松坂城主から顔を出せと言われて参上。三輪そうめんと信楽焼を提供。近況報告
松阪の城主から呼びが来た。
「最近、また面白いことをしておるらしいな。顔を出せ」
そう言われた以上、行かないわけにはいかない。
博之は、少しだけ寄進を包み、さらに大和方面から手に入った素麺を持たせた。
寄進の方は、もう帳面に細かく載せない。
「謎の十万文に入れとけ」
「また雑なことを」
ヨイチが嫌な顔をした。
「ええねん。こういうのを全部細かく書いたら俺が病む」
「帳簿役も病みます」
「お互い様や」
それに加えて、信楽焼の器もいくつか持っていくことにした。
素麺を盛る器。
つゆを入れる小鉢。
少し上等に見える茶碗。
料理だけではない。器も見せる。信楽焼の道ができつつあることも、
城主へ伝えるにはちょうどよかった。
松阪の城主の屋敷に着くと、博之はまず頭を下げた。
「本日は、大和の方から素麺が手に入りましたので、うちのつゆでお召し上がりいただければ
と思いまして」
「おお、素麺か」
「はい。信楽焼の器も入ってきましたので、こちらでお出しします」
「また妙なものを持ってきたな」
「妙ですが、なかなか良いものです」
台所を借り、素麺を湯がく。冷やした水にさらし、信楽焼の器に盛る。小鉢には、
伊勢松坂屋の天つゆを少し薄めたもの。薬味も添える。
上司は、器を手に取って眺めた。
「この器、悪くないな」
「信楽焼でございます。伊賀の方から買い付けの道ができつつありまして」
「ほう。伊賀か。お前、とうとう器まで道を作ったか」
「飯屋なのに、皿で悩むことになりました」
「飯屋なら皿で悩め」
上司は笑いながら素麺をすすった。
「うまいな」
「ありがとうございます」
「このつゆもよい。夏場にはええわ。器も涼しげに見える」
「信楽焼を使うと、同じ飯でも少し格が出る気がします」
「そうやな。これ、家臣にも出せ」
「はい」
家臣たちにも素麺が配られると、場は穏やかになった。暑い日だったので、冷たい素麺はよく合った。
上司は満足そうに箸を置く。
「しかし、お前、忙しいのは分かるが、ちょいちょい顔を出せよ」
「申し訳ございません。松阪、伊勢、津、鳥羽、伊賀、名張と、だんだん自分でも何をしているのか
分からなくなっております」
「それを聞きたいから呼んどるんや」
上司はにやりと笑った。
「最近は、郊外の寺でまた面白いことをやっとるらしいな。お好み焼きの縁会か」
「もう耳に入っておりますか」
「入るわ。鉄板を持ち込んで、男女で具を選ばせて焼かせるとか。お前は飯屋なのか、縁談屋なのか、
寺社の世話役なのか、分からんな」
「私も分かっておりません」
「それと、ふくふく焼きというのも聞いたぞ」
博之は少し身構えた。
「一つ五十文、二つで九十文。二人で分ければ四十五文。始終ご縁がありますように、か」
「はい」
「ええやないか」
「ありがとうございます」
「当然、伊勢より先に松阪でやるんやろうな」
上司の目が少し鋭くなる。
博之はすぐに頭を下げた。
「もちろんでございます。前に伊勢で先にやって怒られそうになったことがありますので、
今回は松阪で試します」
「少しは学んだか」
「怒られるのが嫌なので」
「理由は情けないが、判断は正しい」
城主は大きく笑った。
「で、最終的には内宮で出したいんやろ」
「はい。内宮さんで店を出したことで、正直、利益がとんでもないことになっております。
ふくふく焼きも、いつかは内宮近くで出したいと思っております」
「餡子を使うからか」
「そうです。小豆と砂糖の道が必要になります。名張から大和、高田、藤井寺、堺へ
抜ける道を探っています」
「ほう。甘味のために道を作るか」
「飯のためなら、道も作ります」
「大した飯屋や」
上司はまた笑った。
「しかし、四十五文で始終ご縁か。よくそんなことを思いつくな」
「正直、それを言いたいがために作ったところがあります」
上司は腹を抱えて笑った。
「お前、自分が縁に恵まれてないくせに、そんなことばっかり考えてるのか」
「お殿様、それが問題でして」
「何がや」
