上野と名張から定期便が来た。信楽焼の方はおおむね順調だが、役割が定まらない名張方は不安。餡子の道の話をする
上野と名張の方から、また定期便が戻ってきた。
定期便と言っても、まだ形は荒い。
信楽焼を担いだ地侍たち。名張から西の話を拾ってきた者たち。護衛役としてついてきた侍衆。
そして、なぜかまた子どもたちが何人か混じっている。
「また子ども増えとるやんけ」
博之が言うと、年かさの地侍が頭をかいた。
「いや、松阪行った子らが、向こうの飯うまかったとか、湯浴みがよかったとか、
皿数えたとか言いふらしましてね」
「言いふらしましてね、ちゃうねん」
「泣き言言わへん約束で連れてきました」
「前も聞いたな、それ」
子どもたちは、すでに松阪の子どもたちと混ざり、店の端で小皿を数えたり、
麦茶を飲んだりしている。
博之は苦笑しながら、代表者たちを座敷に通した。
「ほな、話聞こか」
まずは信楽焼だった。
地侍たちは、以前よりもずいぶん慣れた様子で荷をほどいた。小皿、湯呑み、小壺、味噌壺。
割れたものも少しあるが、前より少ない。
「だいぶ手慣れてきたな」
「はい。どの辺が割れやすいか、どう包めばええか、道中どこで休むか、少し分かってきました」
ヨイチが小皿を見て頷く。
「質も安定してきています」
「ただ、量はまだまだです」
地侍が続けた。
「信楽の方でも、急に大きく買おうとすると怪しまれますし、こっちでも欲しい人が多すぎる。
松阪の店でも、伊勢の店でも、従業員向けに一人一個限りで売ってるって聞きました」
「そうや」
博之は頷いた。
「全然足らん。店で使う分もいるし、女衆も欲しがるし、男衆も湯呑み欲しがるし、
九鬼様は北伊勢に回したがってるしな」
「九鬼様までですか」
「そうや。海に乗せたら売れるって」
地侍たちは顔を見合わせた。
自分たちが運んできた皿が、松阪だけでなく伊勢や北伊勢へも流れていく。
それは、少し信じがたい話だった。
「……やりがいありますな」
年かさの地侍が、ぽつりと言った。
「人を脅して一万文取るより、皿を守って運ぶ方が、ずっと飯になります」
「それを分かってくれたなら助かる」
博之は小さく笑った。
その一方で、名張の者たちはどこか遠慮がちだった。
話の中心が、どうしても信楽焼になる。
上野の者たちは、信楽焼の道として役割がはっきりしている。地侍たちも、護衛として、
買い付け役として、目に見える成果を出している。
それに比べて、名張はまだ情報収集の色が強い。
名張の代表が、少し言いにくそうに口を開いた。
「あの、旦那様」
「なんや」
「うちら、なんというか……上野のついでみたいになってませんか」
座敷が少し静かになった。
「上野の方は、信楽焼がありますし、先に飯場や横丁の話も出ています。
そちらが先に形になるのは分かるんですけど、名張は何を持っていけばええのか、
まだ少し見えにくくて」
博之は、すぐに首を振った。
「いやいや、そんなことない」
「そうですか」
「うん。むしろ、名張はこれからや」
ヨイチが博之を見た。
お花も、少し興味深そうに耳を傾ける。
博之は、信楽焼の小皿を一枚置いた。
「上野は、信楽焼の道として重要拠点になる。これは間違いない。たとえ上野の横丁が赤字でも、
信楽焼の利益で意味が出る。だから、上野には上野の役割がある」
「はい」
「でも、名張にも別の役割を作る」
名張の代表が顔を上げた。
「別の役割、ですか」
「この前な、ふくふく焼きっていうのを作った」
「ふくふく焼き?」
「小麦粉と卵を水で溶いて、小さく丸く焼く。二枚作って、真ん中に餡子を挟む。
上に伊勢松坂屋の焼印を押して、紙で包む」
子どもたちが遠くから「それ食べたい」と言いかけ、女衆に止められていた。
博之は少し笑いながら続ける。
「婚活の場で試したら、結構評判がよかった。一つ五十文、二つで九十文。
二人で分けたら四十五文。始終ご縁がありますように、ってな」
名張の者たちが、少し笑った。
「それは、売れそうですね」
