表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で潰れかけの宿を任された俺、 朝粥と売れ残り食材で街の食卓を変えていく 〜はずれスキル『食材帳』の料理人〜  作者: 青い海の人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/63

【第28話】 第二の売れ残り

雨上がりの翌朝、市場の匂いは少しだけ鈍かった。


 濡れた麻袋。

 乾ききらない木箱。

 葉物の潰れた青臭さ。

 空気は軽くなったはずなのに、食材の方が少し重い。


 恒一とミアは、黒麦と豆の値をざっと押さえたあと、表通りを少し外れた。


「今日は苦香根じゃないのよね」

 ミアが言う。


「苦香根は買う」

 恒一が答える。

「でも、それだけだと寄りすぎる」


「買い方を散らす、だっけ」


「そう」


「……やっぱり次も見つけたい?」


「見つけたいというより、見ておきたい」


「違いある?」


「かなりある」


 ミアは少しだけ目を細めたが、何も言わなかった。


 市場の奥、日当たりの悪い一角。

 そこには、表へ並べるには地味すぎるもの、扱いが面倒すぎるもの、安くしないと動かないものが集まりがちだった。


「……あれ」

 ミアが足を止める。


「豆葉か」

 恒一が言った。


 木箱の中に、くたびれた緑が山になっている。

 豆の若葉を摘んで束ねたものらしいが、葉先はしんなりしていて、茎も少し繊維立っている。

 見た目だけなら安い青菜でしかない。だが近づくと分かる。


 匂いが強い。


 青臭さの奥に、えぐいような渋みがある。

 火を入れたら苦くなりそうな、嫌な予感のする匂いだった。


「これも嫌われそうね」

 ミアが言う。


「かなり」

 恒一は一本つまみ、茎を折った。

 ぷつ、と湿った音がする。


 食材帳が熱を持つ。


 ――未記録食材を確認しました

 ――豆葉とうよう

 ――青味強/渋味強/加熱で粘り発生

 ――処理難易度:中〜高

 ――用途未確定


「用途未確定か」

 恒一が呟く。


「珍しい?」

 ミアが聞く。


「苦香根の時は、もっと先まで出た」


「今回は出ない」


「出ないな」


 イーリスが静かに現れた。


「情報不足です」


「食材なのに?」

 ミアが聞く。


「食材であることと、出口が見えていることは別です」

 イーリスが答える。


「……なるほど」

 ミアが言う。

「それ、すごく今っぽいわね」


「今必要な説明です」


 店番の男が、箱の向こうから声をかけてきた。


「それ、安いぞ」


「見れば分かる」

 恒一が返す。


「食うのか?」


「使えるなら」


「みんな最初はそう言う」

 男は肩をすくめた。

「湯通ししても渋い。炒めると粘る。汁にすると青臭い。安いだけが取り柄だ」


 ミアが、横で少しだけ身を乗り出した。


「ほんとにそんなにだめなの?」


「食ってみるか?」

 男が言う。


「生はやめとけ」

 恒一が止めた。

「たぶん嫌なやつだ」


 それでもミアは、葉先をほんの少しだけ齧ってみた。

 すぐに顔をしかめる。


「……うわ」


「だろうな」


「青いのに、後から変な渋さが来る」


「それで茎がぬめる感じあるだろ」


「ある。嫌」


「嫌ですね」

 イーリスが言う。

「現状では」


 恒一は、そこで少しだけ笑った。


「お前、嫌とか言うんだな」


「事実を述べています」


「最近ちょっと人間っぽい」


「気のせいです」


 男は箱を叩いた。


「安いぞ」


「どのくらい?」

 ミアが聞く。


 値を聞いて、彼女は少し眉を上げた。


「……たしかに安い」


「葉物の半値以下だ」


「それでもみんな買わない」


「そりゃな。処理に手間がかかる上に、うまくならないからだ」


 ここで、ミアが恒一を見る。


「どうする?」


 恒一は少し考えた。


 苦香根の時に似ている。

 嫌われ、売れ残り、安い。


 だが、同じ顔ではない。


 苦香根には最初から、奥に残る匂いがあった。

 嫌われていても、何かが潜んでいる気配があった。


 豆葉は違う。


 今のところ、

 嫌なものが、嫌なまま、素直に並んでいる感じがする。


「少量だけ」

 恒一が言った。


「試すぶん?」

 ミアが聞く。


「そう」


「勝てそう?」


「分からん」


「……」


「でも、分からないまま切るのも違う」


「そうね」


「少量です」

 イーリスも補足する。

「投入資源を抑えるべきです」


「急に商売人みたい」

 ミアが言う。


「必要だからです」


 少しだけ買う。


 箱の一角が減っただけだ。

 苦香根の時のような“当たりを引いた感覚”はない。

 でも、それでいいと恒一は思った。


 灰白亭は、全部を当て続ける店ではないはずだ。


 厨房へ戻る。


「どう攻める?」

 ミアが聞く。


「まず湯通し」

 恒一が言う。


「普通」


「普通から崩す」


「料理人っぽい」


「褒め言葉として受け取る」


 湯を沸かし、豆葉をくぐらせる。


 色は少しだけ鮮やかになる。

 だが、匂いはあまり変わらない。茎は相変わらずぬめり気を残していて、葉も薄く張りついたような手触りだ。


「うーん……」

 恒一が言う。


「よくない?」

 ミアが聞く。


「まだ何も起きてない」


「何も起きてないってひどいわね」


「事実です」

