二週間経ち辞めた理由を博之なりに分析し、食卓を囲っていた面々が納得する。
屋敷に移って二週間。朝の食卓は、すっかり形ができていた。
湯気の立つ豚汁、握り飯、それに今朝はサバの塩焼きが一尾ずつ。囲む顔ぶれは少し減ったが、
その分、空気は落ち着いている。
ヨイチが箸を動かしながら、ぽつりと言った。
「……しかし、三人も抜けたな」
誰もが一度は考えたことだった。
未亡人の一人、計算ができると言っていた若い男、そして武士が一人。
博之はサバの身をほぐしながら、淡々と口を開いた。
「まあ、想定内や」
「想定内なんか?」
ヨイチが少し眉を上げる。
「全部やないけどな。大体は読める」
博之はゆっくりと言葉を選ぶ。
「まず、お前らのことや」
ヨイチたち、孤児の面々を見る。
「お前らは辞めへん」
「なんでや?」
「身寄りがないからや」
その言い方はきついが、事実だった。
「それに、飯食わせてもろてるいう感覚がある。腹減ってた時間が長い分、そこに感謝がある」
ヨイチは少し黙って、それから小さくうなずいた。
「……まあ、せやな」
「せやから忠誠心もある。経験も学もないけど、その分裏切りにくい」
お花たち未亡人が静かに聞いている。
「だからこそや」
博之は続ける。
「和尚さんやお侍さんに教えてもらう。字と数。そこは時間かかるけど、育てる価値がある」
ヨイチが苦笑する。
「俺ら、期待されとるな」
「してる」
博之は短く言う。
それから、少し視線を落とした。
「未亡人の方はな」
お花の方を見る。
「本来は、孤児より辞めにくい思てた」
お花は静かにうなずく。
「でも、一人抜けた」
「……はい」
「そこは、お花に任せる」
博之ははっきり言う。
「残っとる分は、見てやってくれ」
「わかりました」
「もしな、いい縁があって旦那できたら、それはそれでええ。送り出したれ」
お花が少し驚いた顔をする。
「いいんですか」
「ええ」
博之はうなずく。
「ここは囲う場所やない。食える場所や」
少しだけ間が空く。
「戻る場所でもええしな」
その言葉に、お花は深く頭を下げた。
ヨイチが次の話を振る。
「で、あの計算できるやつや」
博之は少しだけ笑った。
「あれな、わかりやすい」
「なんでや」
「潰れた商家で働いとった言うてたやろ」
「うん」
「ほんまに出来るやつはな、潰れた後でも拾われとる」
ヨイチが「ああ」と声を出す。
「流れてきとる時点で、どっか問題ある」
「逃げ癖か」
「せや」
博之はサバを一口食う。
「逃げるのが悪いわけちゃうで。あかんとこから逃げるのはええ」
指で机を軽く叩く。
「でもな、腹満たされて、寝るとこあって、着るもんあって、二週間もしたら……」
少しだけ笑う。
「本性出る」
ヨイチも苦笑した。
「次行けるんちゃうかって思うんやな」
「そうや」
博之はうなずく。
「ワシは城の普請で二週間働いて五百文や。野ざらしで寝てや」
指を折る。
「ここはどうや。寝るとこある、飯ある、それで三百文前後や」
「……確かに」
「普通に考えたら、残る方が得や」
少し間を置く。
「でも、目先の“もっとええとこ”に行きたなる」
ヨイチが鼻で笑う。
「欲出るんやな」
「人間や」
博之は淡々と言った。
「武士も同じや」
「武士もか」
「領地追われて、ここ来とる時点でな。腕あれば、どっかで拾われとる」
ヨイチが腕を組む。
「……せやな」
「腹満たされたら、また動く」
博之は最後の一口を食べた。
「だから、押して知るべしや」
しばらく沈黙が流れる。
火の音だけが、ぱちりと鳴る。
「ほな、残っとるやつは」
ヨイチが言う。
「信用してええんか」
博之はゆっくりと顔を上げた。
「今のところはな」
静かに答える。
「腹満たされても、残っとる。そこは見てええ」
お花がぽつりと言う。
「……選ばれてる、いうことですね」
「お互いや」
博之は小さく笑った。
ヨイチが感心したように言う。
「旦那、よう見てるな」
「見とかなあかんやろ」
博之はあっさり言う。
「飯食わせるいうことは、人抱えるいうことや」
その言葉に、皆が黙ってうなずいた。
朝の光が、少しずつ強くなる。
サバの骨だけが、皿の上に残っていた。




