夜に簡易の帳簿を付けながら博之がみんなと話す。16,000文のうち半分を食料や雑貨にして半分で商売を回す。
夜の帳が下り、火の気だけが残る頃、博之は板の上に広げた紙を指で押さえながら、
ゆっくりと顔を上げた。
「……まあ、こんなもんやな」
ヨイチが横から覗き込む。
「さっきの計算か」
「せや」
博之は頷く。
「全部で一万六千百四十文。で、その半分を使う」
指で半分の位置をなぞる。
「八千文や」
未亡人が少し息を呑む。
「……結構使いますね」
「使う」
博之は迷いなく言う。
「でもな、金で持っとくより、物に変えた方が強い」
指を折りながら並べていく。
「米、味噌、野菜、豚、大根」
さらに続ける。
「紙、炭、薪、塩」
最後に少しだけ間を置く。
「鍋、包丁」
ヨイチが小さく笑う。
「全部やな」
「全部や」
博之も笑った。
「しばらく食うに困らんぐらいは揃える」
紙を軽く叩く。
「それを屋敷に置く」
未亡人がうなずく。
「蓄えですね」
「せや」
博之は短く答える。
「残りの八千文で回す」
その言葉に、空気が少し引き締まる。
「店も増やす」
ヨイチが顔を上げる。
「また増やすんか」
「増やす」
博之ははっきり言う。
「ここから歩いて十分くらいのとこに、小屋あるやろ」
「ああ……あの辺か」
「そこ借りる」
ヨイチが少し考える顔をする。
「人、足りるか?」
「足りん」
博之は即答した。
「せやから増やしたんや」
皆が苦笑する。
「でもな」
博之は続ける。
「やることは変わらん。豚汁や」
未亡人が少し安心した顔をする。
「同じことを、もう一つですね」
「そうや」
博之はうなずく。
「同じことができるようにならんと、広げられん」
火が静かに揺れる。
博之は少しだけ視線を落とし、また上げた。
「あともう一つ」
ヨイチが「なんや」と聞く。
「鶏や」
少しだけ間が空く。
「ニワトリか?」
「そうや」
博之はうなずく。
「豚もええけどな、鶏は軽い。塩焼きでもいけるし、扱いやすい」
ヨイチが腕を組む。
「……誰がやるんや」
「それや」
博之は笑った。
「やれるやつ探す」
指を折っていく。
「鶏触れるやつ。大根漬けられるやつ。干物見れるやつ」
さらに続ける。
「掃除ちゃんとできるやつ」
ヨイチが苦笑する。
「そんな都合ええやつおるかい」
「おらんかったら」
博之はあっさり言う。
「教えてもらう」
未亡人が少し驚く。
「外から、ですか?」
「せや」
博之はうなずく。
「うまいやつに金払って教えてもらう」
ヨイチが眉を上げる。
「金払うんか」
「払う」
迷いはなかった。
「それでできるようになるなら、安いもんや」
火の音がぱちりと鳴る。
しばらく誰も言葉を発さなかった。
やることは増える。
人も増えた。
だが、それを回す覚悟も、どこかに生まれていた。
「……忙しくなるな」
ヨイチがぽつりと呟く。
「なるな」
博之は笑う。
「でもな」
少しだけ真顔になる。
「今が一番ええ時や」
皆が顔を上げる。
「金ある。人もおる。動ける」
ゆっくりと言う。
「ここでやらんで、いつやる」
その言葉に、誰も反論しなかった。
未亡人が静かにうなずく。
「……やりましょう」
ヨイチも肩をすくめる。
「しゃあないな」
子供たちも、それぞれ顔を見合わせて、小さく笑う。
火はそのまま燃えている。
その明かりの中で、博之は最後に言った。
「明日から、また一週間や」
誰もが、同じ方向を見ていた。




