燃える王城
王都に響く警鐘は、止まらなかった。
――ゴォォォン……
――ゴォォォン……
腹の底まで震わせるような重い鐘の音が、王城を中心に街全体へ広がっていく。
赤い火の手。
夜空を焦がすように立ち昇る炎は、王城外壁の一角——西塔付近から上がっていた。
「西塔だ!!」
カイルが走りながら叫ぶ。
普段の穏やかさはない。
その声には、明確な焦りがあった。
石畳を蹴る音が四つ、重なる。
ガイが先頭。
そのすぐ隣にエリオ。
後方にレオン。
そして中央を走るカイル。
兵たちが混乱の中、道を開ける。
「消火班を回せ!!」
「西側封鎖!!」
「侵入者を探せ!!」
怒号。
悲鳴。
混乱。
だがエリオの思考は、逆に冷えていく。
(火災は陽動)
(目的は別)
視線を上げる。
燃えているのは西塔。
だが——火の広がり方が妙だった。
(燃焼速度:不自然)
(延焼目的ではない)
「ガイ」
短く呼ぶ。
「なんだ!」
「火は目くらましだ」
ガイの目が細まる。
エリオは続ける。
「本命は別にある」
レオンがすぐ反応する。
「……だろうな」
走りながら、王城全体を見る。
そして——舌打ち。
「っ、クソ」
「王族区画か」
その一言で、カイルの顔色が変わる。
「……父上」
次の瞬間。
カイルの速度が上がる。
ガイが叫ぶ。
「単独で突っ込むな!!」
だが——
遅い。
その時だった。
――ドゴォォン!!!
爆音。
王城正門横。
巨大な石壁が内側から崩れた。
破片が飛び散る。
兵たちが吹き飛ぶ。
悲鳴。
その煙の中から——
「……派手ですね」
低く、静かな声。
聞き覚えのある声。
煙の向こう。
炎を背に、一人の男が立っていた。
アルヴァン・デルク。
黒い外套。
乱れのない姿。
まるでこの混乱すら“計画通り”だと言わんばかりの静かな存在感。
周囲には、仮面をつけた武装兵。
王都兵ではない。
私兵——いや。
「デルク家直属か」
レオンが低く言う。
アルヴァンは、ゆっくりと視線を上げる。
そして——
真っ直ぐ、カイルを見る。
「お久しぶりです」
穏やかに。
だが、その声に温度はない。
「第十王子殿下」
沈黙。
その場の空気が、凍る。
兵たちの顔色が変わる。
「第……十王子?」
「まさか……」
「失踪した……?」
ざわめき。
隠されていた事実が、最悪の形で広がる。
カイルの表情が強張る。
(最悪だ)
正体を明かされたことではない。
“この場”で明かされたことが問題だった。
アルヴァンは一歩、前へ出る。
「随分と自由を満喫されたようで」
その言葉は、責めるでもなく。
ただ——断罪。
「立場を捨て、責務から逃れ、好きに生きる」
さらに一歩。
「羨ましかったですよ」
その瞬間。
空気が、変わる。
初めて。
アルヴァンの感情が、滲む。
怒り。
嫉妬。
憎悪。
「私は、捨てられなかった」
低く。
押し殺した声。
「国のために。王のために。民のために」
「忠誠を誓い、家に縛られ、立場を全うし続けた」
「なのに貴方は」
一拍。
その目が、鋭く歪む。
「逃げた」
完全な憎悪。
「それでも、許されると?」
カイルは、動かない。
だが——逃げない。
真正面から、その視線を受け止める。
「……逃げた」
静かに。
認める。
「そう思われても仕方ない」
ガイが目を見開く。
レオンも黙る。
だがカイルは続ける。
「でも」
その瞬間——
風が吹く。
乱れた前髪の奥。
その瞳に、確かな意志が宿る。
「俺は、生き方を選んだ」
アルヴァンの眉が動く。
カイルは、はっきりと言う。
「立場のために生きるんじゃない」
「自分の意思で、生きるためにここにいる」
静寂。
兵たちすら、息を呑む。
アルヴァンは数秒、黙る。
そして——
笑った。
だが、それは穏やかさではない。
「……やはり」
小さく。
「理解できない」
その瞬間。
手が上がる。
「捕らえろ」
命令。
仮面兵たちが、一斉に動く。
「来るぞ!!」
ガイが剣を抜く。
火花。
衝突。
金属音。
レオンが短剣を抜き、影のように消える。
「雑魚は任せろ」
エリオは——
動かない。
ただ一人。
アルヴァンだけを見る。
(対象確認)
(危険度最大)
アルヴァンもまた、エリオを見る。
「……貴方は」
少しだけ残念そうに。
「そちら側ですか」
エリオは短く答える。
「当然だ」
次の瞬間——
踏み込む。
爆発的な速度。
仮面が月光を反射する。
アルヴァンの目が、初めてわずかに見開く。
(速い)
エリオの刃が届く——
寸前。
――ギィン!!
止められる。
アルヴァン自身ではない。
背後から現れた護衛が、防いだ。
だが。
エリオは止まらない。
「邪魔だ」
低く。
二撃目。
三撃目。
圧倒的速度。
護衛が崩れる。
アルヴァンが、初めて後退する。
一歩。
その事実に、周囲が息を呑む。
(アルヴァンを下がらせた)
エリオは告げる。
「カイルには触れさせない」
明確な拒絶。
その言葉に——
カイルの思考が、一瞬止まる。
ガイが笑う。
「……上等」
レオンも、血を払って笑う。
「完全に囲われてんな、王子様」
アルヴァンは静かに立つ。
だがその目は——
より深く、鋭く。
「……なるほど」
低く。
「ますます欲しくなった」
その言葉が、誰に向けたものなのか。
理解した瞬間——
空気がさらに危険を孕む。
王城炎上。
王族暴露。
反逆開始。
そして——
アルヴァン・デルクの執着は、ついに“カイル”だけでなく、“エリオ”にも向き始めていた。




