おとぎ話の続き
窓から光が入っていた。
リラは机に向かっていた。紙があった。ペンがあった。何を書くか決めていなかった。それでも書き始めた。
ペンが動いた。言葉が出てきた。どこから来たのか分からなかった。自分の中から来たのか、歩いてきた場所から来たのか、区別がつかなかった。それでよかった。
カイが部屋の隅にいた。気配だけがあった。リラに声をかけなかった。何を書いているか覗かなかった。ただそこにいた。
カリ、カリと、ペンが紙を引っ掻く音だけが部屋に響いた。
しばらくして、カイが言った。
「アルヴィは」
「朝に、ルテさんたちと出発したと聞きました」
「そうか」
それだけだった。
リラはペンを止めなかった。
カイはしばらく黙っていた。それから窓の外を見た。空が晴れていた。昨日までの黒い雲はなかった。光が真っ直ぐに降りていた。
「リラ」
「はい」
「あの遺跡で、お前は何を見ていた」
リラはペンを少しだけ止めた。それから、また動かした。
「全部、見ていました」
「全部」
「カイさんが目を逸らした時も、アルヴィさんがブラートを見た時も、部屋から出てきた後のアルヴィさんの顔も」
カイは何も言わなかった。
「おとぎ話には、全部書いてある気がしていました。勇者が最後にどこへ行くか、魔法使いが何を失うか、英雄が何を抱えて生きていくか。でも」
リラはペンを置いた。
「全然違いました」
「何が」
「書いてある通りじゃなかった。もっと、静かでした。もっと、小さかった。でもそれが」
リラは窓の外を見た。光が真っ直ぐに降りていた。
「本当のことだと思いました」
カイは答えなかった。
しばらく、部屋に沈黙があった。ペンを持っていないリラの手が、机の上に置かれていた。カイはそれを見なかった。見なかったが、そこにあることは分かっていた。
カイが窓から離れた。
「行く」
「どこへ」
「エルド・ラインに戻る用がある」
リラは振り返らなかった。
振り返ったら、何かが終わる気がした。何が終わるかは分からなかった。ただ、終わる、ということだけが分かった。だから前を向いたまま、窓の外の光を見ていた。
「そうですか」
自分の声が、思ったより静かだった。
カイは扉に向かった。扉を開けた。
「リラ」
「はい」
「続きを書け」
扉が閉まった。
リラはしばらく、閉まった扉を見ていた。閉まった扉は、何も言わなかった。ただそこにあった。
それから、ペンを取った。
窓から光が入っていた。農場の虫の声は、もうここでは聞こえない。でも指先は覚えていた。あの夜、ランプを消した後に聞こえた、いつもの夜の音を。その音が、今はペンの先から出てくる気がした。
紙の上に、新しい言葉が一つ、落ちた。おとぎ話の、続きだった。




