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メンヘラオジサン、戦国で飯屋を始める ~戦えない俺は食と金で成り上がる~  作者: メンヘラオジサン【監視アカウント】


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ヨイチから利益10万文掲載漏れてた話を聞く。これを機会に大きな屋敷立てるか借りるか?と聞かれかたくなに拒否する博之。寂しすぎるねん

「ああ、そうそう」

 ヨイチが、何でもない顔で帳面をめくった。

「この前の帳面ですが」

「嫌な予感しかせえへん」

「定期便の利益に載せ忘れていた分がありました」

 博之は、寝転がったまま顔だけを上げた。

「載せ忘れ?」

「はい。漏れていました。ざっくり十万文ほど」

「まじか」

「まじです」

「また増えんのけ」

「増えます」

 博之は畳に顔を伏せた。

「もう怖いわ」

 ヨイチは、そこで少し間を置いた。

「そこで提案なのですが」

「なんや」

「この漏れていた十万文を機に、旦那様のお屋敷を作る、または借りるというのはいかがでしょうか」

 お花も頷いた。

「そうですね。今の旦那様の立場なら、もう少し大きなお屋敷でもおかしくありません」

「いや、いらん」

 博之は即答した。

 その場にいた者たちが、一斉に顔を見合わせる。

「いらんのですか」

「いらん」

「こんなに銭をお持ちなのに」

「銭があるからって、でかい家に住みたいわけちゃうねん」

 博之はゆっくり起き上がった。

「もうな、この年になると、一人でおるのがすげえ怖いんや」

 座敷が静かになった。

「夜とか、特にな。子どもが暗いの怖いっていうのとは違う怖さがあるねん。

 なんていうかな、広い部屋で一人で飯食うて、誰も何も言わんと、

 ただ膳だけが目の前にあるみたいな。あれ、ほんまにきついぞ」

 ヨイチは黙って聞いていた。

「忙しい時はええねん。城主のとこへ行かなあかんとか、九鬼様に挨拶せなあかんとか、

 帳面が怖いとか、ふくふく焼きどうしようとか、そういう時はまだええ。やることがあるから」

「はい」

「でも、ふとした瞬間や。晩飯を一人で食う。広い部屋に一人で座る。

 誰も突っ込んでくれへん。しょうもないことを思いついても、誰も“旦那様またですか”

 って言うてくれへん」

 お花が少しだけ目を伏せた。

「それは……お寂しいですね」

「寂しい。めちゃくちゃ寂しい」

 博之は、少し笑おうとして失敗した。

「寝なし草で食うのに必死やった頃はな、俺とヨイチでボロ小屋におった。

 あれはあれでしんどかった。寒いし、飯も薄いし、先も見えへんし」

「はい」

「でも、必死やったから、あんまり気づかへんかったんや。寂しいとか、怖いとか、

 そんなこと考える余裕もなかった」

 博之は、庭の方を見た。

「今は人がたくさんおる。女衆も男衆も、子どもも、買い付け隊も、地侍も、

 なんかよく分からん長野の若い衆まで来る。うるさい。めんどくさい。でも、俺はその方がええねん」

 ヨイチが静かに言った。

「旦那様は、一人になりたいとはあまり思われないのですね」

「思わんな。たまには寝たいとは思う。でも、誰もおらん広い屋敷で一人になりたいとは思わん」

「なるほど」

「でかい屋敷の奥に、俺がちょこんと座ってるところを想像してみい。誰も相手してくれへん。

 ふくふく焼きがどうのこうの言っても、“旦那様、原価が高いです”って言ってくれるやつもおらん。

 婚活の場に首突っ込もうとしても、“邪魔です”って言ってくれる女衆もおらん」

「それは平和では?」

「平和ちゃう。地獄や」

 お花が少し笑った。

「旦那様は、叱られるのも含めて賑やかな方がお好きなのですね」

「そうや。叱られるのも、突っ込まれるのも、呆れられるのも、全部含めてええねん」

 博之は、少し拗ねたように言った。

「それに恋ざたや。俺が誰かとええ感じになろうとしたら、みんな鉄壁の守備してくるやろ」

 お花がにこりとした。

「当然です」

「当然なん?」

「旦那様が変な女に引っかかれば、店が傾きます」

「言うと思った」

 ヨイチも淡々と言った。

「旦那様は金銭感覚が壊れつつあります。寂しさで判断を誤れば危険です」

「ほらな。こうやって守備してくる」

「守備ではなく、管理です」

「管理されとるんか俺は」

「はい」

 博之は頭を抱えた。

「一人になりたくない。けど、家族作ろうとしたらみんな止める。ほな俺、どうしたらええねん」

 ヨイチは少し考えてから言った。

「皆とガチャガチャしていればよいのでは」

「それでええんかな」

「旦那様は、今それが一番向いています」

 お花も頷いた。

「大きなお屋敷を作って奥に引っ込むより、今のように人が出入りする場所におられる方が、

 旦那様らしいです」

「でも、大旦那感ないやん」

「大旦那感を出すと、旦那様はたぶん病みます」

「言い切るな」

「はい」

 博之は、しばらく黙っていた。

 外では、子どもたちが皿を数えている声がする。

 女衆がふくふく焼きの包み紙について話している。

 地侍が信楽焼の荷を確認している。

 ヨイチは帳面を抱え、お花は茶を替えている。

 うるさい。

 騒がしい。

 落ち着かない。

 けれど、その騒がしさが、今の博之を支えていた。

「屋敷は、いらん」

 博之は改めて言った。

「借りるとしても、俺一人の屋敷やなくて、みんなが使う場所や。休む場所、飯食う場所、

 話す場所。俺が奥で一人で偉そうに座る場所はいらん」

 ヨイチは頷いた。

「では、漏れていた十万文は、旦那様個人の屋敷ではなく、共同の休み場、または客間、

 相談場所として計上します」

「それならええ」

「旦那様用の一人部屋は?」

「小さくてええ。すぐ誰か呼べる距離がええ」

「承知しました」

 お花がくすりと笑った。

「旦那様、詰んでますね」

「やっぱり?」

「はい。一人は寂しい。でも、恋ざたは危ない。大きな屋敷も寂しい。結局、

 皆とガチャガチャしているしかありません」

「詰んでるやん」

「でも、悪い詰みではないと思います」

 博之は少しだけ笑った。

「そうか」

「はい。旦那様が寂しがりで、しょうもないことを言って、皆に突っ込まれているから、

 伊勢松坂屋は妙に回っているところがあります」

「褒めてる?」

「少し」

 ヨイチが帳面に書き込んだ。

「漏れ利益十万文。旦那様個人屋敷ではなく、共同休養所・客間・相談所の整備に充当」

「また帳面か」

「はい」

「でも、今回はちょっとええ帳面やな」

「珍しいですね」

「珍しい言うな」

 博之は畳に寝転がった。

 広い屋敷はいらない。

 豪華な奥座敷もいらない。

 一人で飯を食う場所より、誰かにしょうもないことを言って怒られる場所がいい。

 銭は、また別の形に変わる。

 屋敷ではなく、皆の居場所へ。

 博之は小さく呟いた。

「俺、ほんま面倒くさいな」

 お花が即答した。

「はい」

 ヨイチも頷いた。

「かなり」

「そこは否定せえよ」

 座敷に笑いが起きた。

 その笑い声が、広い屋敷よりも、今の博之にはずっとありがたかった。

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