9
次の日の朝、最初に起きたのはシルヴァだった。
「お母様……?」
シルヴァは何か悪い予感を感じ取り、すぐさま母親の元へ行った。
(何かがおかしい。いつもより体の動きが遅い気がする)
母親の住む家に行く途中、なぜかフライデー将軍と出会う。
「フライデー様!? いらっしゃってたのですか?」
「おお、シルヴァ嬢。早朝からお邪魔させて頂いた。これから帰るところです」
「そうだったんですか」
「なんども来訪して申し訳ない。次で最後になりますので」
「最後?」
フライデー将軍は神妙な顔つきになる。
「最悪の場合、争い事になるかもしれません。わたしはそれを阻止すべく動いております」
「どうしてそんなことに?」
「……シルヴァ嬢にはお答えできませぬ」
「わかりました。それをお母様に話したのですね?」
「その通りでございます……おっと、そろそろ帰らねば。他の子供たちからは嫌われているようなので、出くわさないよう気をつけて帰ります」
「えぇ、気をつけてお帰りください」
シルヴァはフライデー将軍と別れた。
(なんだ。ただの気のせいなのかもしれない)
ほっとしたシルヴァは体の倦怠感を感じながらも、急がずゆっくりと母親の家へ向かった。
家に着くと、いつも通りに扉をノックして声をかける。
「お母様? 入ってもよろしいでしょうか?」
「……」
返事がない。
「お母様? 起きていられるのでしょう? 意地悪なさらないでください。先程、フライデー将軍と会いました」
「……」
シルヴァは急な寒気に襲われる。扉を開こうにも手が震えてしまう。ただの気のせいだ。そうに違いない。彼がそんなことするはずない。
「開け」
念のため魔法で鍵がかかってないか確認したあと、恐る恐る扉を開けた。
「おか────」
母親は倒れていた。大量の血を流して。
「!!! お母様!!」
すぐに駆け寄り、身体を起こす。
カランと音がしてその音に目を向けると血がべっとりと持ち手まで付着した刃物が落ちていた。
母親は辛うじて息はしているが、出血場所を見ると胸や腹部を何度も刺されており、極めて危険な状態だ。
「お母様!! しっかりしてください!!!」
「……シ…………ル……ヴァ…………?」
いつもの母親とは思えないほど弱々しく話すリリス。
「意識があるのですね!? 今すぐハクを呼びに──」
「待っ……て…………!!」
力強く腕を掴まれた。
リリスは血を吐きながらも呼吸を整えて、シルヴァに話す。
「わたしはもう長くありません。遺言を聞いてシルヴァ」
「そんな! わたくしたちは不老不死じゃないですか!」
リリスは落ちている凶器へ目を落とす。
「人間を侮りました。まさか、不死殺しの薬があるとは……」
「不死殺し!?──いや、そんなことより早く治療を……」
「あなたにしか頼めないの、シルヴァ!」
リリスは凶器を手に取り、自分の腹を裂いた。
「!!? 何を!?」
「この、子を……お願い」
リリスは裂いた腹から赤ん坊を出し、血塗れのままシルヴァへ渡した。
「名前はホァン……わたしの寵愛を受けれない代わりに、あなたがやるのよ。家族を……あなたが守るの……」
リリスの目が朧げになっていく。
「お母様ぁ!!!」
「大丈夫よ…………お兄ちゃんも、お姉ちゃんも……いるでしょう?……何も……心配なんて……な…………い………………」
それを言い終えるとリリスは動かなくなった。
「お母様?」
生命の鼓動が感じられない。リリスは事切れてしまった。
「……ふぁ、あ…………おんぎゃあ! おんぎゃあ! おんぎゃあ!」
生命が終わり、新たな生命が生まれた。このことにシルヴァはまだ理解が追いつかない。
バン!っと扉が開かれ、クルミとハクが入ってきた。
「お母さん! 失礼します──うっ!!?」
ハクは悲惨な光景に後退ってしまうが……
「何があった、シルヴァ!?」
クルミは臆せず、シルヴァへ駆け寄った。
「は、早く、お母様を治して!!」
「何してんだ、ハク!! やるんだ!」
「ご、ごめんなさい! 【超回復】!!」
ハクの魔法により、流された血はリリスの体へと戻り傷も塞がった。しかし──
「お母様!!! お母様!!!」
「そんな……ちゃんと治ったはずだ。なんで……」
