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とりあえず名張、上野方面の話を北畠の城主に報告。城主も内宮の話を知ってたwww上野方面の現状を聞く

とりあえず報告である。

 そう言いながら、博之は二万文の包みを用意させていた。

「旦那様、帳簿から逃げたいだけでしょう」

 ヨイチが冷ややかに言う。

「逃げちゃう。報告や」

「報告してから帳簿をする、と」

「そうや。順番の問題や」

「子どものサボりみたいですね」

「子どもにしては、なかなかやぞ。二万文持っていくからな」

「もう銭の感覚がむちゃくちゃですやん」

 お花まで呆れた顔をする。

 それでも、博之は出かける準備を進めた。内宮での出店、津での飯会、そして

 名張・上野方面から来た嘆願。いろいろなことが起きすぎている。帳簿を見る前に、

 一度、上へ話を通しておいた方がいい。そう自分に言い聞かせながら、北畠方の屋形へ向かった。

 通されるなり、向こうの者はにやりと笑った。

「まあまあ、ええ頃合いや。何日か前、内宮さんの端で店を出したそうやな」

 博之は一瞬、固まった。

「もうご存じで」

「知っとる。一刻ほどで全部売れたことも知っとる」

「……いいタイミングで報告に来られてよかったです。怒られずに済みました」

「怒るとは言うてへん」

 向こうは楽しそうに笑った。

「なかなかやぞ。神宮の端に店を出せるだけでも大したもんや。それがまだ前段階とはいえ、

 即完売した。しかも、なかなか強気の値段で出したと聞いとる」

「確かに気持ちは高ぶりましたが、油断せず粛々とやるだけでございます」

「よう言うわ」

 向こうは茶を飲みながら続けた。

「で、今日は何の用や。内宮の自慢だけなら、二万文は持ってこんやろ」

「はい。別件でございます」

 博之は二万文の包みを差し出した。

「まず、こちらはご挨拶と寄進でございます」

「また銭か」

「使わないと怖いので」

「それはお前の病やな」

「否定できません」

 少し場が和んだところで、博之は名張と上野の者が来た話をした。

「ありていに申せば、困窮しているので助けてほしい、という嘆願でした。食えない子どもがいて、

 捨てられるような話もあると」

「ほう」

「最初は断りました。ただ銭や米を渡しても続きません。産業がなければ、

 また同じことになりますので」

「それで?」

「ただ、そのまま帰すのも目覚めが悪く、二人に五千文ずつ、加えて食料を八千文ほど渡しました。

 輸送費等々合わせて二万五千文ほどです」

「結局渡しとるやないか」

「試しでございます」

 博之は少し身を乗り出した

「子どもに読み書きを教えろ。何か産業を考えろ。失敗してもいいから月に一度報告に来い。

胡瓜、紫蘇、蜂蜜、菜種油、漬物にできるものなら、うちで買い取れるかもしれない。そう話しました」

「ふむ」

「ついては、名張や上野、伊賀方面について、何かご存じのことがあれば教えていただきたく」

 向こうは少し顔をしかめた。

「あそこは、うちはいらん」

「いらん、ですか」

「いらん。産業が強いわけでもない。税収が良いわけでもない。山が多く、土地も細かい。

北畠、長野、北は六角、西は大和の筒井の方も見える。大きな勢力に囲まれて、

 その中で地侍や惣村ががちゃがちゃやっとる土地や」

「やはり、城下町というより、館や寺社や村が点在している感じですか」

「そうや。柄も悪い。山もある。道も面倒や。地侍はその時々で護衛になったり、

 日雇いになったり、忍びのような真似をしたりする。深入りしても得るものは少ない」

 博之は黙って聞いていた。

「伊勢松坂屋が本気で国取りをするなら、取れんことはないかもしれん。だが、その後が詰むぞ。

 周りの勢力に翻弄される。地侍をまとめるだけでも骨や。飯屋が手を出す土地ではない」

「国取りする気はございません」

「ほんまか」

「困った者に手を差し伸べるくらいはしたい、というだけです」

「その言い方が一番怪しい」

 向こうは笑った。

 博之は少し考えてから言った。

「ただ、その話で言えば、名張や上野に少しでも拠点ができれば、六角や筒井、

 大和方面の空気が見えるということですね」

「お前、攻める気満々やないか」

「攻めるというより、飯会です。横丁を作るとしても、儲けるというより、自立できる

