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市が立つ日。客の勢いがすごくいつも以上によく売れる。もめる。ただ終わりには達成感がある。明日は休み

その日は、朝から違っていた。

まだ火を起こしたばかりの頃から、人の気配が多い。いつもならちらほらと客が来る時間帯だが、

この日は違った。遠くから声が聞こえる。荷を引く音、笑い声、呼び込み。

「……市やな」

博之がぼそっと言う。

ヨイチも外をちらりと見て、うなずいた。

「人、多いな」

「今日は気ぃ抜くなよ」

博之は鍋に火を入れながら言う。

「全部出る思え」

 その言葉通りだった。

 昼前には、もう列ができていた。

「おい、まだか!」

「順番や順番!」

給仕の女が慌てて声を張る。未亡人は豚汁をよそい、ヨイチは団子をひっくり返す。

もう一人は魚を串に刺し、火に並べる。

煙が立ち上る。

イワシの焼ける匂いが、風に乗って広がる。

「……ええ匂いやな」

 誰かが言う。

「これ、いくらや?」

「イワシは八文や!」

声が飛び交う。

博之は鍋をかき混ぜながら、全体を見る。手は止めない。だが目は止める。

――回っとる。

だが、ぎりぎりだ。

「ヨイチ、団子切らすな!」

「わかっとる!」

「そっち、魚焦げるぞ!」

「今返す!」

 声が重なる。

 次から次へと注文が来る。

「豚汁三つ!」

「団子五本!」

「魚二つ!」

数を覚え、順番を回す。間違えれば、すぐ文句が出る。

「おい、まだ来んぞ!」

「順番言うたやろ!」

 少し声が荒くなる。

 その時だった。

「先に頼んだんはこっちやろ!」

「いや、俺や!」

 客同士が揉め始めた。

 空気が一瞬、張り詰める。

 給仕の女が困った顔で広之を見る。

 博之は鍋を置いた。

「おい」

 一言だけ、低く言う。

 二人が振り向く。

「順番は、こっちで見とる」

 静かに言う。

「文句あるなら、食わんでええ」

 一瞬、沈黙。

 だが、その後、片方が舌打ちして引いた。

「……わかったわ」

 もう一人も、ぶつぶつ言いながら下がる。

 博之は何も言わず、鍋に戻る。

 火はそのまま燃えている。

 再び、動き出す。

 だが、その一件で、空気が変わった。

 ざわざわとした中に、少しだけ締まりが出る。

「……この店、流行っとるな」

 列の後ろから、そんな声が聞こえる。

「確かに、腹にたまるわ」

「安いしな」

 そんな言葉が、ぽつぽつと混じる。

 ヨイチがちらりと博之を見る。

 博之は何も言わない。

 ただ、鍋をかき混ぜる。

 ――ええな。

 そう思う。

 日が傾く頃には、材料はほとんど尽きていた。

「……終わりやな」

 ヨイチが息をつく。

 魚も、団子も、ほぼ売り切れ。

 豚汁の鍋も底が見えている。

 皆、どっと疲れた顔をしていた。

 だが、その顔には、どこか達成感もあった。

「……こんな売れるんやな」

 未亡人がぽつりと言う。

「市やからな」

 広之は短く答える。

「稼ぎ時や」

 少し間を置く。

「でもな」

 皆の顔を見る。

「明日は休む」

「……休み?」

「市の次の日は、店閉める」

 はっきり言う。

「身体持たん」

 誰も反対しない。

 むしろ、ほっとした顔がいくつか見えた。

「湯浴み行け。洗濯せえ。寝ろ」

 博之は続ける。

「またやるためや」

 火が静かに消えていく。

 その日の空気は、いつもより少しだけ熱かった。

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