異変の朝
異変は、朝の第二当直の切り替え直後に起きた。
航法コンピューターが四秒間、座標の更新を止めた。同時に、全艦共通の通信回線が十一秒間、搬送波だけを流し続けた。内容のない信号だった。どこにも届かず、どこからも来ていない。
「提督」
エリオが端末から顔を上げた。声の温度は平静を保っていたが、手が端末のログを二度確認していた。
「航法と通信、同時です。原因はまだ特定できていません」
「分かった。騒ぐな」
シオンはカップを置いた。この世界に来てから飲み続けているハーブの茶が、今朝は少し苦かった。エリオが淹れる時はいつも同じ濃さで出てくる。つまり苦いのは茶ではなく、シオンの側の問題だった。
「ログを見せてくれ」
「こちらです」
エリオが端末を差し出した。シオンは数行だけ眺めて、返した。数字の羅列は正確だった。正確だから、余計に引っかかった。機材の劣化なら、もっと不規則なパターンになる。外部からの干渉なら、何らかの方向性が出る。四秒と十一秒という数字には、どちらの特徴もなかった。ただ止まって、また動き始めた。それだけだった。
「第三技術士が解析中です。今のところ干渉源は——」
「特定できていない、だろう」
「はい」
シオンは立ち上がり、ブリッジの端まで歩いた。窓の外に、この世界の空がある。地球のそれより少し青みが薄い。光の屈折率が違うせいだと、最初の週に気づいた。気づいて、それ以上考えるのをやめた。
「技術統合の副作用か」
呟いた。声量は独り言と変わらなかった。
窓枠に指先を置いた。冷たかった。艦の外壁は、この世界の大気に晒されて、夜のあいだに冷える。
連邦の電子系とこの世界の魔力回路を統合してから三ヶ月が経つ。接続部分には、まだ理論で説明できていない挙動がいくつかある。それが出ただけかもしれない。可能性としては、最も穏当だった。
ただ、航法と通信が「同時に」止まる理由がない。副作用は系統ごとに出る。
「提督、何か」
フレアが聞いた。
シオンは答えなかった。
窓の外を見ていた。この世界に来てから、空を見る回数が増えた。宇宙では窓の外は漆黒だ。どこを見ても同じ暗さで、視線を向ける意味がない。だがここでは空の色が変わる。変わるから、見る。
「エリオ」
「はい」
「今日の解析結果が出たら、私に直接持ってきてくれ。会議を通さずに」
エリオが一拍置いた。
「分かりました」
余分な確認をしなかった。シオンはそれだけで十分だった。
窓の外を見続けた。白みがかった空は、時間が経つにつれて少しずつ青を取り戻していた。いつもの朝の色に戻っていく。
テーブルの上で、ハーブの茶が冷めていた。