 最低限でよいのです」

「最低限?」

「胡瓜、紫蘇、漬物、蜂蜜、菜種油。そのあたりが安定して取れれば、松坂や伊勢の飯に使えます。

 米を作れとは言いません。一年かかりますから。まずは飯の種になるものを作ってもらう」

「それで?」

「いずれ大和や近江方面へ話が広がる時、街道飯や山越えの飯の拠点にもなります」

「いよいよ飯で国取りする気やな」

「上野はノータッチです」

「今の話でどこがノータッチや」

 向こうは腹を抱えて笑った。

 博之は少し困ったように頭を下げた。

「今日のお願いは、そこではありません」

「まだあるんか」

「はい。私は、名張と上野の者に、うちの袴を五枚ずつ渡しました」

「袴?」

「伊勢松坂屋の名と紋の入ったものです。悪さに使われても困るので、

 使い方は限りました。何かあった時、うちに来るため。あるいは、うちが寄進している

 寺社に助けを求めるためです」

「それで?」

「もし地侍やならず者が邪魔をしてくるようなら、その袴を見せて、伊勢松坂屋の筋だと

 伝えろと言いました」

 向こうの顔が少し面倒そうになった。

「お前、それはつまり、うちの名もちらつかせたいということやな」

「はい」

「面倒くさいな」

「軍勢を出してほしいわけではございません」

「当たり前や。出さんぞ」

「名前だけでよいのです。少人数の嫌がらせ程度なら、伊勢松坂屋の紋と、

 北畠様に話が通っているというだけで、たぶん退くと思います」

「退かんやつもおるぞ」

「その時は、また報告に来ます」

「結局こっちに来るやないか」

「そのための二万文でございます」

 向こうは、しばらく博之を見ていたが、やがて苦笑した。

「二万文で面倒を買わせる気か」

「面倒をおかけするかもしれないので、先に頭を下げに来た次第です」

「お前はほんまに、銭の使い方が嫌らしいな」

「褒め言葉として受け取ります」

「褒めてへん」

 それでも、向こうは包みを受け取った。

「まあ、それぐらいならええ。軍勢は出さん。だが、伊勢松坂屋が困窮地に少し手を差し伸べる

 程度なら、別に構わん。袴を見せて、北畠に話は通してあると言うくらいは許す」

「ありがとうございます」

「ただし、勝手に城を取るな。地侍を抱え込むな。惣村の争いに深入りするな」

「承知しております」

「怪しい」

「本当です」

 向こうはさらに続けた。

「もし向こうで売れそうなものがあるなら、松坂や伊勢のものを売ってやればええ。

 銭を回せ。逆に、向こうで採れる胡瓜や紫蘇、蜂蜜、油、茸、山菜、川魚。そのあたりは買ってやれ」

「それは考えております」

「伊勢の高い小物を売るより、松坂の日用品の方が売れるかもしれんな」

「私もそう思います。名張や上野では、伊勢の華やかなものより、松坂の丈夫な布、

 草履、手ぬぐい、傘、味噌、漬物の方が刺さるかもしれません」

「それは全然ええぞ。売ってこい。買ってこい。飯屋らしく、飯と日用品で入れ」

「はい」

「ただし、国取りはするな」

「飯会です」

「言葉を変えただけやろ」

「違います」

「怪しいなあ」

 そう言いながらも、向こうの表情は悪くなかった。

 博之は深く頭を下げた。

「本日は、報告とお願いでございました」

「帳簿から逃げに来たんやろ」

「……それも少し」

「正直でよろしい」

 屋形を出ると、ヨイチが横で言った。

「旦那様、また面倒な種をまきましたね」

「今回は、ちゃんと許しを取った」

「許しを取ったから余計に大きくなります」

「そういうこと言うな」

「事実です」

 博之は空を見上げた。

 名張、上野、伊賀。

 そこは、まだ商売の土地ではない。港もない。城下町もない。小さな館と寺社と村が点在する、 

 ややこしい土地である。

 けれど、そこにも腹を空かせた者がいる。子どもがいる。何かを作れるかもしれない手がある。

 手を出せば、面倒になる。

 だが、少しだけなら、道をつけられるかもしれない。

「飯で国取りか」

 博之は小さく呟いた。

 ヨイチがすかさず言う。

「否定できなくなってきましたね」

「うるさい。飯屋や」

「飯屋が一番怖いです」

 そう言われて、博之は苦笑しながら、本店へ戻る道を歩いた。

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