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どこへ行きたいの

ヴェルダ国から要塞都市へ戻って、幾日かが過ぎていた。シオンは外交の後始末でまだ城に残り、リラとカイは先に、建ちかけの街へ帰っていた。

要塞都市の外壁が、夕焼けに赤く染まっていた。

リラは昨夜泣いた。今日は歩いた。それだけだった。

アルヴィが焚き火の前に戻ってきた夜、リラは部屋にいた。条件は、聞こえていた。テントの布一枚を隔てたところで、ルテが小声で「カイとリラのことだよ、たぶん」と言った。アルヴィが「うん」と答えた。

エルド・ラインの意志を持つ者は帰還する。この世界の物語の守り手はここに残る。その組み合わせが揃った時に初めて、歪みは閉じる。

リラはカバンを膝に抱えたまま、しばらく動けなかった。

(分かってた)

分かっていた。前から、薄々。でも分かっていたことと、言葉になることは、違う。

カバンの中に、本はもう残っていない。最後の一冊を使い切ったのはヴォルケンとの戦いだった。白いページが空中に舞い、アルヴィの光に照らされて、一枚一枚が言葉を失っていった。

おとぎ話は、いつも正しかった。

物語の守り手は、ここに残る。

カイは、帰る。

リラは声を出さなかった。出せなかった。仮設の宿の薄い壁の向こうで、要塞都市を造る槌の音がまだ鳴っていた。

誰かに気づかれないように、リラは泣いた。

泣きながら、可笑しいと思った。おとぎ話では、守り手は必ず報われる。でも報われ方は、一つではない。

カバンは空だった。でも自分の中に、まだ何かがある。本が全部燃えても、読んできた言葉たちはどこかに残っている。それだけは、分かった。

泣き終わって、リラは顔を拭いた。

目を赤くしたまま、星を見た。

遠かった。でも今夜だけは、その遠さが怖くなかった。

リラはカイを見つけた時、自分の心臓が一拍だけ強く跳ねた。彼は壁の端に腰を下ろし、遠くの地平線を眺めていた。膝の上に無造作に置いた手が、夕日の中でひどく静かに見えた。いつもの、あのぶっきらぼうな背中。

リラはそこへ向かって、迷わずに歩いた。

「カイ」

隣に座ると、カイは振り向かなかった。ただ「ああ」と短く応じただけだ。リラは前置きをしなかった。

「これが終わったら、あなたはどこへ行くの」

沈黙が落ちた。夕風が二人の間を通り抜け、リラの赤茶の髪を揺らした。カイは少しの間、答えなかった。それから視線を地平線に戻したまま、静かに口を開いた。

「……エルド・ラインに帰らなきゃならない。ナイラ女王もいるし、ヴェルナたちも待ってる」

「そうね」と、リラは一拍の間を置いた。「それは、あなたが行かなければならない場所でしょう」

カイが僅かに眉を動かした。

「私が聞いたのは……あなたが行きたい場所よ、カイ」

カイは答えなかった。

それでよかった。彼の沈黙は、嘘よりずっと正直だった。

リラはゆっくりと立ち上がった。カバンの紐を握り直して、西の空を仰いだ。

「私はあなたの地図でしょう?」

「……」

「だったら教えて。あなたが迷っている場所を」

風が止んだ。

「地図はね、カイ。目的地を教えるためにあるんじゃないの」

リラは振り返らなかった。声だけが、夕暮れの空気に溶けていった。

「迷子にならないために、あるんでしょう。あなたが今どこにいるか、ちゃんと分かるように」

カイはまだ何も言わなかった。

リラはゆっくりと一歩踏み出した。それから一度だけ振り返った。静かな、小さな笑みだった。

「……答えなくていいわ。戦いが終わったら、また聞く」

リラの背中が、夕焼けの中に小さくなっていく。カイはずっと、その背中を見ていた。

何か言おうとした。言葉を探した。見つからなかった。

行きたい場所。問いは、思っていたより深いところへ届いた。そこに何かがあった。あったから、声にならなかった。

ナイフの柄をそっと握り直す。指先が、ほんの少しだけ冷えていた。


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