価値の無いもの
午後の見回り。
集落の外れは、人通りもまばらで静かだった。
石畳の道の先に広がる林から、風がゆるく流れ込んでくる。
エリオは一人で歩いていた。
規則正しい足取り。
周囲への警戒は緩めないまま、ただ淡々と進む。
「エリオ様!」
背後から声がかかる。
振り向く。
そこにいたのは、先ほど声をかけてきた若い兵だった。
やはり、エリオでさえ目線が上を向く。
そして、それに見合う肩幅と、まだ粗削りな動き。
だが、その表情は驚くほど素直だった。
「……何だ」
「先ほどは、失礼しました!あ…おっ俺、カイルって言います」
勢いよく頭を下げる。
「顔を……まじまじ見てしまって」
言葉を選ぶように続ける。
エリオはわずかに目を細めた。
「別に構わん」
あっさりとした返答。
カイルは一瞬きょとんとする。
「え……?」
「もう…見られて困るものでもない」
淡々としている。
だが、それが逆に引っかかる。
「でも……それなら何故、今まで素顔を隠していたのですか?」
カイルは正直に言う。
「すごく……その……」
言葉を探す。
「気になるっていうか……治療中も凄く仮面を取られるのを、嫌がってたって――聞きました」
うまく言えない。
エリオは一度だけ、視線を外した。
「どう思われようが、関係ない」
短く言う。
「だが…みている物が同じでも、評価は変わる事を俺は知っている」
カイルはしばらく黙る。
「仮面は邪魔な評価対象を無くすものだ」
そして、ぽつりと漏らす。
「……すごいですね」
エリオの眉がわずかに動く。
「何がだ」
「俺なら、無理です」
まっすぐな目。
「どう見られてるか、気になりますし」
正直な言葉だった。
エリオは否定しない。
「そうか」
短く返す。
「気にしたことがない」
続ける。
「顔で評価されたことがないからな」
さらりと言う。
カイルが息を呑む。
「全部、結果でしか見られてこなかった」
その声に、感情の揺れはない。
「だから今さら変わらん」
ただの事実のように言う。
風が抜ける。
カイルは言葉を失っていた。
その時。
「……おい」
低い声が落ちる。
振り向くと、ガイが立っていた。
腕を組み、こちらを見ている。
視線は、エリオに向いていた。
「一人で動くなって言ったよな」
淡々とした口調。
だが、どこか刺さる。
「単独行動ではない」
エリオが返す。
「見回りだ」
「今は一人だっただろうが」
即座に返す。
カイルが慌てて口を開く。
「すみません、自分が——」
「お前じゃねえ」
ガイが遮る。
視線はエリオのまま。
「こいつの問題だ」
空気が少し張る。
エリオは特に気にした様子もなく言う。
「問題はない」
「ある」
即答だった。
カイルが息を呑む。
ガイの視線がわずかに鋭くなる。
「……気づいてねえのか」
低く問う。
「何がだ」
エリオは変わらない。
ガイは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
(……なんだこいつ)
さっきの会話が、頭に残っている。
“どう思われようが関係ない”
“顔で評価されたことがない”
(だから平気なのかよ)
理解できない。
いや——
理解したくない。
「……あのな」
ガイが一歩近づく。
距離が詰まる。
カイルが少し身構える。
「お前、今どんな状態か分かってるか」
低い声。
エリオはわずかに視線を向ける。
「任務中だ」
ズレている。
ガイの眉が寄る。
「そういう話じゃねえ」
さらに一歩。
「周りがどう見てるかって話だ」
「関係ない」
即答。
間を置かない。
その一言で、空気が止まる。
カイルが息を飲む。
ガイは、数秒黙った。
そして。
「……ほんとに興味ねえんだな」
呆れたように言う。
エリオは答えない。
ガイは小さく舌打ちした。
(……ムカつくな)
理由は分からないが、苛立つ。
「行くぞ」
短く言う。
半ば強引に背を向ける。
エリオは何も言わず、それに続く。
カイルも慌てて後を追った。
歩きながら、ガイは前を見たまま呟く。
「……放っといたら面倒なことになる」
小さく。
誰に向けたわけでもなく。
その言葉の意味を、理解しているのは——
まだ、ガイ自身だけだった。




