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わけあり仮面騎士様の恋愛事情  作者: ぬー
第一章 問題ない関係
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近すぎる距離

午後の風が少し強くなりはじめた。


集落の中を抜けるたびに布や旗が大きく揺れる中で、巡回の合間に設けられた短い休息の時間は、表面上は穏やかに流れているようでいて、どこか落ち着かない空気を含んでいた。


エリオは壁際に立ち、簡単な報告書に目を落としている。


仮面は、いつも通り。


何も変わらないはずの姿。


「エリオ様」


その静けさの中に、カイルの声が自然に溶け込む。


また——エリオの表情がみれたらと…手には水を持っていた。


無理のない動きで隣に立つ。


近い。


昨日と同じくらいの距離。


「少し休んでください、さっきからずっと立ちっぱなしですよね」


柔らかく、それでいて真っ直ぐな声。


エリオは視線を上げる。


「問題ない」


短い返答。


だがカイルは引かない。


「問題があるかどうかじゃなくて、負担があるかどうかです」


言いながら、さらに半歩だけ距離を詰める。


逃げ場を作らない優しさ。


「こういう時くらい、頼ってください」


その言葉に、エリオはわずかに視線を動かす。


拒否はしない。


だが、受け入れるわけでもない。


その曖昧な反応の中で。


(……近い)


エリオの中に、わずかな違和感が生まれる。


距離そのものに問題はない。


むしろ合理的に考えれば、この程度の接近は何の支障もないはずだった。


それなのに。


(少し、話しづらい)


理由は分からない。


だが、言葉が少しだけ出にくい。


その感覚に、自分でも説明がつかない。


その時だった。


強い風が一瞬だけ吹き抜ける。


布が揺れ、視界がわずかに乱れる。


同時に。


エリオの仮面の留め具が、わずかに外れる。


ほんの僅かなズレ。


だが、それは確かに起きていた。


(……ずれた)


認識した瞬間。


カイルの視線が動く。


距離が近い分、気づくのも早い。


そのまま手を伸ばそうとした——その時。


「動くな」


低い声が割り込む。


同時に、横から強く腕を引かれる。


カイルの身体がわずかに後ろへずれる。


「……え?」


一瞬、理解が追いつかない。


だが。


次の瞬間には、視界にガイが入る。


エリオとの間に割り込むように立ち、迷いなく距離を奪っている。


「ずれてる」


短く言いながら、手を伸ばす。


エリオの仮面に触れる。


距離は、ほとんどゼロ。


顔と顔が近い。


呼吸が混ざりそうなほどの距離で、ガイは何のためらいもなく留め具を直していく。


(……近い)


エリオの思考が、一瞬だけ止まる。


物理的な距離。


それ自体に問題はない。


むしろ効率的で、無駄がない。


だが。


(さっきより、やりやすい)


ふと、そんな感覚が浮かぶ。


カイルの時にはあった“わずかな引っかかり”が、今はない。


言葉が出やすい。


思考が止まらない。


(……なぜだ)


理由は分からない。


だが、その差は確かに存在していた。


「……これでいい」


ガイが手を離す。


一歩引く。


それで終わるはずだった。


だが。


エリオは、わずかに視線を動かす。


カイルの方を見る。


そして。


ほんの少しだけ、間を置いてから口を開く。


「……話の途中だった」


ぽつりと落ちたその言葉は、いつもの調子よりもわずかに低く、どこか納得していないような響きを含んでいた。


カイルが一瞬だけ目を見開く。


ガイも、わずかに動きを止める。


エリオは続ける。


「中断された」


それだけ。


事実の確認のはずなのに。


その言い方は、どこか引っかかる。


「問題はないが、効率は落ちる」


理屈は通っている。


だが。


ほんのわずかにだけ。


“拗ねているように聞こえる”


沈黙が落ちる。


ガイが眉を寄せる。


「……は?」


理解できない、という顔。


カイルは、そこで小さく息を止める。


(……今の)


違う。


いつものエリオではない。


ほんの少しだけ。


感情が混じっている。


理由は分からない。


だが、確かに。


(……そういう顔、するんだ)


胸の奥が、わずかに痛む。


近くにいたはずなのに。


その表情を引き出したのは、自分ではない。


「……続けるか」


ガイが言う。


だがその声は、どこか不機嫌だ。


エリオは短く答える。


「問題ない」


だが。


さっきと同じ言葉なのに。


どこか、温度が違う。


カイルはゆっくりと息を吐く。


(……なるほど)


すべてを理解したわけではない。


だが。


一つだけ、確かなことがある。


(譲る気はない)


たとえ。


自分が“影響のない側”だとしても。


それでも。


この距離にいる限り、まだ終わりじゃない。


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