自覚未遂
昼下がり。
集落の空気は一見すると穏やかに見えるが、その内側では昨日の出来事の余韻がまだ消えずに残っていた。
兵たちは普段通りに動いている。
巡回、整備、報告。
何も変わらない日常。
だが——
(……見ちまったな)
ガイは小さく息を吐きながら、壁に背を預けていた。
視線の先。
少し離れた位置に、エリオの姿がある。
仮面は、ついている。
いつも通り。
何も変わっていない。
はずなのに。
(違う)
昨日見たものが、頭から離れない。
火傷の痕。
それでも崩れない輪郭。
目を逸らせなかった、あの感覚。
(……なんだよ、あれ)
舌打ちが漏れる。
意味が分からない。
理解もできない。
だが一つだけはっきりしている。
(もう前と同じじゃねえ)
視界に入るたび、意識が持っていかれる。
無視しようとしても、勝手に目が追う。
理由はない。
あってほしくもない。
その時。
「エリオ様」
聞き慣れた声が入る。
カイルだ。
自然な動きで、エリオの隣に立つ。
距離が近い。
昨日と同じ。
何も変わらない。
「この後の巡回なんですけど——」
会話が始まる。
普通のやり取り。
業務連絡。
それだけのはずなのに。
(……近い)
ガイの視線が止まる。
距離。
立ち位置。
声のトーン。
どれも問題はない。
はずなのに。
(なんでだ)
胸の奥が、ざわつく。
理由は分からない。
だが、確かにある。
(気に入らねえ)
昨日と同じ言葉が浮かぶ。
だが今回は、それだけでは終わらない。
視線を逸らそうとするが、逸らす事が出来ない。
エリオが、カイルに視線を向ける。
あの時と同じ。
まっすぐで、迷いのない視線。
(……ああ)
そこで、何かが繋がる。
カイルの前では、外した。
自分の前では、命令が必要だった。
医療班の前では、拒否した。
(全部、違う)
それぞれ対応が違う。
基準があるはずなのに。
(……俺は、どこだ)
その疑問が浮かんだ瞬間。
ガイの思考が止まる。
今、何を考えた。
何と比べた。
何を知りたがった。
沈黙。
周囲の音が遠くなる。
「……は」
小さく、息が漏れる。
理解しかけている。
したくないのに。
(俺……)
言葉が、喉で止まる。
だが。
視線は逸れない。
エリオから。
離れない。
(なんでこんな)
理由を探しても、出てくるのは感情だけだ。
理屈じゃない。
説明もできない。
ただ——
(気になる)
その一言に、すべてが収束する。
そして。
それを認識した瞬間。
逃げ場が、なくなる。
ガイはゆっくりと視線を外す。
だが、遅い。
もう気づいてしまった。
「……面倒くせえな」
低く吐き出す。
何が、とは言わない。
言えない。
だが。
胸の奥にあるそれは、確実に形を持ち始めていた。
まだ名前はない。
だが。
もう、無視できるものではなかった。




