんや」
簡単に線を引いて見せると、子どもたちが覗き込む。
「これだけでええ。店ごとに持って帰ってもらって、最後は俺が足し合わせる」
お花が少し笑った。
「帳面の始まりですね」
「せや。立派な帳面はいらん。まずは数をごまかさへんことや」
最後に、博之は紙の下に「予備三千文」と書いた。
「これは触らん」
「何用や?」
「病気、火事、逃げたやつの穴埋め、侍への対応。何かあった時の金や」
火がぱちりと鳴る。
博之は筆を置き、皆を見た。
「金は使わな増えへん。でも、全部使ったら守れへん」
静かな声だった。
「だから、回す金、増やす金、守る金に分ける」
ヨイチがゆっくり頷く。
「なんか、店やなくて町みたいやな」
「まだ店や」
博之は苦笑した。
「でも、飯を食える場所を増やすには、こうせな続かん」
その夜、皆はしばらく紙の上の数字を見ていた。
ただの銭ではない。
明日の飯であり、店であり、人であり、守りだった。




