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松坂郊外の寺でお好み焼きの婚活イベントを行う。和尚さんとお話しながら新たな寄進の形を探る

松阪郊外の寺へ、博之は朝から顔を出した。

 今日は、ただの飯会ではない。

 伊勢松坂屋としては、新しい寄進の形を試す日だった。

 境内の一角には、鉄板が五つ並べられている。

 その横には、小麦粉と卵を水で溶いた生地。大葉、刻みたくあん、生姜、ごぼう、山菜、少しのタコ。

 味噌だれも甘め、辛め、生姜入りと三つ用意してある。

 そして最初に出すのは、麦茶と蜂蜜饅頭。

 参加する者たちは、一人七十五文を払う。

 まず麦茶を飲み、蜂蜜饅頭をつまみながら、男女で、あるいは親子で、あるいは知り合い同士で

 軽く話す。

 その後、二人一組になって、具材を選び、お好み焼きを焼く。

 博之は、境内の端からその様子を見ていた。

「意外と穏やかに進んでますね」

 お花が言う。

「もっとぐちゃぐちゃになると思ってた」

「旦那様が前に出なければ、だいたい穏やかです」

「それ、俺が原因みたいに言うな」

「原因です」

 ヨイチも即答した。

 和尚は、そのやり取りを聞いて笑いながら近づいてきた。

「いや、これはよろしいですな」

「そうですか」

「ええ。実によろしい」

 和尚は、麦茶を片手に話している男女の方を見た。

 最初はぎこちなかった者たちが、饅頭をきっかけに少しずつ声を出している。

 具材を選ぶ段になると、さらに話が増えた。

「大葉はお好きですか」

「生姜は少しなら」

「たくあんを入れるんですか」

「食感が面白いらしいですよ」

 そうやって、自然に言葉が生まれている。

 和尚は頷いた。

「これは、ただ飯を振る舞うのとは違いますな」

「そうなんです」

 博之は少し真面目な顔になった。

「うちも、最近ちょっと大きくなりすぎまして。寄進も、まあ、正直言うたら普通に

 ばらまいてる感じになってるんですよ」

「それは感じておりました」

「やっぱり?」

「ええ。私のように、最初の頃から旦那様を見ている者なら、“また伊勢松坂屋の旦那が来た、

 面白い話を聞かせてもらおう、ついでに寄進もいただこう”くらいで済みます」

「和尚さん、正直すぎません?」

「しかし、これだけあちこちに撒いておられると、受け取る側が、それを当たり前と

 思い始める危うさもあります」

 博之は深く頷いた。

「そこなんです。施しって、いつまでも施しでいけるわけちゃうんですよね。

 うちは今、伊勢と松阪が怖いぐらい回ってるからできてるだけで」

「ええ」

「だから、ただ銭を渡すんじゃなくて、場を作る。人が集まって、話して、食べて、

 そこで出た会費をお寺に置いていく。そうすれば、お寺も“もらった”というより、

 “場を作った”という形になるかなと」

 和尚は、しみじみと笑った。

「旦那は、やはりまともですな」

「そう言われると不安になります」

「まともです。少なくとも、課題を課題として見ておられる」

 鉄板の方では、一組目のお好み焼きが焼き上がり始めていた。

 店の者が、生地の端を確かめ、ヘラを入れ、ひっくり返す。

 見ていた男女が、思わず声を上げる。

「おお」

「崩れなかった」

「きれいに丸い」

 そこへ味噌だれを塗る。

 香りが境内に広がる。

 和尚は目を細めた。

「人が集まる、というのがよいですな」

「はい」

「寺は本来、人が来る場所です。祈る者、悩む者、縁を求める者、飯を求める者。そこに、

 こういうきっかけがあるのはありがたい」

「縁が集まる、って感じですかね」

「まさに」

 博之は、鉄板の方を見ながら言った。

「この鉄板、できれば置いていきます」

「よろしいのですか」

「はい。定期的にやりましょう。縁会でもいいし、炊き出しのついででもいい」

「炊き出しのついで?」

「はい。小麦粉と卵と水で溶いた生地に、蜂蜜を入れたら、甘い丸い焼き物になります。

 子どもらに配ったら喜ぶと思うんです」

「なるほど」

「具材を入れたらお好み焼き。蜂蜜を入れたら甘い焼き菓子。味噌を塗れば小腹満たし。

 夕方に出してもええ。用途に応じて、練り方と出し方を変えれば、鉄板も喜ぶでしょう」

 和尚は大きく笑った。

「鉄板も喜びますか」

「たぶん」

「では、大事に使わせていただきます」

「ただし、火の元だけは本当に気をつけてください。鉄板は便利ですけど、火を使います。

 油も使います。ちゃんと拭く、洗う、冷ます、火の確認をする。そこは絶対です」

「もちろんです」

「必要なら、こういう催しの時は、うちの者を出します。焼き手も、火の番も、片付けも」

 ヨイチが横から補足した。

「鉄板を置く場合、管理表を作ります。使用日、使用者、火の始末、清掃、破損の

 有無を記録してください」

 和尚が笑った。

「帳面までついてきますか」

「ヨイチがいる限り、ついてきます」

「必要です」

 ヨイチは真顔だった。

 お花が続けた。

「今日の売上は、そのままこちらへの寄進としてお納めします。参加者からいただく形ですので、

 ただの寄進よりも自然かと」

「ありがたいことです」

 和尚は、参加者たちを見渡した。

「皆が喜び、寺に人が集まり、伊勢松坂屋の新しい飯も広がる。これは、よい形です」

 ちょうどその時、一組の男女が焼き上がったお好み焼きを半分ずつ分けて食べていた。

 女が少し笑い、男が照れくさそうに味噌だれの感想を言う。

 周りの者たちも、それを見て少し和む。

 和尚が、ふと博之を見た。

「ところで旦那様」

「はい」

「縁の催しの時、旦那様は近づかない方がよいと聞きましたが」

 博之の顔が固まった。

 ヨイチが淡々と言う。

「はい。旦那様は余計なことを言います」

 お花も頷いた。

「ふくふく焼きの時も、売り文句を言いたすぎて、参加者に追い払われました」

「言い方」

 和尚は腹を抱えて笑った。

「なるほど。では、私は旦那様のお相手をして、鉄板の方へ近づかないようにすればよろしいのですな」

「そういう役目になるかと」

「お花さんまで」

「大事な役目です」

 博之はしょげた顔で言った。

「俺が考えたのに」

「考えた人が前に出ると、縁が逃げることもあります」

 和尚がにこにこしながら言う。

「旦那様は、こちらで茶でも飲みながら、遠くから見守りましょう」

「それ、寂しいんですけど」

「縁のためです」

「縁のためならしゃあないか」

 境内には、味噌の香りと麦茶の湯気、蜂蜜饅頭の甘い匂いが混じっていた。

 銭を渡すだけではない。

 飯を振る舞うだけでもない。

 人が集まる場を作り、その場の売上が寺に残る。

 博之は、鉄板の前で笑う人たちを見ながら、小さく言った。

「これは、続けてもええな」

 ヨイチがすぐに答える。

「続けるなら、帳簿が増えます」

「今それ言うな」

 和尚とお花が笑った。

 それでも、博之の顔は少し満足げだった。

 新しい寄進の形は、思ったよりも穏やかに、思ったよりも温かく、寺の境内に根を下ろし始めていた。

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