ふくふく焼きの生地で派生形、発展形の売り方を考える。物語が必要
ふくふく焼きの試作がひと段落した頃、博之は焼き台の前で、まだぼんやりと生地を見ていた。
小麦粉と卵を水で溶き、少し蜂蜜を入れて、丸く焼く。
二枚で餡を挟めばふくふく焼きになる。
それは分かった。
だが、博之の頭の中では、もう別のことが動き始めていた。
「なあ」
博之が、焼き上がった薄い生地を一枚つまんだ。
「これ、餡子なしでも、まかないで子どもらに食わせたら、甘い、おいしいって言うかな」
お花が横から覗き込む。
「言うのではありませんか。蜂蜜が入っていますし」
「やんな」
ヨイチが帳面を閉じながら、少し嫌な顔をした。
「また何か考えておられますね」
「いや、考えてへん」
「その顔は考えています」
「考えてる」
「早いですね」
博之は、生地を半分に折ってみた。
「これな、円にして焼くだけでも、ちょっと甘い焼き菓子になるやん。餡子がなくても、
蜂蜜を多めに入れたら、それなりにうまいやろ」
「餡子を使わなければ、原価は下がります」
「そうやろ」
「ただし、物語が薄くなります」
「そこやねん」
博之は指を鳴らした。
「ただ甘いだけやと、なかなか高く売れへん。物語がいる」
お花が笑った。
「旦那様、もう完全に“どう売るか”の頭ですね」
「そらそうや。うまいだけで安く売ったら、飯屋は潰れる」
博之は焼き台の丸い型を見た。
「金型の問題はあるけどな。丸でもええし、半円でもええ。小さい玉みたいにして焼けへんかな
「玉ですか」
「うん。全部丸く焼くのは難しいやろうから、半円でええねん。ちっちゃい半円。ふっくらしたやつ。
二つ合わせてもええし、一つだけでもええ」
ヨイチが少し考える。
「型が必要ですね。鉄で半円のくぼみを作るようなものですか」
「そうそう。そこに生地流して焼く」
「火加減が難しそうです」
「難しいやろな。でもできたら見た目がかわいいやん」
お花が頷いた。
「丸いと、女衆や子どもには受けそうです。食べ口も小さくて済みます」
「やろ」
博之は、今度は甘くない方を考え始めた。
「で、もう一つや。蜂蜜入れずに、塩気のあるやつにする」
「塩気?」
「生姜、大葉。あと……タコの足でも入れたらどうや」
ヨイチが顔を上げた。
「タコですか」
「茹でたやつを細かく切って入れる。ふにゃふにゃの生地だけやと物足りんから、
食感のあるものを入れるんや」
「鳥羽や津の港なら、ありかもしれませんね」
「やろ。けどタコがいつもあるわけちゃうから、漬物でもええ。たくあんを細かく刻む。
大葉を入れる。生姜を少し入れる。塩気と香りで食わせる」
お花が少し目を輝かせた。
「それは面白いですね。甘いものとは別に、軽い食べ歩き飯になります」
「そうや。甘いふくふく焼きは縁起物。こっちは小腹満たしや」
「名前はどうされますか」
「まだ考えてへん」
ヨイチがすぐに言う。
「名前を考える前に原価です」
「お前はいつもそれやな」
「必要です」
博之は、焼き台の上で生地を薄く伸ばす。
「平べったくてもええねん。小麦粉と卵を水で溶いて焼く。甘い方は蜂蜜。
しょっぱい方は刻みたくあん、生姜、大葉、ごぼう、山菜、タコ。
うちの野菜天ぷらで使ってる具材もいけるやろ」
「ごぼうは食感が出ますね」
「山菜も香りが出る」
「大葉と生姜なら、油ものの後にも食べやすいです」
「そうそう」
博之は嬉しそうに頷いた。
「せっかく“焼く”っていう形ができたんや。揚げるだけやなく、焼くものも増やしたい」
お花が言った。
「丸く焼けるなら、縁談の場にも使えますね」
「ほら、やっぱりそこに行くやろ」
「丸は縁を連想します。半円でも、二つ合わせれば円になります」
「それや」
博之は膝を打った。
「半円を二つで円になる。二つ合わせる。縁を合わせる。福福焼きともつながる」
