円形のものを一緒に食べる。あなたのお好みで具材を選んで焼いて食べてください。「お好み焼き」www
「あのな、少し見えたで」
博之が、焼き台の前で急にそんなことを言い出した。
お花が手を止める。
「何が見えたんですか」
「飯を食べる絵や」
「飯を食べる絵?」
「そう。人が向かい合って、丸いもんを食ってる絵や」
ヨイチが帳面を抱えたまま、少し警戒した顔をする。
「旦那様、また何か思いつかれましたね」
「思いついた」
「原価が高い話ですか」
「いや、むしろ逆や」
博之は、さっきまで福福焼きに使っていた小麦粉と卵の生地を指さした。
「これをな、薄く円形に焼く」
「ふくふく焼きの皮ですか」
「ふくふく焼きほど甘くせんでもええ。小麦粉と卵を水で溶く。薄く円にする。丸や。円や。
まあ、きれいな円じゃなくてもええ。楕円でもええ」
「球ではなく?」
「球はまた別や。今は薄い円や」
博之は、焼き台の上に手で丸を描くようにした。
「で、その上に具材を乗せる。大葉、刻んだたくあん、生姜、ごぼう、山菜、イカ、タコ、鶏でもええ。
何でもええねん。ただし、こっちで細かく刻んで、下処理しておく」
お花が少し興味を持った顔になった。
「具材を選べる、ということでしょうか」
「そうや。お好みで選ぶんや」
博之は、にやりと笑った。
「お好み焼きや」
ヨイチが一瞬黙った。
「名前は……分かりやすいですね」
「やろ」
「具材をお好みで選んで焼くから、お好み焼き」
「そういうことや」
女衆の一人が、試しに言葉を口にする。
「お好み焼き……確かに、言いやすいですね」
「しかもや」
博之はさらに熱を帯びてきた。
「円やねん。円を食うんや。縁や。縁談の場で使える」
「また縁談ですか」
ヨイチがため息をつく。
「違う違う。これはふくふく焼きよりもっと自然や。二人で一枚ずつ食べてもええし、
一枚を分けてもええ。『あなたと私で、お好みの具を選んで、円を食べましょう』って言えるわけや」
お花が少し笑う。
「確かに、話すきっかけにはなりますね」
「やろ」
「福福焼きは甘味でしたが、これは食事寄りですね」
「そう。甘味やなくて飯や。腹にもたまる。しかも具材を選ぶから会話ができる」
博之は、まるで客同士の会話を演じるように言った。
「『何入れます?』
『私は大葉が好きです』
『じゃあ私はタコを入れます』
『たくあん入れるんですか、面白いですね』って話になるやろ」
「なるかもしれません」
「なる。絶対なる」
ヨイチが淡々と突っ込む。
「旦那様の想像よりは、もう少し控えめになると思います」
「うるさい」
博之は続ける。
「高いもんを高く売るのは誰でもできるねん。砂糖とか、餡子とか、鮪とか、そら高い。
けど、安いもの、価値がないと思われてるものに価値をつけるのが面白いんや」
「たくあんやごぼうや山菜を、選ぶ楽しみに変えるわけですね」
「そうや。たくあんを細かく刻んで、食感にする。ごぼうは先に茹がいて、少し味をつける。
山菜も灰汁を抜く。大葉は香り。生姜は大人向け。タコやイカは港町向け。鶏は城下向けでもええ」
お花は真剣に考え始めた。
「好き嫌いを避けられるのも良いですね。魚が苦手な人は野菜にできますし、
肉気が欲しい人は鶏やタコを選べます」
「そうそう」
「女衆同士でも、『これ入れてみましょうか』と話せそうです」
「縁談だけやない。友達同士、親子、旅人同士でもええねん。仲良くなりたい相手と、円を囲むんや」
ヨイチが眉を寄せる。
「旦那様、また奇妙な物語をつけましたね」
「否定するか?」
「……筋が通っているので、否定しにくいです」
「やろ」
博之は得意げになった。
「で、焼き方や。生地に具を混ぜ込むのもええ。けど、客に見せるなら、
薄い生地の上に具をポンポンポンと置く。で、ひっくり返す。最後に味噌だれを
サッサッサッとかける」
「味噌だれですか」
「うちの味噌を使う。甘めでも辛めでもええ。伊勢なら少し甘め。鳥羽なら生姜を利かせる。
