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夕食後の話

エルト王の私室は、思ったより質素だった。

暖炉と、椅子が二つ。地図が一枚、壁に貼ってある。この世界の地図だった。シオンは座りながら、その地図を一度だけ見た。手書きの歪みを含んだ、不完全な地図だ。衛星軌道スキャンのデータとは似ても似つかない。それでも、誰かがこの世界を記録しようとした痕跡が、一筆一筆に滲んでいた。

「単刀直入に聞かせてください」

エルト王が言った。杯を持っていたが、飲んでいなかった。

「星の航行技術を、この国で活かすことはできますか。農業でも、建設でも、医療でも。あなた方の知識が、民の暮らしを変えるなら、それを学びたい」

シオンは少し間を置いた。暖炉の音がした。

「難しい話です」

「難しい、というのは」

「技術は文脈の中にある。切り取って渡せるものじゃない。下手をすれば、土そのものを腐らせる」

エルト王は黙って聞いていた。反論しなかった。その素直さが、シオンには少し意外だった。同時に、あまりに空っぽで何物にも染まりうる危うさとも、紙一重だと思った。

「ただ」とシオンは続けた。「何が役に立つかは、もう少し見てから判断できる。今夜の答えは、そこまでです」

「それで十分です」

エルト王が言った。今度は杯を口に運んだ。

「急かすつもりはない。ただ、知りたかった。あなたが頭ごなしに断る人かどうかを」

シオンは答えなかった。

断らなかった、という事実だけがそこにあった。

暖炉の薪がパチリと爆ぜた。シオンはこの世界のハーブの茶を一口飲んだ。冷めかけていた。

エルト王は杯を膝の上に置いて、地図の方を見ていた。自国の地図を眺める時の目だった。広げたいのか、守りたいのか、自分でも決めかねている目だった。

シオンはそれを横目で見ながら、この王が本当に欲しいものについて、静かに考え続けていた。

第六場面 地揺れ

夜明け前、地面が動いた。

音はなかった。揺れというより、大地が一度だけ深く息を吸ったような感触だった。城の外壁に積まれた石が、一つだけ落ちた。誰も気づかなかった。

ヴェルダ国の外縁、東の検問所では、警備のゴーレムが動き出した。

動く理由がなかった。侵入者もなく、警報もなく、命令もなかった。それでもゴーレムは三歩だけ歩いて、止まった。担当の兵士が近づいた。ゴーレムはもう動かなかった。兵士は首を傾げて、記録簿に「誤作動・原因不明」と書いた。

城の北棟、三階の奥に、扉が一枚あった。

扉の隙間から、光が漏れていた。橙でも白でもない。色と呼ぶには薄すぎる、ただの明るさだった。中から声はしなかった。気配だけがあった。廊下を通りかかった侍女は、足を止めなかった。いつものことだったから。

広間では、一行が朝食の席についていた。

アルヴィは食事に手をつけていなかった。椅子に座ったまま、窓の外を見ていた。

庭に風が来た。木の葉が揺れた。

アルヴィの耳が、わずかに後ろへ傾いた。風の中に何かが混じっていた。音と呼べるものではなかった。ただ、知っている何かに似ていた。それだけだった。

シオンはハーブの茶を一口飲んで、カップを置いた。

「エリオ」

「はい」

「昨夜の解析結果は」

「まだ上がっていません。今朝中には」

「分かった」

シオンは窓の外を見た。今朝の空は、いつもより少し白みがかっていた。雲のせいかもしれなかった。それ以上は考えなかった。


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