揺らぐ仮面
金属の高い音、そして怒号とした立ち上がる炎。
血の匂い。
王城前広場は、もはや戦場だった。
燃え上がる西塔から舞い散る火の粉が夜風に煽られ、まるで赤い雪のように視界を埋めていく。
兵たちの叫び、剣と剣がぶつかる音。
そして倒れる者。
駆ける者。
その全ての中心で——
エリオは、アルヴァンだけを見ていた。
(最優先対象)
視界の中、余計なものは切り捨てる。
目の前の男は危険だ。
思想も、実力も、影響力も。
放置していい相手ではない。
アルヴァンは数歩下がった位置で、静かにこちらを見ている。
炎を背にしてなお、その姿は不思議なほど乱れない。
まるでこの混乱すら、自分の舞台装置であるかのように。
だが——
彼の視線は、ただ敵を見るものではなかった。
エリオの剣筋。
一切の無駄がない判断。
揺るがぬ姿勢。
誰かを守るため、迷わず前に出るその在り方。
その姿に、アルヴァンの脳裏には“かつての自分”がよぎっていた。
(……似ている)
国に捧げると決めた頃の、自分。
忠誠こそ誇り。
守るべきもののためなら、自分すら削る。
感情より、使命。
欲より、責務。
その在り方を——美しいと信じていた。
「……素晴らしい」
小さく、アルヴァンが呟く。
それは、敵への評価とは思えぬほど静かだった。
「その忠誠」
低く。
炎の向こう、真っ直ぐにエリオを見つめる。
「実に、美しい」
その声には、初めて“憎悪以外”が混じっていた。
羨望と共鳴。
そして——心を乱されるような興味。
カイルは自由を選んだ。
だから憎い。
だが、エリオは違う。
傷を抱えながら。
仮面をつけながら。
なお忠義を貫く。
自分が理想とした“忠誠”が、そこにある。
(何故、お前は……)
アルヴァンの思考が、わずかに乱れる。
(何故そんな目で、他者を守れる)
嫉妬ではない。
理解したい。
欲しい。
壊したいほど、美しい。
矛盾した衝動。
次の瞬間。
アルヴァン直属の兵が、一斉に動く。
左右から三人。
正面から二人。
包囲。
(五)
エリオの思考が、一瞬で処理する。
剣筋。
足運び。
力量差。
(排除可能)
踏み込む。
最初の一人の剣を紙一重で避ける。
懐へ。
肘。
喉。
崩れる。
二人目。
振り下ろし。受けずに流す。
膝裏。
沈む。
速い。
迷いがない。
その姿に、アルヴァンの鼓動が——ほんのわずかに、強くなる。
(……そうだ)
思い出す。
自分も昔、そうだった。
王のため。
国のため。
ただ正しさを信じて剣を振るった。
だがいつからだ。
忠誠は、誇りではなく。
呪いに変わったのは。
「っ……!」
三人目。
死角からの刃。
避けきれない。
その瞬間——
――ギィン!!
強烈な衝撃。
火花。
「余所見してんじゃねぇ!!」
ガイ。
エリオを庇う。
近い。
守るため、迷わず割り込む。
アルヴァンの目が細まる。
(……そうか)
理解する。
この男は、“命令”で忠誠を誓っているのではない。
“自分の意思”で、守っている。
エリオもまた同じだ。
誰かに縛られた忠義ではない。
選んでいる。
その事実が——
アルヴァンの中で、最も認めたくない価値観を突きつける。
(自由意思で、その忠誠に至るのか)
胸の奥が、ざわつく。
カイルへの憎悪とは違う。
もっと静かで。
もっと深い。
“知りたい”という感情。
その時——
後方から放たれた短剣。
狙いはエリオの仮面。
――パキッ
仮面が割れる。
カラン……
石畳に落ちる音。
そして。
露わになる素顔。
炎。
火の粉。
その中で立つエリオは——
アルヴァンの理解を、一瞬で超えた。
「……っ」
息が止まる。
美しい。
その言葉では、足りない。
傷すらも隠れない。
なのに、目を逸らせない。
完璧ではない。
だからこそ、心を抉る。
忠誠を宿した瞳。
傷を抱えた顔。
それでも前を向く姿。
まるで——
理想と、現実の痛み、その両方を背負った存在。
(……なんだ、それは)
初めてだった。
“壊したい”より先に。
“手に入れたい”と思ったのは。
カイルへの感情が、憎悪なら。
エリオへの感情は——執着。
理解したい。
欲しい。
その忠誠が、誰に向くのか見たい。
自分に向けば、どれほど——
「……なるほど」
低く。
だが先程までとは違う。
もっと危うく。
もっと熱を孕んだ声。
「これは……」
一拍。
「心を奪われる」
無意識だった。
口にしてから、自分でも理解する。
この瞬間。
アルヴァン・デルクは、エリオを“敵”としてだけでは見られなくなった。
だからこそ——
次に生まれる衝動は、より危険だった。
「壊したくなる」
美しいまま、自分のものにしたい。
その言葉に、三人の殺気が跳ね上がる。
ガイ。
カイル。
レオン。
「言ってみろ」
「やめておいた方がいいですよ」
「……あーあ、最悪」
だがアルヴァンは、もう視線を逸らさない。
カイルへの憎悪。
王族への反逆。
その全てとは別に——
新たな執着が、生まれてしまった。
炎の中。
仮面を失った夜。
アルヴァンにとってエリオは——
初めて“忠誠ごと欲しい”と願った存在になった。




