博之が夜更けに利益計算。ヨイチがのぞき込む。利益のでかさと全員の生活を抱えると出費もでかいのも見える
夜が更け、店の火も落ち着いた頃だった。
博之は、粗末な机代わりの板の上に、紙を一枚広げた。横に墨と筆を置く。
まだ慣れた手つきとは言えないが、それでも数字を書くには十分だった。
「……ちょっと計算するか」
小さく呟く。
ヨイチが覗き込む。
「またなんかやっとるな」
「ええから見とけ」
博之は筆を取った。
まず、今ある金を書く。
――九千文。
「今の手持ちは、これや」
ヨイチが「おお」と小さく声を漏らす。
「で、ここ二週間や」
筆を走らせる。
豚汁、握り飯、味噌団子、魚。
イワシ二十、サバ二十を、毎日ではないにせよ、ほぼ売り切る形で回してきた。
「売れ残りは、ほぼなしや」
その上で、利益をまとめる。
「……一万五千百二十文」
ぽん、と筆を置く。
「これが、二週間の利益や」
「そんなに出とるんか……」
ヨイチが目を丸くする。
「出とる」
博之は淡々と言う。
「ただしや」
すぐに続ける。
「人も増えとる」
別の欄に書く。
飯と住居。
これはすでに固定費として回している。
「これで、千六百八十文出とる」
「……結構いくな」
「せやろ」
博之はうなずく。
「で、ここからや」
少し筆を止めてから、また書き出す。
「今回、十人入れた」
その一言で、空気が変わる。
「一人二十五文やからな」
さらさらと書く。
「一日、二百五十文増える」
さらに続ける。
「元々の分と合わせて……」
計算する。
「一日、三百七十文や」
「……でかいな」
ヨイチが思わず言う。
「でかい」
博之も認める。
「せやから、これも入れる」
さらに筆を走らせる。
湯浴み。
着物。
寝具。
「十人分、まとめてやった」
数字を書く。
「四千二百文」
未亡人が少し驚いた顔をする。
「……そこまでやったんですね」
「やるなら最初にやる」
博之は短く答える。
「中途半端が一番あかん」
紙の上には、数字が並んでいく。
最後に、すべてをまとめる。
利益、固定費、人件費、初期費用。
ゆっくりと足し引きする。
「……一万六千百四十文」
筆を置く。
「これが、今の全部や」
しばらく誰も言葉を発しなかった。
数字の重みが、そのまま場に落ちる。
「……結構、でかいな」
ヨイチがぽつりと呟く。
「でかい」
博之も同じ言葉を返す。
「でもな」
少し顔を上げる。
「全部、金で持つ必要はない」
紙を指で叩く。
「このままやと、狙われる」
全員が黙って聞く。
「せやから、変える」
指を折る。
「米、味噌、大根、野菜、豚」
さらに続ける。
「魚は干す。沢庵も仕込む」
「……全部、食いもんやな」
ヨイチが苦笑する。
「せや」
博之はうなずく。
「食えるもんは強い」
未亡人も静かに言う。
「減りにくいですしね」
「そうや」
博之は同意する。
「金は消える。でも、食いもんは人を生かす」
紙を折りたたむ。
「あともう一つや」
視線を上げる。
「これ、書かせる」
「え?」
ヨイチが聞き返す。
「今日入れた連中や」
博之は言う。
「帳面つけさせる」
未亡人が少し驚く。
「いきなりですか?」
「最初は見ながらでええ」
博之は落ち着いて言う。
「何売れたか、いくらか。それだけでええ」
ヨイチが腕を組む。
「できるやつおるか?」
「おらんでもやらせる」
即答だった。
「できるようにする」
少し間を置く。
「それができんやつに、店は任せられん」
その言葉は、重かった。
火がぱちりと音を立てる。
博之は紙を脇に置いた。
「明日から、また回すぞ」
誰も反対しない。
数字と現実が、ようやく繋がり始めていた。




