余裕の裏側
昼を少し過ぎた頃。
集落の喧騒から少し離れた石壁の影に、レオンは一人で立っていた。
陽は高く、空は無駄に晴れている。
任務の合間とは思えないほど、穏やかな時間だった。
「珍しいですね」
背後から声がかかる。
「何が」
振り返らずに返す。
「隊長が、そんなとこでぼーっとしてるの」
同僚の兵が、軽く笑いながら近づいてくる。
「サボりですか?」
「仕事中だ」
「どこがです」
「考えてんだよ」
「何を」
少しだけ間を置く。
「厄介なやつをな」
それだけで、誰のことか通じる。
「ああ……例の騎士団長」
同僚が苦笑する。
「エリオ・ベネガス」
名前を出すだけで、空気がわずかに引き締まる。
「……やばいですよね」
「どっちの意味でだ」
「両方です」
即答だった。
レオンが小さく笑う。
「まあ、そうだな」
同僚は腕を組む。
「正直、顔もそうですけど……それ抜きでも異常ですよ」
「ほう」
「この短期間で、あの数の討伐。しかも前線で全部捌いてる」
今回の任務。
森の制圧。
その中心にいたのは、間違いなくエリオだった。
「単独で突破口作ってましたよね」
「見てたのか」
「見ますよ、あれは」
苦い顔で続ける。
「正直、あの動き……近衛でもそうそういないです」
レオンは否定しない。
「王都でも名前は聞いてましたけど」
「仮面の騎士団長、だろ」
「はい」
同僚が頷く。
「素顔も知られてないのに、武功だけであそこまで上り詰めるって……普通じゃないです」
レオンは軽く肩をすくめた。
「普通じゃねえからな」
それだけ。
だが、その一言で十分だった。
「正直、顔見える前から一目置かれてましたよね」
「ああ」
「逆に今の方がやばいですけど」
苦笑する。
「意味分かんない存在になってます」
「だろうな」
レオンは小さく笑う。
そして、少しだけ視線を細めた。
「厄介なんだよ、ああいうやつは」
ぽつりと落とす。
「勝手に全部引き寄せる」
「……全部?」
同僚が聞き返す。
レオンは肩をすくめる。
「視線も、評価も——人の心もな」
同僚が一瞬言葉を失う。
「それって……危なくないですか」
少しの間。
レオンは目を細めたまま、短く答えた。
「危ねえよ」
低く、落ち着いた声。
「気づいた時には、離れられなくなる」
その言葉に、同僚が黙る。
レオンはすぐに、いつものように笑った。
「まあ、お前は近づきすぎんな」
軽く言う。
「距離、間違えんなよ」
「……隊長は?」
同僚が恐る恐る聞く。
「間違えないんですか」
一瞬だけ、沈黙。
そして。
「間違える前に、掴む」
迷いのない声。
同僚が顔を引きつらせる。
「……怖」
「だろ?」
すぐに軽く笑う。
空気を戻す。
風が抜ける。
レオンはふと空を見上げた。
眩しさに、少しだけ目を細める。
「……一回、見逃してるからな」
ぽつりと呟く。
「え?」
「昔の話だ」
それ以上は語らない。
だが、その一言だけで十分だった。
同僚はそれ以上踏み込まない。
「で?」
レオンが話を戻す。
「お前はどう思った」
「え、何がです」
「あいつ」
エリオのこと。
同僚は少し考え、そして答える。
「……正直、近づきすぎたら危ないタイプです」
「ほう」
「でも、目離せないです」
率直な言葉。
レオンは満足げに笑った。
「それでいい」
軽く言う。
「まあ、放っときはしねえよ」
一歩、前に出る。
「ちゃんと見てる」
それだけ残して、歩き出す。
「……どこ行くんですか」
「見回り」
「絶対違うでしょ」
「仕事だって言ってんだろ」
軽口を交わしながらも、足取りは迷わない。
向かう先は、一つ。
(……さて)
口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
(どこまで崩れるかね)
興味か。
それとも——
まだ分からない。
だが一つだけ、確かなことがある。
(見逃さねえ)
その視線は、静かに定まっていた。