「私は一人身で、寝なし草からどうにか飯屋を始めて、気づいたら店が大きくなりすぎました」
「それは知っとる」
「そうなると、私の色恋沙汰で店が傾くと言われまして、うちの女衆とヨイチが
鉄壁の守りを敷いております」
上司はさらに笑った。
「なんやそれは」
「私が変な女に引っかかると、店が危ないと」
「まあ、それはそうやろ」
「お殿様まで」
「そらそうや。お前、金の使い方が変やからな。寂しさに負けたら何をするか分からん」
「皆そう言います」
「皆が正しい」
博之はしょげた。
「ですので、自分の方は若干諦めまして、人の婚活イベントに首を突っ込んでおります」
「何の呪いやねん」
上司は涙が出るほど笑った。
「そんだけ銭を持って、浮いた話一つできへんのか」
「できません。守備が固すぎます」
「哀れやな」
「笑いながら言わないでください」
「いや、面白すぎるわ」
ひとしきり笑った後、城主は少し真面目な顔になった。
「しかし、その寄進の形を変えるという話は、悪くない」
「ありがとうございます」
「お前は最近、ばらまきすぎている」
「自覚はあります」
「寺社も、最初はありがたいと思う。だが、続くと当たり前になる。もらう側の努力がだらける。
これはよくない」
「そこが気になっておりました」
「松阪と伊勢だけやぞ。今のお前のやり方が許されるのは」
上司は、信楽焼の器を軽く叩いた。
「お前は飯を出し、銭を回し、道を作る。だから許されている。だが、ただ銭を配るだけなら、
いずれ毒になる」
「はい」
「今回のように、寺で会を開き、参加者から会費を取り、その売上を寺に残す。これはよい。
寺も人を集める理由ができる。自分たちで場を作ることを考えるようになる」
「恩着せがましく寄進しない形にしたかったんです」
「それや。甘やかすのと、甘やかされるのは違う」
上司は、ゆっくりと言った。
「困っている者に飯を出すのはよい。寺社に銭を出すのもよい。だが、それが当たり前になれば、
相手は考えなくなる。考えなくなった者は弱くなる」
「はい」
「お前の飯会は、人を集める。人が集まれば話が生まれる。話が生まれれば縁ができる。
縁ができれば、次の商いも生まれる。そういう形なら続く」
博之は深く頭を下げた。
「その方向で進めます」
「進めろ。ただし、松阪の顔は立てろ」
「もちろんでございます」
「ふくふく焼きも、お好み焼きも、伊勢へ持っていく前に一度こっちへ持ってこい」
「はい」
「特にふくふく焼きは、家臣の女房連中に食わせて反応を見るとよい」
「それはありがたいです」
「ただし、お前は売り口上を言うな」
「なぜですか」
「お前が言うと、縁が逃げそうや」
家臣たちが吹き出した。
博之は肩を落とした。
「皆それ言います」
「皆が正しい」
上司は最後に、素麺の器を持ち上げた。
「この信楽焼も、また持ってこい。器が変わると飯も変わる。素麺もよかった。次はふくふく焼きやな」
「承知しました」
「そして、たまには顔を出せ。お前の話は、下手な戦の報告より面白い」
「それは褒め言葉として受け取ってよろしいですか」
「半分はな」
「半分ですか」
「残り半分は、面倒ごとを起こすなという釘や」
「肝に銘じます」
屋敷を出る頃、博之は少しほっとしていた。
怒られたような、褒められたような、笑われたような。
いつものことだ。
だが、寄進の形を変えることについては、確かに背中を押された。
ただ配るのではない。
場を作る。
人を集める。
縁を残す。
寺社にも考えるきっかけを渡す。
博之は、帰り道でぼそりと言った。
「甘やかすのと、甘やかされるのは違う、か」
ヨイチが横で頷いた。
「帳面にも書いておきます」
「それは書かんでええ」
「大事です」
「じゃあ書いとけ」
お花が少し笑った。
「旦那様、ふくふく焼き、まず松阪でしっかり試しましょう」
「そうやな」
「ただし、売り口上は女衆がやります」
「またか」
「またです」
博之は空を見上げた。
自分の縁は相変わらず遠い。
けれど、人の縁を作る飯なら、どうやら少しは作れるらしい。
それなら、それでいいか。
そう思いながら、博之は松阪の横丁へ戻っていった。