ヨイチが呆れたように言う。
「旦那様、また言葉遊びで値段を上げようとしていますね」
「違う。価値を作ってるんや」
「同じようなものです」
「違う違う。これは、ただの小麦焼きやったら十文、二十文や。でも“縁を合わせる半月焼き”とか、
“福を合わせる焼き”にしたら、三十文、五十文が見えてくる」
「ほら、値段の話です」
「商売やからな」
女衆の一人が試し焼きの生地をつまんだ。
「甘い方は、子どもが好きそうです」
「しょっぱい方は、麦茶と合いそうですね」
「たくあん入りなら、噛む感じがあっていいです」
「大葉と生姜の香りがあると、大人向けです」
「タコ入りなら港で売れます」
博之はにやりとした。
「串に刺したらどうや」
「串ですか」
「小さい丸か半円を二つ三つ串に刺す。歩きながら食える。手も汚れにくい」
お花が頷く。
「それは食べ歩きに良いですね」
「やろ」
ヨイチは、すでに帳面に書き始めていた。
「試作案。甘味系、蜂蜜入り小麦卵焼き。餡子なし小型。塩味系、刻みたくあん、
大葉、生姜、ごぼう、山菜、タコ。形状は平焼き、半円、丸型。串刺し可能」
「また書いとる」
「書かないと旦那様が忘れます」
「忘れるかもしれん」
「でしょう」
博之は焼き台を見ながら、さらに続ける。
「甘い方は子どもと女衆向け。小さくてかわいい。しょっぱい方は男衆と旅人向け。
麦茶と合わせる。タコ入りは港町。山菜入りは伊賀名張。たくあん入りは安く作れる」
「地域ごとに具を変えるのですね」
「そうや。鳥羽ならタコ。伊賀なら山菜。名張なら大葉や生姜。松阪ならたくあんとごぼう。
伊勢なら蜂蜜を少し入れて上品に」
「旦那様、本当に美味しさより売り方を考えていますね」
お花が少し笑う。
博之は胸を張った。
「美味しさの先を考えてんねん」
「美味しさの先?」
「どうやって高く売るかや」
ヨイチが即座に言った。
「本音が出ましたね」
「出たな」
座敷に笑いが起きた。
しかし、博之は真面目だった。
「でもな、これは大事や。下魚がすり身天になる。信楽焼きが皿になる。
小麦粉と卵を焼いたもんが、福福焼きになる。結局、形と物語と食べやすさで値段は変わる」
お花が頷く。
「同じものでも、丸くする、包む、焼印を押す、串に刺す。それだけで買う理由が増えます」
「そうや。味だけやなく、手に取りたくなる形にするんや」
ヨイチは帳面を見ながら言った。
「では、まずは三種類でしょうか」
「三種類?」
「一つ目、蜂蜜入りの甘い平焼き。子どもと女衆向け」
「うん」
「二つ目、刻みたくあんと大葉の塩味焼き。安価な食べ歩き向け」
「うん」
「三つ目、タコ入りまたは山菜入りの地域限定焼き。鳥羽や伊賀で試す」
「ええやん」
「ただし、型代、串代、具材代、焼き手の訓練費がかかります」
「帳簿やなあ」
「帳簿です」
博之は、焼けた小さな生地を一つ取って、半分に折った。
ふわりと甘い香りがした。
「これ、ただのまかないで終わらせるのはもったいないな」
「旦那様は、だいたいそう言って商品を増やします」
「そうやな」
お花が笑って言った。
「でも、今回も当たりそうです」
「やろ」
「ただし、旦那様がまた婚活の場で余計なことを言わなければ」
「まだ言う?」
「言います」
博之は少ししょげながらも、焼き台を見つめた。
福福焼きから、また別の焼き物が生まれようとしている。
甘いもの。
しょっぱいもの。
丸いもの。
半円のもの。
串に刺したもの。
飯屋は、また少しだけ菓子屋に近づいていた。
「まあ、試作やな」
博之は言った。
「まずは子どもらに食わせる。次に女衆。最後にヨイチ」
「なぜ最後ですか」
「原価の顔されるから」
「当然です」
また笑いが起きた。
伊勢松坂屋の焼き台には、今日も新しい飯の種が転がっていた。




