お好み焼きの販売方法を考える。婚活の場で一緒に選んでもらって焼いていくのがいいのでは?
「俺さ」
博之が、焼き台の前で妙に真面目な顔をしていた。
ヨイチは、その顔を見ただけで少し身構えた。
「また悪い思いつきを考えていますね」
「悪いとは何や」
「だいたい、旦那様が“俺さ”から入る時は、帳簿が増えます」
「今回は試験用や。すぐ店に出すには早いと思ってる」
「なお怖いです」
お花も、少し離れたところからこちらを見ている。女衆たちも、何か始まりそうだと察して、
手を止めた。
博之は、焼き台の上に指で円を描いた。
「やっぱりな、婚活の場とか、社交の場やねん」
「また婚活ですか」
「いや、今回はもっと広い。お料理教室や」
「お料理教室?」
「そう。お好み焼きを一緒に作る会」
ヨイチは、一瞬だけ黙った。
「旦那様、別の商売になっていませんか」
「別の商売や」
「認めるんですか」
「でも、飯屋の別の商売や。飯を売るだけやなくて、飯を作る体験を売る」
博之は、どんどん熱を帯びていく。
「たとえばや。男と女で十組ぐらい。別に全部男女じゃなくてもええ。夫婦でもええし、
親子でもええし、子どもと婆さんでもええ。二人一組で、円形の型を置いて、そこに生地を流す」
女衆の一人が首を傾げる。
「円形の型ですか」
「そうや。平たい焼き場にそのまま流したら、だらだら流れて円にならんやろ。
だから丸い木型か、鉄の輪っかを置く。液止めやな」
ヨイチがすぐに現実へ戻す。
「木型だと焦げませんか」
「そこは考える。最初は厚めの木でもええし、鉄の輪ならなおええ。焼き台に丸い枠を置いて、
先に菜種油を敷く。ごま油でもええ。香りが出るからな」
「油を敷くのですね」
「くっつき防止や。揚げるほどやなくて、薄く油を引く。そこに生地を流す。で、具材を選んでもらう」
博之は、横に並べた皿を指さした。
「大葉、たくあん、生姜、ごぼう、山菜、タコ、イカ、鶏。こっちで下処理して細かく刻んどく。
参加した二人が、“私はこれがいい”“私はこれを入れてみたい”って話しながら選ぶ」
お花が少し笑った。
「あなたと私のお好みで、ということですね」
「それや」
博之は嬉しそうに頷いた。
「あなたと私のお好みで焼く。円を焼く。縁を焼く。二人で選んで、二人で食う。
これ、縁談の場にぴったりやろ」
ヨイチが冷静に言った。
「旦那様が縁談の場に持ち込みたいだけでは」
「それもある」
「正直ですね」
「でも、縁談だけやない。旦那と奥さんでもええ。子どもとお婆ちゃんでもええ。
友達同士でもええ。要は、二人一組で“自分たちのお好み”を作るんや」
女衆たちが、少しずつ興味を示し始めた。
「具を選べるのは楽しそうです」
「でも、素人に焼かせるのは難しくありませんか」
「ひっくり返す時に崩れそうです」
「火傷も怖いですね」
博之は、そこも考えていた。
「それやねん。女の子が自分でひっくり返すのは、難しいかもしれん。
ヘラで一緒にひっくり返すのも、慣れてないと崩れる」
「では、どうするのですか」
「選ぶだけでもええ」
「選ぶだけ?」
「そう。焼き場は一つで、こっちが六枚ぐらい一度に焼く。参加者は具材を選んで、
生地の上に乗せるところまでやる。焼くのはうちの者がやる。最後に味噌だれを塗る時だけ、
自分らで選ぶ」
ヨイチが頷いた。
「それなら安全です」
「やろ。自分たちで作った気分は出る。でも失敗は少ない」
「旦那様にしては現実的です」
「にしては、いらん」
お花が少し考えて言った。
「お料理教室というより、“お好み焼き体験”ですね」
「そうや。体験を売る」
博之は、ここで声を落として言った。
「材料費だけなら、たぶん二十文ぐらいや。具材を安いものにすればな。
たくあん、大葉、ごぼう、山菜。少しだけタコや鶏を入れても、まあ調整できる」
「それをいくらで売るのですか」
「百文」
ヨイチが目を細めた。
「材料費二十文のものを、百文ですか」
「違う。飯を売るんちゃう。体験を売るんや」
「また言葉で値段を上げようとしていますね」
「違う。料理を一緒に作る時間、会話のきっかけ、焼ける匂い、食べる楽しさ。それ込みで百文や」
お花は、静かに頷いた。
「それは、ありかもしれません」
「やろ」
「縁談の場で、ただ座って話すだけだと、話題に困る方も多いです。けれど、具を選ぶ、
焼けるのを待つ、食べる、という流れがあれば、自然に会話ができます」
「そうやねん」
博之は勢いづく。
