言葉にする覚悟
その夜。
王都の喧騒が少しだけ遠のいた時間、宿舎の裏手にある中庭は静まり返り、石畳に落ちる月の光だけが淡く空間を照らしていた。
ガイはそこに立っていた。
腕を組んだまま、何もせず、ただじっと前を見ている。
だがその視線は、何かを見ているようでいて、実際には内側へと向いていた。
(……くそ)
小さく、舌打ちが漏れる。
昼間の光景が何度も頭の中で再生される。
レオンの言葉。
カイルの正体。そこからのあいつの覚悟。
そして——
エリオの一言。
「影響を受けている。お前から」
思い出した瞬間、胸の奥が強く掴まれる。
嬉しいはずなのに。
それだけで終わらない。
(だからって、あのまま何も言わねぇとか)
苛立ちが混ざる。
自分にも。
エリオにも。
そして、動けなかったあの場にも。
ガイは大きく息を吐き、顔を上げる。
「……逃げてんじゃねぇよ」
自分に言い聞かせるように呟いた、その時。
足音が一つ。
規則的で、無駄のない音。
振り返るまでもない。
「……エリオ」
名前を呼ぶ。
エリオは数歩の距離で止まる。
仮面越しの視線が、まっすぐ向けられる。
「用件は何だ」
相も変わらずいつも通りの声。
だが——
それが、今は逆に引っかかる。
ガイは一度、言葉を飲み込む。
喉の奥で詰まる。
だが。
今度は逃げない。
「……さっきの話なんだが」
短く切り出す。
エリオの思考が動く。
「選択の件か」
「……それもある」
曖昧に返す。
だが、それだけでは終わらせない。
一歩、近づく。
距離が縮まる。
月明かりの中、互いの影が重なる。
「お前さ」
低く言う。
「なんで、ああいうこと平気で言うんだよ」
エリオがわずかに首を傾ける。
「事実を述べただけだ」
即答。
迷いがない。
ガイは一瞬、言葉を失う。
そして——苦く笑う。
「……ほんと、それだよ」
頭をかく。
視線を逸らす。
だが、すぐに戻す。
逃げない。
「普通はよぉ」
言葉を選びながら続ける。
「そういうの、もっとこう……考えてから言うもんだろ」
一拍。
「言われた方がどうなるか、とか」
エリオは少しだけ黙る。
そして。
「考慮していない」
はっきりと言う。
ガイは息を吐く。
呆れと、納得が混ざったような吐息。
「だろうな」
そして。
一歩、さらに近づく。
もう、手を伸ばせば触れられる距離。
「……だから言う」
低く。
真っ直ぐに。
「ちゃんと鈍いお前でも分かるように」
エリオの思考が止まる。
(……重要発言の前兆)
そう認識する。
ガイは拳を軽く握る。
ほんの少しだけ震える指。
それでも、止めない。
「俺は」
一瞬、息を吸う。
「お前が好きだ」
はっきりと。
逃げずに。
言い切る。
空気が止まる。
完全に。
エリオの思考が停止する。
(……好き)
未知の領域。
分類不可。
ガイは続ける。
止まらない。
「ただ一緒にいるとかじゃねぇ」
一歩、詰める。
距離が消える。
「隣にいたいとか、そんな軽いもんでもねぇ」
視線を逸らさない。
「他のやつに取られるは、普通に嫌だ、腹が立つ」
正直に、そのまま伝える。
「カイルでも、レオンでも誰だろうと」
そして——
「俺は、お前を選んでる」
強く、言い切った。
沈黙。
エリオの思考が、必死に動く。
(選ばれる)
(対象指定)
(感情付随)
処理できない。
だが。
無視はできない。
ガイは、少しだけ視線を落とす。
ほんの一瞬だけ。
そして、すぐに戻す。
「だから」
低く、静かに。
「お前も、ちゃんと選べ」
押し付けたくはない。
だが、向き合ってほしい。
エリオは動かない。
答えも出ない。
だが——
確実に。
揺れている。
「……理解に時間が必要だ」
正直に言う。
ガイは小さく息を吐く。
「だろうな」
苦笑する。
だが。
さっきまでとは違う。
どこか、吹っ切れたように。
「いい」
短く言う。
「待つ」
一拍。
「でも」
少しだけ目を細める。
「もう遠慮しねぇからな」
宣言。
そのまま、くるりと背を向ける。
数歩、歩き出す。
そして止まる。
振り返らないまま。
「……逃げんなよ、覚悟しておけ」
小さく言い残し、去っていく。
足音が遠ざかる。
残るのは、エリオ一人。
月明かりの中で、立ち尽くす。
(……好き)
言葉が、残る。
消えない。
胸の奥に、確かに残る。
初めての感覚。
処理不能。
だが。
無視できない。
エリオは、わずかに目を伏せる。
(……選択)
避けられない。
完全に。
物語は——もう戻らないところまで来ていた。