 イーリスが言う。


 今度は刻んで、鳥脂で炒める。


 じゅ、と音は立つ。

 だが、そのあとが続かない。

 苦香根の時のように、嫌な匂いの奥から何かが開く感じがない。

 むしろ熱が入るほど、渋みが前へ出る。


 恒一は眉を寄せた。


「だめだな」


「そんなに?」

 ミアが少し舐めて、

「……うん、だめね」

と素直に認めた。

「なんか、青菜の失敗を凝縮したみたい」


「言い方」


「でもそうでしょ」


「そうだな」


 イーリスの文字が浮かぶ。


 ――第一試作:不成立

 ――青味が粘りへ寄り、食感と香りが衝突しています


「不成立ってはっきり言うな」

 恒一が言う。


「現状、商品になりません」

 イーリスが答える。


「正しいけど」

 ミアがため息をつく。

「刺さるわね」


 それでも恒一は、もう一度だけ別の道を試した。


 今度は茎と葉を分ける。

 茎は長めに下茹でし、葉はあとから。

 塩ではなく、薄い出汁を使う。

 ぬめりを“嫌な粘り”ではなく“軽いとろみ”に寄せられないか試す。


 だが、二回目もだめだった。


 少しマシにはなる。

 けれど“使える”には届かない。


 葉は痩せ、茎は渋く、口に残る。


「……これは」

 恒一が言った。

「切る」


「早いわね」

 ミアが聞く。


「二回やって出口が見えないなら、一回切る」

「そういうもの?」

「そういう時もある」


 そこで、ミアは少しだけ黙ったあと、ぽつりと言った。


「ちょっと安心した」


「え?」

 恒一が顔を上げる。


「なんで」


「だって、苦香根が当たったから」

 ミアは鍋の縁を木匙で軽く叩いた。

「この先も、見つけたもの全部が“灰白亭の味”になるのかと思った」

「……」

「もしそうなら、逆に怖い」


 恒一は少しだけ息を吐いた。


 たしかにそうだ。


 全部が当たるなら、それは料理というより奇跡に近い。

 灰白亭がやっているのは、奇跡じゃない。

 見て、試して、切って、残すことだ。


「ならないな」

 恒一が言う。

「全部には出口がない」

「うん」

「でも、だから選べる」

「……そうね」


 イーリスも静かに文字を添える。


 ――有効な結論です

 ――“見つければ何でも化ける”わけではありません


「お前、そういう時は優しいな」

 恒一が言う。


「正確なだけです」

 イーリスが答えた。


「でも、ちょっと助かる」

 ミアが言う。

「それは記録対象外です」

「そこは受け取っときなさいよ」


 ちょうどその時、サーシャが食堂へ下りてきた。


「何か失敗した匂いがしますね」

 第一声がそれだった。


 ミアが吹き出す。


「さすが」


「旅人ですから」

 サーシャは平然と言う。


 恒一は事情を説明した。

 市場で豆葉を見つけたこと。

 安くて売れ残っていること。

 でも、今のところ出口が見えないこと。


 サーシャは試作の残骸のような小皿を見て、少しだけ眉を寄せる。


「食べても?」

「食べなくていい」

 恒一が言う。

「じゃあ食べます」

「なんで」

「確認です」


 ほんのひと口。

 そして、すぐに水を飲む。


「……」

「だろ」

 恒一が言う。


「ええ」

 サーシャは率直に頷いた。

「これは、今は使わない方がいい」

「そこまで」

 ミアが聞く。


「そこまでです」

 サーシャは答える。

「でも、少し安心しました」

「私も」

 ミアが言う。


 サーシャは小皿を置いた。


「全部を価値に変えられるなら、それは料理ではなく奇跡に近い」

「……」

「でも灰白亭は、奇跡を売る宿には見えません」

「そうだな」

 恒一が答える。

「それはやりたくない」


「ええ」

 サーシャは小さく頷いた。

「だから、今日の失敗はむしろ良い」

「良い?」

 ミアが聞く。


「“使わない”を選べる宿だと分かるので」


 その言葉は、かなり深く残った。


 切る。

 選ばない。

 やらないと決める。


 商売では、それも立派な技術だ。


「ねえ、恒一」

 ミアが言う。

「何だ」


「これ、帳面に書いとく」

「何を」


「“だめな時は切る”」


「……いいな」

 恒一が言う。


「あと、“見つけたもの全部に出口があるとは限らない”」

「かなりいい」


 ミアは帳面を開き、丁寧に書いた。


 第二の売れ残り、失敗。

 でも、切る。

 使えるものだけ選ぶ。


 その字を見て、恒一は少しだけ肩の力が抜けた。


 灰白亭は、奇跡の宿じゃない。

 ただ、価値がないと思われていたものに、ちゃんと出口があるかどうかを見極める宿だ。

 そして、出口がなければ“今はやらない”と決める宿でもある。


 それはたぶん、強さだった。


 食材帳の文字が、淡く揺れた。


 ――失敗を記録しました

 ――この失敗は、今後の選別精度を上げます


「便利な失敗だな」

 恒一が言う。


「失敗は有用です」

 イーリスが答える。

「成功だけで構造は安定しません」


「そこはすごく正しい」

 ミアが頷いた。

「……悔しいけど」


 厨房には、使えなかった豆葉の青い匂いがまだ少し残っていた。


 でも、それは苦いだけの失敗ではない。


 灰白亭が信じるべきは、奇跡じゃない。

 見る目と、切る勇気だ。


 それを確かめるには、悪くない一日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