何度呼びかけても返事はなく、体は冷たいままだった。
「お母様!!!!」
「シルヴァ……」
「お母様!!!!!」
「シルヴァ!! こっちを見るんだ!!!」
「いや!! お母様ぁ!!!」
「シルヴァ!!!」
クルミは無理矢理シルヴァの顔を押さえて目線を合わせた。
「その子を、僕に、渡すんだ」
シルヴァとハクは気づいていなかった。静寂に包まれていた魔女の部屋は赤子の泣き声で満たされていたのを。
シルヴァはクルミに赤ん坊を渡すとあやし始めた。
「よーしよし。泣かなくて大丈夫だよー。シルヴァ? この子の名前は?」
「……ほ、ホァン」
「ホァンか。いい名前だねー、ホァン。大丈夫だよー。お兄ちゃんもお姉ちゃんもいるからねー」
クルミはあやし続ける。
「ママはいないけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるから……大丈夫だから…………」
「ふえっ、えっ、え……」
涙を流しながらもホァンをあやし続ける。
「大丈夫だから……ひぐっ。僕たちが護るから……安心して寝てね?」
「あーう? うぅ…………スースー、スースー」
ホァンは安心して眠ってくれたようだった。
でも3人は大丈夫ではなかった。ずっと涙が止まらない。
「お母さん……」
ハクは自分の不甲斐なさを悔やんだ。
「お母様……」
シルヴァはなぜ未来視できなかったと悔やんだ。
「ママ……」
クルミは護る対象に母親を入れてなかったことを悔やんだ。
しばらく沈黙が続いたあと、クルミが口を開いた。
「ハク、みんなをここに呼ぶんだ」
「……わかりました」
「つらいと思うが……頼む」
「はい」
ハクは魔女の家を出て、ほかのみんなを呼びに行った。
「シルヴァ、キミの魔法でホァンを安全な場所へ」
「はい、クルミ兄様。【秘密基地】」
クルミは秘密基地のベッドにホァンを置いた。
「ちょっとだけ待っててね」
シルヴァは秘密基地の空間を閉じ、クルミと会話する。
「本当に何があったんだ?」
「わかりません。嫌な予感がしてお母様のところへ行ったら、こんなことに……」
「ママは……ママは最後に何か言ってなかった?」
「わたくしが家族を守れと……お母様の代わりに寵愛を頼まれました」
涙が出そうになるのをグッと堪える。
「そうか……」
クルミは落ちていた血塗れの刃物を拾おうとする。
「素手で触れてはいけません!!」
「どうして?」
「どうやら不死殺しの薬を塗られているようなのです」
「不死殺し……か──シルヴァ、話が変わるけど昨日の誕生日会のあとの記憶を覚えているかい?」
「えっ……それは…………」
昨日のことなのに記憶がない。
「思い出せない? 僕も思い出せないんだ。おかしいよね?」
「おかしいですね。どうしてでしょう?」
「ここに来る前ハクと喋ったんだけど、もしかしたら──」
『ママ!!!』
クルミが言いかけたところでサン、ワカバ、ソラの順に部屋に入ってきた。サンとワカバは倒れているリリスに近づく。
「ママ! ママ!! 嘘だよね? ママが死ぬなんて嘘だと言ってよクルミ!!!」
「オレたち不死身なんだろ!? どうしてなんだよ!! ママ、起きてくれよ。悪い冗談だったって言ってくれよ!」
2人してリリスの身体を揺らすが、一向に目を覚ます感じが見えず、わんわんと泣き出してしまった。
「……」
ソラは何も言わず、シルヴァへ駆け寄り──顔を殴った。
「この出来損ない」
「ソラ! なにするんだ!」
「ママが死んだのはシルヴァが未来視しなかったせいだ!」
「そんなことでシルヴァを殴っていい理由なんてないだろ! シルヴァに謝れ!!」
「兄貴面するなよ、クルミのくせに!!」
「ソラ!!」
「喧嘩はやめてください!」
この声はルージュだった。残った4人ルージュ、アッシュ、クロ、ハクが部屋に入ってきた。ハクの顔が腫れている。ソラに殴られたみたいだ。
「凶器はそれなのか?」
アッシュが冷静にクルミへ問いかける」
「そうだ。不死殺しの薬を塗られているらしい」
「!!? それ、は…………」
クロには見覚えがあった。自分で作成しプレゼントした小剣だった。
「クロ!! おまえがこんな物をプレゼントしなきゃ──」
