侵食
夕刻、集落の外れ。
二度目の調査。
崩れかけた建物の影に身を潜めながら、ガイはわずかに目を細めた。
「……動いてるな」
「複数だ。潜伏ではなく移動している」
エリオが即座に応じる。
「拠点を変えるつもりか」
「可能性は高い」
短い会話で十分だった。互いの意図は、言葉以上に伝わっている。
「追う」
「わかった」
同時に地を蹴る。
森へ入ると、外の喧騒は遠のき、代わりに標的の気配だけが際立った。
「——止まれ」
エリオの低い声に、ガイも即座に足を止める。
前方に三つ。さらに奥に二つ。
「五か」
「囲めるな」
「俺が前に出る」
「なら、後ろは任せる」
それだけで、連携は成立する。
踏み込む。
一人目をエリオが崩し、間を置かずガイが仕留める。
二人目はガイが受け、エリオが落とした。
呼吸が合っている。無駄がない。
だが——
三人目が踵を返した。
「……逃がすな」
エリオが即座に追う。
「待て——!」
ガイの制止は届かない。
そのまま森の奥へと消えていく。
(……チッ)
舌打ちし、ガイも後を追った。
木々が途切れ、開けた場所に出る。
そこに立っていたのは、エリオと——もう一人。
昼間、詰所にいた小隊長だった。
「……早えな」
口の端を上げて笑う。
崩れた立ち方。余裕のある気配。
「そっちも動いてたか」
「情報は共有されている」
エリオが淡々と答える。
「堅いなあ」
肩をすくめながら、一歩近づく。
自然に、距離を詰める。
「もうちょい力抜けよ、騎士団長殿」
軽口とともに手が上がる。
肩に触れようとした、その瞬間——
ガイが割り込んだ。
「触るな」
低く押さえた声。
空気が一瞬で張り詰める。
小隊長がわずかに目を細める。
「……またそれ?」
軽く首を傾ける仕草にも余裕がある。
「任務中だ」
「さっきも聞いたって」
「なら理解しろ」
「お前がな」
視線がぶつかる。
静かに、だが鋭く。
「……あー、なるほど」
小隊長がぽつりと呟く。
「何がだ」
ガイの声が低くなる。
「いや?」
口元に笑みを浮かべたまま、視線がゆっくりと動く。
ガイからエリオへ。そしてまた戻る。
「分かりやすいなって思って」
「何がだ」
「全部」
一瞬の沈黙。
「ガイ」
エリオが口を開く。
「過剰だ」
淡々とした一言。
「接触は問題ない。任務に支障もない」
胸の奥が、わずかに軋む。
(……問題、ない?)
小隊長がくっと笑う。
「言われてるぞ」
ガイは答えない。
代わりに、一歩前へ出る。
エリオの隣へ、無意識に。
遮る位置へ。
「……行くぞ」
短く言う。
「まだ終わっていない」
「分かってる」
声がわずかに低い。
その時、小隊長が軽く手を上げた。
「っと、名乗ってなかったな」
気軽な口調で言う。
「レオン・ヴァルガス」
「この辺りの面倒見てる」
名乗りは軽い。だが、妙に耳に残る。
「ま、知ってると思うけどな」
にやりと笑う。
視線はエリオに向いたまま。
「気ぃつけろよ」
「何にだ」
「この辺りは怖い狼が出るからな」
ガイが睨む。
レオンは肩をすくめる。
「ま、せいぜい頑張れよ」
背を向け、森の奥へと消えていく。
静寂。
「……」
ガイは何も言わない。
(……なんだ、今の)
頭に残る言葉。
“問題ない”
“過剰”
そして——
“引っかかる”
前方で気配が動く。
残りの敵だ。
ガイが踏み込む。
一撃で沈める。
強い。速い。
だが——
荒い。
「ガイ」
エリオの声。
「……問題ない」
被せるように返す。
(……違うだろ)
分かっている。
だが、止められない。
戦闘が終わり、静寂が戻る。
エリオが近づいてくる。
「負傷はないか」
手が伸び、腕に触れる。
確認のための、当然の動作。
(……)
一瞬、思考が止まる。
理由は明確なはずなのに——
(……なんでだ)
それだけで、落ち着く。
「問題ない」
声がわずかに低くなる。
「そうか」
エリオは短く答え。
ほんのわずか、遅れて手を離した。
「……」
ガイはその手を見つめる。
(……離すな)
一瞬、よぎる思考。
(……何考えてんだ)
すぐに振り払う。
「戻る」
エリオが言う。
「……ああ」
並んで歩き出す。
距離は、いつも通りのはずなのに。
「……」
気づけば、また近い。
(……クソが)
小さく舌打ちする。
(……もう遅えだろ)
誰にも聞こえない声が、風に溶けた。