伊賀なら山菜味噌。津なら魚と味噌。場所ごとに変えられる」
「それは強いですね」
お花が頷いた。
「同じお好み焼きでも、地域ごとの具が出せます」
「そうや。横丁って、最初は珍しい。けど、同じもんばっかり置いてたら飽きるねん」
博之は焼き台を叩く。
「すり身はうまい。鮪鍋もうまい。混ぜ飯もうまい。俺が作ったからな」
「そこは自信満々ですね」
「そこはええねん。けど、どれだけうまくても、人は飽きる。食感が欲しい。選ぶ楽しみが欲しい。
話の種が欲しい」
ヨイチが帳面に筆を走らせる。
「お好み焼き。小麦粉、卵、水。薄焼き。具材選択式。たくあん、大葉、生姜、ごぼう、山菜、
イカ、タコ、鶏。味噌だれ。縁談・食べ歩き・横丁の飽き防止」
「お前、もう書いてるんか」
「書かないと、旦那様が三日後に別の名前で始めます」
「やりそうやな」
「はい」
女衆の一人が、少し嬉しそうに言う。
「でも、これは試してみたいです。具を選べるのは楽しいです」
「でしょう」
「ただ、客が選ぶと時間がかかりませんか」
ヨイチがすぐに反応した。
「そこは問題です。混む場所では、具を三種類ほどに絞った方がよいでしょう」
「なるほどな」
博之は考え込んだ。
「じゃあ最初は三つやな。山菜大葉、たくあん生姜、タコ味噌。この三つ」
「鳥羽ならタコ味噌」
「伊賀なら山菜大葉」
「松阪ならたくあん生姜」
「伊勢なら少し甘い味噌で、縁焼きとして出す」
お花が言う。
「縁談の場では、二人で具を一つずつ選んで、半分ずつ分けるのもよろしいですね」
「それや」
博之はまた目を輝かせた。
「一枚を半分に切って分ける。円を分ける。縁を分ける。いや、縁を分けたらあかんか」
「縁を結ぶ、でよろしいのでは」
「それや。円を分けて、縁を結ぶ」
ヨイチがため息をついた。
「また口上が増えましたね」
「口上は大事や」
「旦那様が言うと余計になります」
「それはふくふく焼きの時の話やろ」
「今回も同じ可能性があります」
お花が笑う。
「売り子に任せましょう」
「俺も言いたい」
「後方でお願いします」
博之は少ししょげたが、すぐにまた焼き台を見た。
「でも、これはいける。甘い福福焼きと、飯のお好み焼き。どっちも焼く。
揚げ物ばっかりやと油が重いし、油代も怖い。焼きなら別の客が取れる」
「焼き台が増えます」
「増やす」
「人手も増えます」
「増やす」
「帳簿も増えます」
「それは嫌や」
「避けられません」
座敷に笑いが起きた。
しかし、博之の頭の中には、もうはっきり絵が見えていた。
横丁の端で、丸い生地が焼ける。
客が具を選ぶ。
女衆が手際よく置く。
ひっくり返す。
味噌だれを塗る。
半分に切って、二人で分ける。
飯であり、話の種であり、縁の道具でもある。
「飽きが来ないものを作ろう」
博之は言った。
「同じ横丁に通っても、今日は大葉、明日はタコ、次はごぼうって選べる。
そういう楽しみがあると、人はまた来る」
お花が頷いた。
「それは、横丁を長く続けるには大事ですね」
「やろ」
ヨイチも、少しだけ認めるように言った。
「旦那様にしては、かなり実用的です」
「にしては、いらん」
「ただし、型代と焼き手の訓練、具材の仕込み、客の流れの整理は必要です」
「分かってる。まずはまかないで試す。子どもと女衆と男衆に食わせる。味噌だれも三種類作る」
「三種類も?」
「甘味噌、辛味噌、生姜味噌」
「増えました」
「増えたな」
博之は笑った。
「でも、飯の種も増えた」
ヨイチは帳面を閉じながら言った。
「では、試作として記録します」
「頼むわ」
「商品名は、お好み焼きで?」
博之は少し考え、それから頷いた。
「お好み焼きや。あなたのお好みで、円を焼く。これでいこう」
その日、伊勢松坂屋の焼き台には、また新しい名前が生まれた。
ふくふく焼きの次は、お好み焼き。
また一つ、客が話す理由を作ってしまった。