「もう黙れよ、ソラ!!!」
サンがソラの腹を殴った。
「んぐっ!!?」
鍛えているサンのパンチはソラには防ぐことができない。倒れそうになるがなんとかふんばる。
「凶器は身近にあった物だった──か」
「一応聞くけど、この中にリリス……お母さんを殺せた人はいるの?」
「そんな方、いるはずありません!!」
「それに僕たちは昨日の誕生日会のあとの記憶がないんだ。ハクとシルヴァに確認した。みんなもそうなのか?」
他のみんなは頷いた。
「そうなると俺たち以外の人物しか居ないか……」
「アイツしか居ないよ」
ワカバが憎悪の顔で言う。
「最近頻繁に来てたあの男が刺したんだ!! 今朝、船が帰っていくのを見たもん!」
「そうだよ! ボクもそう思う!」
「復讐だ。復讐しよう! 人間どもの世界に乗り込もう!」
「ちょっと待ってよ! 本当にその人が殺したかわかんないんだよ?」
「黙れ! 決めるのはボクたち四ツ子だ! 他の意見なんて──」
「決めるのはシルヴァだ」
「なんだと?」
「ママの遺言だ。これからはシルヴァが家族の代表だ」
シルヴァとクルミ以外、全員驚く。
「ママが決めたなら……ママに従う」
「クルミ、遺言通りで文句はないのか?」
「アッシュ、ママがそう言ったんだ。僕は従うよ」
「オレも従う。ソラ、おまえもそうだよな!?」
「……わかった。ママの遺言に従う」
「おにいおねえがそう言うなら従う」
「自分も従います」
「私も従います」
一斉にシルヴァを見つめた。
「どうするんだ、シルヴァ?」
アッシュがシルヴァに問う。
「──未来視しました」
「!! 何が見えた?」
「船が5隻……武装船がやってきます」
「やっぱり! あいつが殺したんだ!」
「ソラ黙って。それでシルヴァちゃん?」
「フライデー将軍と、見たことのない人が話してました『あの島は我々の物だ』と──わたくし決めました。この島を防衛します」
「防衛?」
「あくまでもわたくしたちはこの島を護ることを優先すべきです。この島から出ないことがお母様の意思です」
「お母さんの意思……」
クロは少し残念そうにする。
「人間は殺すべきだよ、シルヴァ。ハクもそう思うだろ?」
「確かにそうですが……今回は兄さんに賛同できかねます」
「は? 怖気づいたか?」
「ソラは黙れって! オレも賛成だぜ。この島を荒らされるのだけは我慢できねーからな」
「ワカバも賛成。ソラとの合成魔法なら船1つも近づけさせないよ!」
「シルヴァ、その船が来るまでどれくらいだ?」
「約2週間ほどです」
「時間がねーな。早く取り掛かろうぜ!」
ソラとワカバとサンは外へ飛び出した。
「私は争いに巻き込まれたくないな……無理なんだろうけど」
「あ、あたしは戦えないからね」
「ルージュとクロとハクはこっちを頼む。いいよな、シルヴァ?」
「そうですね」
シルヴァは再び秘密基地を唱えた。
「この子がホァン」
ホァンはベッドでスヤスヤ寝ている
「お母さんが最後に産んだ、最後の魔法使い……」
「クルミ兄さん、自分は──」
「シルヴァ、ちょっとハクとクルミで作戦を立ててくる。いいか?」
「わかりましたアッシュ。わたくしたちでホァンの面倒をみています。何かあれば伝言を」
「あぁ、わかってる。リリスの体は俺たちに任せておけ」
「頼みました」
シルヴァはリリスを見つめる。
「少しの間だけ、おさらばします」
シルヴァとルージュとクロは秘密基地の中へ入って行った。
「……さて、教えてくれハク」
「アッシュさん……」
「どういうことだアッシュ?」
「本当に誰かに刺された傷だったのか?」
ハクは言っていいものか迷う。
「……自分は正直なところ自殺ではないかと」
「なに!?」
「確信はありません! だって、ホァンを取り出すために腹を自身で裂いたのですから……」
アッシュは小剣を布を使って拾った。
「クルミ、俺は付着してる不死殺しの成分を調べる。防衛のことは頼んだ」
「わかったアッシュ。調べてくれ」
「クルミ兄さん、自分は……」
「──対人だとハクの魔法が役立つかもな」
「!」
「いざとなったら頼むぞ、ハク」
「はい! がんばります!」
リリスの死を受け入れ、次来る災いに少年少女は奮闘する。




