川辺の邂逅
その日の夕方、カイは再び「輝く川のせせらぎ」のほとりに立ち、即席の銛を構えていた。
背後の茂みから、ガサガサ……ズルッ……と、ひどく間の抜けた音が響いた。
「……だから言ったのです、アルヴィ様。完全に道を間違えています」
「えー……でも、こっちの道の方が、見たことのない薬草が生えてそうな匂いがしたんだよ」
「だから言っただろ! ナポカ草の群生地なら反対側だって!」
カイは咄嗟に身構え、ナイフを逆手に握り直した。だが、カイの目が釘付けになったのは、小柄な女性の「耳」だった。
白く長い髪の間から覗く、長く尖った耳。
カイの思考が、一瞬だけ止まった。
エルド・ラインに、エルフはいない。少なくとも、カイが生きてきた二十年の間、見たことがない。伝承にも出てこない。戦術書の片隅にあった「未確認生物」の項目を、カイは今まで真剣に読んだことがなかった。
(本物か……? いや、羽がない。尾もない。ただの人間の形をした……でも、あの耳は)
世界が、また一つ、自分の知っている輪郭から外れていく。
「……エルフ。こんな場所に、エルフがいるのか……?」
「あなた、誰ですか。初対面でいきなり種族呼びなんて、失礼です」
「あ、いや……悪気はなかった。すまない」
白い髪の女性がパチパチと瞬きをしながら歩み出てきた。
「まあまあ、ルテ。……私はエルフだよ」
彼女は「私はエルフだよ」と事も無げに言うが、カイの頭の中の常識は崩壊しつつあった。
「……ナイラ王女って知ってるか? 瑠の国の、ナイラ・パーナだ」
白い髪のエルフは静かに首を横に振った。
「知らない。私はこの世界をもう千年以上旅してるけど、そんな名前の国も、王女様も聞いたことがないな。……あなた、どこから来たの? あなたの纏っている"魔力"、この世界の誰とも違う」
(これ以上踏み込まれてはまずい)
「……知らないなら、いいんだ」
カイはふっと視線を落とし、ぶっきらぼうに言った。
カイは木の葉に包んだばかりの新鮮な魚を、赤髪の少年の手に無理やり握らせた。
「変なことを聞いて悪かった。……これ、今日の俺の収穫だ。道に迷って腹が減ってるんだろ。持って行ってくれ」
「え? あ、おい、いいのかよ……? ありがとう――」
「礼はいらない」
(礼を言われると、貸しを作った気になる)
「じゃあな」
カイはそれだけ言うと、踵を返して翠縁農場の方へと歩き出した。
(エルフ、魔法、勇者メルド……やっぱりここは、俺の知るどの世界でもない。だけど……)
平和な世界の、澄んだ川の、冷たい水の匂いがした。




