三つ巴
「やっぱりな」
レオンの声は軽かったが、その一言だけで、回廊に残っていた空気は一瞬で張り詰める。
先ほどまでの余韻も何もかもを押し潰すように静まり返った。
彼はわざと足音を響かせながらゆっくりと歩み寄り、逃げ場を与えない距離でカイルの正面に立つ。
そして、視線を外すことなくその顔を覗き込む。
「王、分かりやすかったぞ」
わずかに口元を歪める。
「王でも父親なんだな、”愛する息子”を見る目をしていたぞ」
その言葉が落ちた瞬間、空気が確かに揺れた。
ガイの眉がぴくりと動く。
「……息子?」
低く、理解の追いつかない声が漏れる。
レオンは肩をすくめ、まるでどうでもいい噂話でもするように続けた。
「数年前、王城から1人の王子様がいなくなったと噂になってたな。記録にもほとんど残ってない、扱いの軽い末の王子だったから当時はそんな問題にはならなかったんだ。」
一拍置いてから、視線をカイルへ戻す。
「第十王子」
そして、断言する。
「で、今ここにいる」
逃げ道はない。
沈黙が落ちる。
ガイの視線が、まっすぐカイルに突き刺さる。
「……お前、その話本気かよ」
その問いに、カイルはすぐには答えなかった。
ほんの数秒、呼吸を整えるように間を置き、それでも視線だけは逸らさずに受け止めると、静かに口を開く。
「……否定はしません」
短い。
だが、その一言で十分だった。
空気がさらに重く沈む。
だが、レオンは止めない。
今度は、ゆっくりと視線をエリオへ滑らせる。
「で?」
わずかに笑う。
ガイとカイルを順に指し示し、最後に自分の胸を軽く叩く。
「どれを選ぶ? ――優良物件揃いだぞ、一人は期待の実力者。一人は王子様ときた」
その問いは軽い口調とは裏腹に、逃げ道を完全に塞ぐものだった。
エリオの思考が止まる。
(選択)
処理を試みるが、分類できない。
沈黙。
その隙を、レオンは逃さない。
「それとも」
一歩、距離を詰める。
自然に、だが確実に。
「こんなガキどもはやめて。大人の魅力満載の俺も入れるか?」
ガイの空気が変わる。
一瞬で。
「は?」
低く、苛立ちを含んだ声。
レオンは気にした様子もなく笑い、さらに一歩だけ踏み込んでエリオの目前に立つと、指先でその顎に軽く触れ、わずかに上へと向かせた。
「お前、いい顔するな」
低く、覗き込むように。
「無自覚なのが一番厄介だ」
その瞬間——
「いつも言ってるが……触んな」
ガイの声が落ちる。
低く、押し殺した怒気を含んで。
レオンはちらりと横目で見る。
そして、楽しそうに笑った。
「嫉妬か?お前のもんじゃねえだろ」
「違ぇよ」
即答だった。
だが、その拳は強く握られている。
レオンは離れない。
むしろ、わずかに距離を詰めたままエリオの目を覗き込む。
「なあ」
軽く首を傾ける。
「誰が一番、気になる?」
直球。
逃げ場はない。
エリオの思考が揺れる。
(優先順位)
だが——
決められない。
その沈黙が、引き金になった。
「……いい加減にしろ」
ガイが動く。
一歩で間合いを詰め、レオンの腕を掴み、そのまま強引に引き剥がす。
「離れろ」
空気が張り詰める。
レオンは抵抗せず、あっさりと手を離す。
だが、その表情は楽しそうなままだ。
「やっと来たな」
軽く言う。
ガイはそのままエリオの前に立つ。
庇うように。
完全に、間に入る形で。
そして振り返る。
「お前さ」
声が荒い。
もう抑えない。
「なんでそんな平気なんだよ」
距離が近い。
逃げ場はない。
「選べって言われてんだぞ」
さらに詰める。
「なんで、動揺しないんだ、何も変わらないんだよ!」
エリオの思考が揺れる。
だが、答える。
「……変化はある」
小さく。
ガイの動きが止まる。
「今まで考えて来なかった。選択という概念が増えた」
淡々と。
「影響を受けている」
一拍。
視線がガイへ向く。
「お前からな」
空気が凍る。
ガイの思考が止まる。
完全に。
レオンが吹き出す。
「はは……今それ言うか」
楽しそうに。
カイルの瞳が、わずかに細まる。
そして、一歩前へ出る。
今度はカイルが二人の間に並ぶ。
ガイの隣に立ち、同じ高さでエリオを見る。
「それでも」
静かに言う。
「選ぶ必要があります」
逃げない声。
真っ直ぐに。
「その中に、俺も含めてください」
はっきりと。
ガイの拳がさらに強く握られる。
レオンが肩をすくめる。
「ついでに俺もな」
軽く言う。
だが、その目は真剣だ。
一歩、後ろへ下がりながら三人を見渡す。
「気まぐれじゃねぇぞ、ちゃんとお前の心を奪いにいく」
宣言。
三方向。
完全な三つ巴。
エリオは立っている。
視線を動かす。
ガイ。
カイル。
レオン。
(……選択)
思考が、逃げなくなる。
だが——
まだ、決められない。
「……不明だ」
正直に言う。
沈黙。
そして。
レオンが満足そうに笑う。
「いいね」
軽く言う。
「その顔、しばらく楽しめそうだ」
背を向ける。
「続きはまた今度だな」
手をひらひらと振り、そのまま回廊の奥へと消えていく。
足音が遠ざかる。
残るのは——二人。
いや。
もう違う。
三人の関係は、完全に動き出していた。




