顕現
昼下がり。
医療所の中は、朝よりも静けさを取り戻していた。
だが、その空気は決して穏やかではない。
どこか落ち着かず、視線だけが一箇所に集まっている。
エリオは椅子に座り、静かに目を閉じていた。
肩の傷は処置を終え、包帯で固定されている。
呼吸は安定し、意識もはっきりしている。
そして——顔。
「……始める」
術者が短く告げる。
三度目の再生術。
淡い光が、ゆっくりとエリオの顔を包み込む。
今までとは違う。
光の密度が濃く、流れるように肌をなぞっていく。
残っていた歪みが、少しずつ整っていく。
焼けた痕が、薄くなっていく。
完全には消えない。
だが、ーーーむしろそれがいい。
「……」
誰も、声を出さない。
変化を、ただ見ている。
ガイは無言で立ち尽くしていた。
(……これで)
終わる。
そう分かっているのに、目を逸らせない。
光が、徐々に弱まる。
やがて——消えた。
静寂。
術者が、息を吐く。
「……完了だ」
その一言が、やけに重く響いた。
エリオが、ゆっくりと目を開ける。
その瞬間。
空気が、止まった。
誰も動かない。
誰も、言葉を発さない。
そこにあったのは——
完成された“顔”だった。
整った輪郭。
通った鼻筋。
無駄のない線で形作られた顎。
そして、わずかに残る火傷の痕。
それすらも、欠点にはならない。
むしろ、視線を引き寄せる“要素”として存在している。
「……は」
誰かが、息を漏らす。
それが誰だったのか、分からない。
(……なんだ、これ)
理解が追いつかず、ガイの思考が止まる。
今まで見ていた男と、同一人物だと認識できない。
だが、確かに同じだ。
声も、気配も、何もかも。
なのに——
(……目が離れねえ)
逸らそうとしても、逸らせない。
「……終わったのか」
エリオが静かに口を開く。
その声で、空気がわずかに戻る。
「……ああ」
術者が答える。
「問題はない」
「そうか」
それだけ。
自分の顔を確認しようともしない。
まるで興味がないかのように。
「……お前」
ガイが、思わず声をかける。
エリオが視線を向ける。
その瞬間。
正面から、視線がぶつかる。
────息が詰まる、逃げ場がない。
(……やめろ)
心臓が、妙にうるさい。
「何だ」
いつも通りの声音。
だが、何もかも違って見える。
「……いや」
言葉が続かない。
何を言えばいいのか、分からない。
「何でもねえ」
視線を逸らす。
それが精一杯の行動だった。
「……ふっ」
小さな笑い声。
振り向くと、レオンがいた。
壁にもたれながら、面白そうにこちらを見ている。
「これは……反則だろ」
素直な感想だった。
「隠してた理由、よく分かる」
視線はエリオに向けられたまま。
「そりゃ面倒なことになるわ」
楽しそうに笑う。
だが、その目は完全に捕まっていた。
エリオは、そんな視線にも特に反応しない。
「問題は解決したな」
淡々と言う。
「任務に戻る」
その言葉に、ガイが顔を上げる。
「は?」
「もう動く気か」
「支障はない」
即答だった。
「傷も問題ない」
「顔もな」
レオンが口を挟む。
エリオは軽く視線を向けるだけで、何も言わない。
「……」
ガイは無言で見つめる。
(……無理だろ)
状況的にも。
そして——
(……色々な意味で)
「……やめとけ」
低く言う。
エリオがわずかに首を傾ける。
「何故だ」
その仕草すら、無駄に目につく。
「……お前が動くと、目立つ」
それだけ言う。
エリオは一瞬だけ考え、そして——
「問題ない」
やはり、変わらない。
「いや問題あるだろ!」
思わず声が強くなる。
「自覚ねえのかよ……」
言いかけて、止まる。
(……いや、ねえんだろうな)
だから厄介だ。
レオンが笑う。
「完全に“そういうやつ”だな」
「黙れ」
ガイが睨む。
だが、否定できない。
再び、視線がエリオへ向く。
(……ダメだ)
分かっている。
(……これは、ダメなやつだ)
なのに。
(……目が、離れねえ)
視線を逸らす理由が、もう見つからない。
エリオは立ち上がる。
その動き一つで、周囲の視線が揺れる。
本人だけが、それに気づいていない。
「行くぞ」
当たり前のように言うエリオをみて、ガイは一瞬、言葉を失う。
「……ああ」
結局、従う。
並んで歩き出す。
距離は、変わらないはずなのに。
「……」
妙に近く感じる。
いや、違う。
(……意識してるのは、こっちか)
小さく息を吐く。
前を見る。
だが。
どうしようもなく、横が気になる。
「……クソが」
小さく吐き捨てる。
その声に、誰も気づかない。
ただ一人を除いて。
「大変だな」
レオンの声。
振り向かない。
「……何がだ」
「全部だよ」
楽しそうな声。
だが、その言葉の意味は——
分かってしまっていた。
光の中へと歩き出す。
もう、元には戻れない。
そんな確信だけが、静かに積み重なっていった。




