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ゴロゴロしている博之はふと思いつく。丸い型で餡をはさんで福を売る。ふくふく焼き。1つ50文、2つ90文、2人で分けてしじゅうご文。始終ご縁がありますように。

 博之は、また座敷でごろごろしていた。

 帳簿を見るのは嫌だった。

 鳥羽のことも、津のことも、信楽焼のことも、考え出すときりがない。

 だから、別のことを考えることにした。

「なんか、ええ話ないかな」

 ぽつりと呟く。

 お花が茶を置きながら聞いた。

「ええ話、でございますか」

「いや、飯のネタや。人がちょっと笑うようなやつ。買う理由があるやつ」

「また何か思いついた顔をされていますね」

「小麦粉と卵や」

 ヨイチが嫌そうな顔をした。

「また原価が高そうですね」

「まだ聞け」

 博之は起き上がった。

「小麦粉は、天ぷらで使うやろ。卵もある。で、本当は砂糖を使いたいけど、

 砂糖は高い。だからまずは蜂蜜や。蜂蜜まんじゅうで使ってる蜂蜜があるやろ」

「あります」

「それを少し入れて、水で溶く。小麦粉、卵、水、蜂蜜。それを丸い型で焼く」

 お花が少し首を傾げた。

「丸い型で焼く?」

「そう。ちっちゃい円盤みたいに焼く。二枚焼く。で、間に甘いものを挟む」

「蜂蜜ですか」

「試しは蜂蜜でもええ。でも本命は餡子や」

 ヨイチが眉をひそめた。

「餡子ですか。小豆と甘味が必要です。高いです」

「分かってる。だから小さくする」

 博之は指で小さな丸を作った。

「大きい菓子にしたらあかん。原価が死ぬ。女衆も歩きながら食いにくい。

 だから、ちょっとつまめるぐらいの大きさにする」

 お花は少し考え、試しに焼かれた小さな丸い皮を手に取った。

「旦那様、これ、結構小さいですね」

「小さいやろ」

「でも……私たちには、ちょうどいいかもしれません」

 近くにいた女衆も覗き込んだ。

「大きいと、人前で食べにくいです」

「紅をつけている時は、口を大きく開けたくありませんし」

「これぐらいなら、ちょっとつまめますね」

「歩きながらでも食べられそうです」

 博之は満足げに頷いた。

「やろ」

 ヨイチは帳面を出そうとした。

「それで、値段は」

「一つ五十文」

「高いですね」

「二つで九十文」

「少し値引きですね」

「違う。ここが肝や」

 博之はにやりと笑った。

「二つで九十文。二人で分けたら、一人四十五文や」

 お花がすぐに反応した。

「四十五文」

「そう。しじゅうごもん。始終ご縁がありますように、や」

 女衆たちが、ぱっと顔を上げた。

「それ、いいです」

「かわいいです」

「婚活の場に合いますね」

「お寺や神社の縁結びでも使えそうです」

 博之は勢いづいた。

「そうやろ。これは普通の甘味ちゃうねん。福を分ける菓子や。男衆が、

 ちょっとええなと思ってる女の子に、“二つ買うので一緒に食べませんか”って言えるやろ」

 ヨイチが冷静に言った。

「旦那様、それはかなり露骨です」

「露骨でええねん。口実がいるんや。何もなしに話しかけるより、菓子を二つ持って、

 “始終ご縁がありますように”って言えた方がええやろ」

「言える人は限られそうです」

「そこは頑張れ」

 女衆の一人が笑った。

「でも、話のきっかけにはなります」

「女の子同士で分けてもいいですね」

「親子でもいけます」

「一人で二つ食べても、福を二ついただくって言えます」

「そうそう」

 博之はさらに続けた。

「婚活の飯会とか、お寺の縁結びの会とか、そういう時に横丁の端に置いておく。

 で、ちょっと話したい相手がいたら、二つ買う。そこで会話ができる」

「旦那様、発想は悪くありません」

 お花が微笑んだ。

「悪くないやろ」

「ただし」

「ただし?」

「最後の、“それを俺は焼きながらニヤニヤ見る”という思惑は、本当に余計です」

