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盤面の槍

シオンの声が、全艦に響いた。

「アルベリア、降下します。全員、衝撃に備えてください」

フレアが一瞬だけ振り返った。シオンは前を向いたまま、ベレー帽の縁を一度だけ触った。それだけだった。

アルベリアの艦首が、ヴォルケンへと向いた。

落下ではなかった。降下でもなかった。正確に言えば、衝突だった。歴史学者が戦略として選ぶにはあまりにも乱暴な手だったが、シオンには分かっていた。壁を崩すには、壁より重いものをぶつけるしかない。理屈はそれだけだった。

轟音が、世界を揺るがした。

ヴォルケンの思念壁が、内側から悲鳴を上げるように割れていく。亀裂が走り、光が漏れ出し、長年積み重ねてきた要塞の防御層が、物理の暴力の前に剥がれていく。

壁は、崩れた。

しかし中枢は、まだそこにあった。壁の奥、要塞の心臓部。思念壁が消えた今も、そこだけは別の層に守られている。崩した。でも終わっていない。

シオンはそれを知った上で、降下を選んでいた。


城壁の上で、リラはヴォルケンを見ていた。

壁が崩れた瞬間の光が、まだ目の裏に残っている。カイが叫んでいた。ライラが動いていた。アルヴィが何かを見定めていた。

リラには、見えていた。

壁が崩れた今も、中枢への道が塞がれている。光が届かない。誰かが、照準を作らなければならない。

カバンの中に、残り三冊あった。

アルヴィはセラナの甲板に上がっていた。リラの隣に、いつの間にかいた。

リラはセラナの甲板の縁に立った。

誰にも言わなかった。カイにも言わなかった。言えば止められる。止められれば、この瞬間は来ない。

本は、読まれるためだけにあるのではない。

セラナの甲板から、足が離れた。

落下しながら、リラはカバンから本を取り出した。一冊目。ページが開く。風が来た。散りそうになった。散らなかった。リラの精神波が、一枚一枚を固定していた。

二冊目。ページが空中に広がる。

三冊目。

風の中に、無数のページが浮いていた。白く、静かに、揺れていた。まるで光を待っている鏡のように、それぞれが少しずつ角度を変えながら、リラの精神波に従って整列していく。落下しながら、リラはその角度を一枚ずつ微調整していた。照準を作っていた。

鏡の森だった。空中に開いた、紙の鏡の森。


アルヴィはその光景を見て、一瞬だけ止まった。

「アルヴィ様」

ルテが言いかけた。

アルヴィは止まったまま、ページの配置を見ていた。一枚、また一枚と、風の中で角度が決まっていく。誰かが設計している。設計しながら落ちている。

目が、変わった。

「なるほど」

それだけ言って、アルヴィは術を放った。

光が走った。最初のページに触れた瞬間、反射した。次のページへ、また次へ、増幅しながら収束しながら、リラが作った照準の通りに折れ曲がり、束になっていく。アルヴィは力だけを出していた。方向はリラが決めていた。

二人は一言も話していなかった。

でも光は、迷わなかった。

ヴォルケンの中枢を、白い光の束が貫いた。


光が、消えた。

ページが一斉に舞い落ちた。白い紙吹雪のように、夜の空に広がって、ゆっくりと落ちていく。

リラはその中を落ちていた。

目を開けていた。怖くはなかった。ページが周りを舞っていた。文字が読めた。いくつかは、もう読めなかった。光に変わった時に、言葉が消えていた。

構わなかった。

腕が来た。

衝撃はなかった。ただ、止まった。カイの腕が、リラを受け止めていた。

台詞はなかった。

カイはリラを抱えたまま、しばらく動かなかった。リラも動かなかった。白いページが、二人の周りを舞い続けていた。


ルテがアルヴィの隣に立った。

中枢から煙が上がっていた。ヴォルケンの駆動音が、止まりかけていた。

「終わりましたね」

アルヴィは答えなかった。落ちていくページをひとつ見ていた。風に乗って、遠くへ流れていく一枚。

「うん」

それだけ言って、アルヴィは目を閉じた。

ヴォルケンは煙を吹きながら東の山脈の彼方へと不時着した。ガルドスを仕留めるには至らなかったが、敵軍は完全に撤退した。



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