「“大葉好きなんですか”とか、“たくあん入れるんですか、面白いですね”とか、
“辛い味噌にしますか、甘い味噌にしますか”とか、話すことができる」
女衆の一人が笑う。
「旦那様、妙に具体的ですね」
「俺が欲しかった会話や」
「切実ですね」
「うるさい」
ヨイチは帳面を開いた。
「横丁を一日閉める、という話もされていましたね」
「うん。普通の営業中にやると混乱する。だから一の日とか、人が集まる日を決めて、
横丁の一角を閉める。そこで十組限定のお好み焼き体験をやる」
「十組なら、二十人です」
「麦茶つき。味噌汁は別料金でもええ。蜂蜜饅頭や福福焼きも横で売れる」
「また周辺商品を売る気ですね」
「当たり前や。お好み焼き焼けるまで待つやろ。その間に麦茶と饅頭や」
お花が少し笑った。
「商売としては、かなり考えられていますね」
「やろ」
「ただ、旦那様が縁談を覗きたいだけではありませんよね」
博之は目を逸らした。
「……半分ぐらい」
「半分もあるのですか」
「だって見たいやん。二人で具を選んで、ちょっと照れながら食べるところ」
「旦那様は後方待機です」
「またか」
「またです」
ヨイチが淡々と言う。
「旦那様が前に出ると、縁が逃げます」
「ふくふく焼きの時も言われた」
「学んでください」
「はい」
博之は少ししょげたが、すぐにまた立ち直った。
「でも、芸子さんにやらせるのもありかもしれんな」
「芸子さん?」
「場を回す人がいるやろ。具材を選ばせたり、話を振ったり、“こちらのお二人は大葉ですね、
香りがよろしいですね”とか言ってくれる人」
「それは確かに、司会役がいると良いですね」
「うちの女衆でもできるかもしれんけど、慣れてる人を呼ぶのもありや」
ヨイチが筆を走らせる。
「お好み焼き体験。十組限定。二人一組。材料費二十文前後、参加費百文。麦茶つき。焼きは店側。
参加者は具材選択と一部盛り付け。縁談、夫婦、親子、友人向け。司会役検討」
「すぐ帳面にするな」
「しないと旦那様が明日やります」
「やりそう」
「でしょう」
女衆たちも、次々と意見を出し始めた。
「具材は最初から多すぎると迷います」
「三つぐらいの組み合わせを用意した方がいいですね」
「山菜大葉、たくあん生姜、タコ味噌、とか」
「甘味噌と辛味噌を選べるのも良さそうです」
「焼くところは熱いから、子どもがいる時は近づけすぎない方がいいです」
「縁談の場なら、二人で一枚を半分に分けるのが良いですね」
博之は嬉しそうに頷いた。
「ほら、みんな乗ってきたやん」
「商品としては面白いですから」
お花が言った。
「ただし、旦那様のいやらしさを前面に出さなければ」
「また言う」
「言います」
ヨイチは真面目な顔で言った。
「これは、お好み焼きを売るというより、お好み焼きを通じて人が話す場を作る商売です」
「それや」
「つまり、飯屋であり、社交場です」
「そうや」
「旦那様が一番やりたかったものに近いのでは」
博之は一瞬、黙った。
飯を売る。
それだけではない。
人が集まり、話し、笑い、少し近づく。
そのきっかけを作る。
自分が寂しがりだからこそ、そういう場を作りたいのかもしれない。
「そうかもしれんな」
博之は小さく言った。
「ただ食べるだけやと、飯や。けど、一緒に作って食べたら、思い出になる」
お花が頷いた。
「良い言葉です」
「今のは売り文句にできるな」
「すぐ商売に戻りますね」
「飯屋やからな」
ヨイチは帳面を閉じた
「では、まずは試験会ですね。いきなり客から百文取らず、女衆と男衆、子どもたち、寺社の方で試す」
「そうやな。まずは身内でやる。ひっくり返す時に崩れるか、火傷するか、どれぐらい
時間かかるか見る」
「その上で、婚活飯会か社交の場で十組限定」
「完璧やな」
「完璧ではありません。試験です」
「はいはい」
博之は、焼き台の上に置く円形の枠を想像した。
二人で具を選ぶ。
丸い生地に乗せる。
焼ける匂いを待つ。
味噌だれを選ぶ。
半分に分けて食べる。
あなたと私のお好みで。
その言葉が、妙にしっくりきた。
「これはいける」
博之は言った。
ヨイチは即座に返した。
「帳簿は増えます」
「最後にそれ言うな」
お花が笑い、女衆たちも笑った。
福福焼きから始まった焼き台の思いつきは、今度は料理教室へ変わろうとしていた。
飯を売るのではない。
人が近づく時間を売る。
伊勢松坂屋は、また一つ、妙な商売を始めようとしていた。




