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屋敷へみんなで引っ越す。小屋暮らしから大きく変わる。休止の女は呆れる。勢いって怖いなと思う一方野心も出てくる博之

翌朝、飯を囲みながら、博之は箸を置いた。

「今日と明日で、屋敷に移るで」

 その一言に、ヨイチが顔を上げる。

「ほんまに借りたんか」

「ああ。八百文や」

 未亡人が少し目を丸くした。

「八百文……」

「大屋敷ってほどやない。でも、今よりはずっと広い」

 博之は豚汁をすすりながら続けた。

「今ある荷物は、全部そっちに運ぶ。米、味噌、塩、薪、炭。寝具もや。今使ってる部屋は空ける」

「空けるんか?」

「空けるというより、次の人間を入れる」

 ヨイチが首を傾げる。

「新しく雇った連中か」

「そうや。三つの店の裏で、住まわせる。いきなり屋敷の中には入れん。信用見るまではな」

 皆が黙ってうなずいた。

 博之はそこで、懐から折った紙を出した。

「あと、給料の話や」

 子供たちの目が一斉に動いた。

「未亡人さんは、三十文から四十文にする」

「……え?」

 未亡人が驚いた顔をした。

「ようやってくれてるからな。仕込みも、給仕も、子供らの面倒も見てくれてる」

「そんな……」

「受け取れ。これは礼やなくて、評価や」

 未亡人は少し俯き、それから静かに頭を下げた。

「ありがとうございます」

「で、ヨイチ含めて子供ら三人は、三十文や」

「三十!」

 ヨイチが思わず声を上げる。

「お前らも、ようやっとる。団子、薪、魚、給仕。もう見習いだけとは言えん」

 子供たちは顔を見合わせ、少し照れくさそうに笑った。

「ただし、店が増える。仕事も増える。張り切ってくれ」

「任せとき、旦那」

 ヨイチが胸を張る。

 博之は笑いながらも、すぐに真面目な顔に戻った。

「店が広がるいうことは、売上も立つ。大根の漬物、沢庵も売れるようになったら、それも収入になる」

「漬物も売るんか」

「売る。しかも保存食や」

 博之は指で机を軽く叩いた。

「飢饉が来た時にも、最低限食っていける蓄えになる」

 未亡人が静かに頷く。

「食べ物は、銭より安心できますね」

「そうや。米、味噌、沢庵、干物。これがあれば、何とかなる」

 ヨイチがぼそりと言った。

「でも、俺ら身寄りないで」

 博之は少し笑った。

「俺もない」

「旦那も?」

「ああ。だから店やってるんや」

 場が少し静かになる。

 博之は続けた。

「身寄りができるまでは、うちにおればええ。ここで飯食って、働いて、少しずつ稼げ」

「細々と?」

 ヨイチが笑う。

「細々言うには、結構稼がせてもろてるけどな」

 それで皆が笑った。

 食後、皆で荷物を運び始めた。

 屋敷は確かに大きくはなかった。だが、今の小屋に比べれば十分すぎた。寝る場所があり、

物を置ける部屋があり、干し場にも使えそうな庭がある。

 給仕の女が、ぽつりと言った。

「よう、こんなところ借りられるまでになったね」

 博之は苦笑する。

「一月ちょいやろ。それでこれやで」

「勢いって怖いな」

 自分で言いながら、博之も少し呆れていた。

 だが、同時に胸の奥が熱くなる。

 ――この調子なら、松阪の町、いけるかもしれんな。

 別に支配したいわけではない。

 だが、何軒か店を出し、人を雇い、米や味噌を集め、食える場所を増やす。

それだけで、人も物も自然と集まる。

「おっさんは武士やないからな」

 博之は荷物を置きながら言った。

「最初は、みんなが食えるようになればええと思ってた」

「今は違うんか?」

 ヨイチが聞く。

「もうちょっと上を見ても、ええかもしれん」

 伊勢へ。

 津へ。

 街道沿いに、同じような店を出す。

 考えるだけなら、もう夢物語ではない気がした。

 給仕の女が笑った。

「そこまでいったら、戦国大名みたいやな」

「いやいや、北畠様のところで、ちょっとずつ手を伸ばすだけや」

 博之は慌てて手を振る。

「空いてるところに、ちょこちょこ出させてもらう。人を集める。飯を出す。それだけや」

 ヨイチがにやりと笑う。

「それだけで町を押さえそうやけどな」

「言い方が悪い」

 博之は苦笑した。

 それでも、皆の顔は明るかった。

 屋敷に荷が入り、火が入り、人の声が響く。

 ただの飯屋だったものが、少しずつ形を変え始めていた。

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