 女衆たちが一斉に頷いた。

「余計です」

「気持ち悪いです」

「見ないでください」

 博之は本気で傷ついた顔をした。

「そこまで言う?」

 ヨイチが淡々と言った。

「旦那様、商品は良いです。見守り方が悪いです」

「俺が作った菓子で縁ができるかもしれんのやぞ。見たいやん」

「物陰から見ないでください」

「言い方」

 お花は、試しに蜂蜜を挟んだ小さな焼き菓子を割ってみた。

「蜂蜜でも悪くありませんが、やはり餡子の方が形になりますね」

「やっぱり?」

「はい。蜂蜜はこぼれやすいです。水飴でもよいですが、餡子なら中に収まりやすい。

 食べ歩きにも向きます」

 ヨイチがすぐに言う。

「ただし餡子は原価が高いです。砂糖、小豆、炊く手間、保存。小さくするのは正解ですが、

 数を売ると仕込みが大変です」

「だから最初は限定やな」

「はい。松阪の婚活飯会、寺社の縁結び、女衆向けの試食。いきなり伊勢や内宮には

 出さない方がよろしいかと」

「分かってる。今回は学んだ。まず松阪や」

「それは良い判断です」

 博之は、丸く焼いた皮の上に小さな焼印を押す仕草をした。

「最後に、上に焼印を押す」

「伊勢松坂屋の印ですか」

「そう。丸い焼き菓子の上に、ポンと押す。これで、ただの甘い焼き菓子やなくなる。

 伊勢松坂屋の品になる」

 お花が頷いた。

「紙で包めば、土産感も出ますね」

「そうや。すり身の紙とは別に、甘味用の紙を作りたいな。ちょっと柔らかい印で」

「また印代が増えます」

 ヨイチが言った。

「必要な印や」

「旦那様は、印と言えば通ると思っていますね」

「通るやろ」

「通る時もあります」

 博之は焼き上がった小さな丸を見つめた。

「名前やな」

「蜂蜜まんじゅうではないですね」

「まんじゅうでもないな。ふくふく練り焼き……いや、練ってへんか」

「小麦を溶いて焼いております」

「ふくふく焼き」

 博之はぽんと手を打った。

「伊勢松坂屋のふくふく焼きや」

 女衆たちが口に出してみる。

「ふくふく焼き」

「かわいいです」

「福が重なってる感じがします」

「二つ買って分けるのにも合いますね」

 お花も頷いた。

「よろしいかと。一つで福をいただき、二つで福を分ける。お二人で分ければ、

 四十五文。始終ご縁がありますように」

 博之は嬉しそうに笑った。

「それや。それを口上にする」

 ヨイチが帳面に書き始めた。

「伊勢松坂屋ふくふく焼き。小型。小麦粉、卵、水、蜂蜜少量。将来的に餡子。

 焼印。甘味用包み紙。一個五十文、二個九十文。婚活・縁結び向け試験販売」

「お前、もう書くんか」

「旦那様が勝手に焼き始める前に、原価を押さえるためです」

「怖いなあ」

「怖いのは原価です」

 博之は、試作品を一つ口に入れた。

 まだ粗い。

 蜂蜜は少し流れる。

 皮も改良が必要だ。

 餡子を挟めば、もっと形になるだろう。

 だが、これは売れる。

 食べ歩きできる。

 分け合える。

 口上がある。

 焼印が押せる。

 紙で包める。

 そして何より、誰かに話しかける理由になる。

「よし」

 博之は言った。

「まずは松阪で試す。女衆に食ってもらう。婚活飯会で出す。評判が良かったら、

 伊勢城下へ持っていく」

「内宮は?」

「まだ早い」

 ヨイチが少し驚いた顔をした。

「旦那様が慎重です」

「怒られるの嫌やねん」

 座敷に笑いが起きた。

 博之は、焼印の入った小さな丸い菓子を想像しながら、にやにやした。

 お花がすぐに言った。

「旦那様、その顔で売り場に立たないでください」

「なんでや」

「縁が逃げます」

「ひどい」

 だが、伊勢松坂屋の新しい甘味は、確かに形を持ち始めていた。

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