「売れた。数は少なかったけど、売れた。女衆にも評判がよかった。小さいから食べやすいし、
話のきっかけになる」
ヨイチが補足する。
「ただし、問題があります」
「餡子ですか」
名張の代表が言うと、ヨイチは頷いた。
「はい。餡子には小豆と砂糖が必要です。小豆はまだ探せますが、砂糖は高く、
安定して手に入れるには堺や京都の商人筋が必要になります」
博之が引き継ぐ。
「そこで名張や」
「名張が?」
「そう。名張から大和へ出る。八木、大和高田、藤井寺、堺。そういう道を見たい」
名張の者たちは、互いに顔を見合わせた。
「堺までですか」
「いきなり堺まで大荷を動かせとは言わん。まずは話や。砂糖がいくらか、小豆がいくらか、
誰が扱ってるか、どこまで行けば値が変わるか。京都筋の話も拾ってほしい」
「つまり、名張は……」
「餡子の道や」
博之は、はっきり言った。
「上野は信楽焼の道。名張は小豆と砂糖の道。ふくふく焼きや、先々の甘味をやるための道になる」
名張の代表は、しばらく黙っていた。
その顔には、驚きと安堵が混じっていた。
「うちらにも、ちゃんと役目があるんですね」
「ある」
「施しみたいなものやと思ってました」
「最初は、正直そういう気持ちもあった」
博之は隠さず言った。
「伊賀上野をやったから、名張も見捨てるのは目覚めが悪い。情報収集もあるし、
子どもらのこともある。そういう気持ちはあった」
名張の者たちは静かに聞いていた。
「でも、今は違う。ふくふく焼きがある。餡子がいる。砂糖がいる。小豆がいる。
堺と京都の値を知りたい。そこに行く道として、名張は大事になる」
お花が柔らかく言う。
「名張の横丁は、甘味の道の中継にもできますね。小豆を選ぶ者、砂糖の値を聞く者、
葛や素麺を扱う者、菓子を試す子どもたち。上野とは違う役割です」
「はい」
ヨイチも帳面に筆を走らせる。
「名張。餡子の道。大和八木、大和高田、藤井寺、堺方面の相場調査。砂糖、小豆、蜂蜜、水飴、
葛、素麺。将来的に甘味担当の横丁候補」
博之はそれを見て、少し顔をしかめた。
「また帳簿増えたな」
「旦那様が増やしました」
「でも必要やろ」
「必要です」
名張の代表は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。正直、上野の方ばかり話が進んで、少し寂しい気持ちはありました」
「そらそうやな」
「けれど、餡子の道と言っていただけるなら、うちらも動き方が見えます」
「まずは無理せんでええ。大荷を持つ必要はない。値を聞く。小豆を少し買う。
砂糖がどれくらい高いか見る。堺商人の噂を拾う。それで十分や」
年かさの地侍が笑った。
「俺らは皿を運び、名張は甘いもんを探す。ええ分担やないですか」
名張の者も笑った。
「そちらは割らんようにしてください」
「そっちは砂糖を盗まれんようにな」
座敷に少し笑いが起きた。
子どもたちは、遠くで「餡子って甘いん?」と騒いでいる。
松阪の子どもが「甘い。けど高いらしいで」と偉そうに説明していた。
博之は、それを見ながら言った。
「子どもらにも言うといてくれ。皿を数えるのも大事やけど、砂糖の値を聞くのも大事や。
甘いもんは、ただ甘いだけやない。道がいる」
名張の代表は頷いた。
「はい。帰ったら伝えます」
「そのうち、名張の子らがふくふく焼きの餡を炊くかもしれん」
「それは、楽しみですね」
「その時は、つまみ食いしすぎるなよ」
子どもたちが遠くから「しません」と言った。
「聞こえとるやんけ」
お花が笑った。
信楽焼の道。
餡子の道。
上野と名張は、ようやく別々の意味を持ち始めていた。
博之は、並べられた小皿を見つめながら呟いた。
「皿と餡子で、また道が増えるな」
ヨイチがすぐに言う。
「帳簿も増えます」
「最後にそれ言うな」
それでも、名張の者たちの顔は、来た時より明るかった。
自分たちはついでではない。
餡子の道を作る者になる。
その役目が見えただけで、次の道は少し歩きやすくなっていた。




