店の切り盛り体制を新たにして一週間、順調かと思いきや少しほころびが見える。ヨイチが下の子を怒る。
その頃には、形ができ始めていた。
給仕の女は、昼の間だけ顔を出して帰る。だが、それ以外の連中は、同じ屋根の下で、
同じ鍋を囲むようになっていた。
夜になると、自然と人が集まる。
火の周りに座り、豚汁をよそい、握り飯を分け合う。団子の余りや、試しに焼いた魚も並ぶ。
最初はただの寄せ集めだった。
だが、今は違う。
なんとなく、輪ができている。
博之は、その光景を見ながら、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じていた。
――家族、みたいやな。
そう思って、すぐに首を振る。
そんなもんやない、と。
それでも、どこか嬉しかった。
未亡人の女は、来たばかりの頃は痩せて、顔色も悪かった。だが、毎日飯を食うようになって、
少しずつ頬に色が戻ってきている。
「最近、顔色ええやん」
広之が何気なく言うと、女は少し照れくさそうに笑った。
「……そりゃ、食べてますから」
「食うんは大事や」
「ほんまに」
小さくうなずく。
孤児だった女の子も、まだどこか落ち着きはないが、前よりはずっと表情が柔らいでいる。
がちゃがちゃした動きはあるが、それも少しずつ収まってきていた。
そんな中で、魚の塩焼きも始まった。
ヨイチが魚を仕入れてきて、団子の横で串に刺す。火の具合を見ながら焼き、塩を振る。
もう一人の子は火の番をし、薪をくべる。
女の子は薪を買いに走り、戻ってくる。
未亡人は豚汁の仕込みを手伝いながら、配膳もこなす。給仕の女は客を捌き、笑顔で場を回す。
博之は全体を見ながら、鍋をかき混ぜる。
それぞれが役割を持ち、動いていた。
店は、確実に“回って”いた。
そんな日々が、一週間ほど続いた。
ある日の夕方だった。
女の子の帰りが、遅かった。
店がひと段落した頃、ようやく戻ってきたが、どこか身なりも乱れていて、少し臭いもする。
ヨイチがそれに気づいた。
「……お前、何しとったんや」
低い声だった。
女の子はびくっとする。
「……ちょっと、遅なって」
「遅なって、やないやろ」
ヨイチは一歩近づく。
「今の状態、わかっとるか?」
女の子は俯いたまま、何も言えない。
「別に、飯食うんが悪いんやない」
ヨイチは言葉を選ぶように続ける。
「俺らは、飯食うためにやっとる」
少し間を置く。
「でもな、今のぎりぎりの状況忘れたらあかん」
女の子の肩が震える。
「飯食って、寝れて、風呂入って……そら気ぃ緩むわ」
ヨイチの声は、少しだけ柔らいだ。
「でもな、そこで緩みすぎたら、元に戻るぞ」
はっきりと言う。
「旦那が、一存で『出てけ』言うたら、終わりや」
女の子の目から、ぽろっと涙が落ちる。
「……ごめん」
小さな声。
ヨイチは一度、息を吐いた。
「謝るんはええ。でもな」
ゆっくりと言う。
「自分で稼いで、飯食えて、自分で住むとこ借りれるようになるまでは、気ぃ抜くな」
女の子は泣きながらうなずく。
「……うん」
その様子を見ていた広之が、少しだけ口を開く。
「まあ、ええ」
静かな声だった。
「怒るんも、必要や」
ヨイチが少しだけ視線を落とす。
博之は女の子の頭を軽く叩いた。
「次から気ぃつけろ」
「……はい」
未亡人も横から口を挟む。
「……私も、気をつけます」
「いや、あんたはようやっとる」
博之はすぐに否定する。
「ほんま助かっとる」
未亡人は少し驚いたように、そして安心したように笑った。
火の音が、静かに響く。
広之は皆を見渡す。
「ええか」
ゆっくりと言う。
「別に、カリカリしたいわけやない」
少し間を置く。
「でもな、みんなで飯食うためにやっとるんや」
視線を一人ずつに向ける。
「店で物売れへんようになったら、終わりや」
誰も口を挟まない。
「そしたら、みんなまた腹減る生活に戻る」
その言葉の重さは、全員が知っている。
「せやからな」
少しだけ声を柔らげる。
「気持ち、一つにしとこ」
静かにうなずきが広がる。
その夜の飯は、いつもより少し静かだった。
だが、どこか締まっていた。
同じ釜の飯を食うということの意味を、全員が少しだけ理解した気がしていた。
そうして、一週間が終わった。




