おとぎ話の先
鎚の音がしていた。
戦いが終わった翌日から、要塞都市の建設は始まっていた。星の連邦のクルーたちが重機を動かし、村の人々が石材を運ぶ。宇宙の土木技術とこの世界の職人の知恵が、噛み合っていた。
カイは外壁の端に立って、その光景を見下ろしていた。
「なんか、普通の工事現場みたいだな」
隣でライラが笑った。
「普通じゃないわよ。宇宙戦艦が並んでるんだから」
「それもそうか」
二人は黙って、広場を眺めた。
「カイ、ライラさん!」
声が来た。リラが小走りで近づいてくる。カバンを胸に抱え、隣に軍服の少年を連れていた。
「こちら、シオン提督の補佐官のエリオさんです。エリオさん、カイとライラさんよ」
「初めまして、エリオ・ミンツ少佐です。僕たちの技術が、街づくりの役に立っているなら嬉しいです」
カイは軽く頷いた。ライラが「よろしく」と微笑む。
「シオン提督は今どちらに?」とリラが尋ねた。
「仮設司令部だと思います。たぶん不味い紅茶を飲みながら、早く退役して年金が欲しいと考えているはずですよ。……帰り方が分かった方がいたら教えてほしいとも、おっしゃっていましたけど」
カイとライラが顔を見合わせて笑った。
「なんて謙虚な提督様……!」
カイはリラを一瞬だけ横目で見て、視線を広場へ戻した。鎚の音が、また響いていた。
「……しばらくは、ここにいる」
リラはカバンの紐を握り直し、前を向いた。
その夜遅く、カイは一人で外壁に立っていた。
ティアはもう眠っている。ライラの部屋の灯りも消えた。
広場の鎚の音も、今は静かだ。
星を見ていた。
風が変わった。
ほんの一瞬だった。匂いでも音でもない。ただ、空気の層がどこか遠くで——ずれた。
カイはその方角を見た。北の空。星の並びのちょうど向こう。
何もない。何も見えない。
カイの指先が、ナイフの柄をそっと探していた。
(……まだ、終わっていない)
誰にも言わなかった。
今夜は、ここにいる。
北の星が、一つだけ、いつもより近かった。
城内の執務室では、セラがまだ灯りをつけていた。
机の上には、羊皮紙が重なっていた。この地の境界線の記録、近隣の集落との取り決め、新しく動き始めた交易路の草稿。戦いが終わってから、積み上げるべきものの量が、はっきりと見えてきた。
ペンを置いた。窓の外、北の空の星を一瞬だけ見た。
(まだ動いている。どこかで)
アルヴィが去り際に言ったことが、まだ頭の中にあった。「世界の歪みは、まだ完全には閉じていない」。それが何を意味するのか、セラには今夜の答えがなかった。ただ、記録し続けることが、今自分にできる唯一のことだった。
ペンを取り直した。
おとぎ話の先は、まだ誰も書いていなかった。




