守るための覚醒
その時、カイは一瞬だけ目を止めた。遠くの空に、見覚えのある旗があった。ガルドスの紋章ではなかった。ジェイルの旗が、向きを変えていた。
シオンの作戦書を抱いたまま、セラナは再び戦火の空へと飛び出していた。艦内には、シオンの代理として同乗したエリオの姿もあった。
「……君が、シオン提督の身の回りをお世話してきたのね」
展望デッキの揺れに耐えながら、リラはエリオを見つめた。エリオは艦内の状況を確認しながら、振り返った。
「エリオは、怖くないの? 自分の故郷を遠く離れて、こんな恐ろしい戦場にいて……」
「怖いですよ、もちろん」
エリオはまっすぐにリラを見返した。
「でも、僕はどんな世界になろうと、シオン提督のお命だけは守りたいんだ。あの人は、戦いが終われば、歴史学者として静かに本を読んで暮らすべき人だから。そのためなら、僕はどんな現実だって受け入れる」
リラは返す言葉を探した。見つからなかった。
(私は……戦場の生々しさに怯えて、膝を抱えていただけだったわ。でも、エリオは、カイは——)
その先は、言葉にならなかった。胸の奥で、何かが動いた。
その時、セラナの警報がけたたましく鳴り響いた。
「——敵襲ッ! 上空から急速接近するバトラー機、複数! 駆るのは……ジェイルだ!」
ニエルの叫び。ガルドスから離脱したジェイル率いる高機動バトラー機の部隊が、戦乱のドサクサに紛れてセラナを完全に包囲したのだ。ガルドスの旗は捨てた。動く理由は、別にあった。カイのヴァルトとライラのダーンが即座に応戦するが、ジェイルの狡猾な連携の前に、徐々に劣勢へと追い込まれていく。
「くそっ、このままじゃ城に着く前に落とされるぞ!」
激しい衝撃がセラナを襲い、艦内が火花を散らす。
リラは格納庫へと視線を走らせた。そこには、かつてエルド・ラインで使われていた、今は誰も乗っていない旧式バトラー機「ダーナ」が眠っていた。
「ニエルさん! 格納庫にダーナが残っていますよね!」
「ダーナ!? ああ、あるが……パイロットがいない!」
「私が動かします!」
「バカ言うな! あんたは聖戦士じゃない、乗れるわけがないだろ! しかもあれは旧式だぞ、ジェイルの最新鋭機に敵うわけが——」
「あれを、最高の"囮"に使います。……任せてください!」
リラはカバンを床に投げ出すと、甲板へと駆け出した。
爆風と硝煙の中、リラは両腕を天へ向けて振り上げた。
(おいで、私の想像の騎士! 誰かを守るための、物語の主役たち——!!!)
ドォォォォン!!
リラの身体から、白銀の思念力が爆発的に放出された。格納庫へと流れ込んだその精神波が、誰も乗っていない「ダーナ」のコンバーターを強制駆動させた。
ガガガガガッ!
ダーナの眼光が白銀の輝きを放って点灯する。そして、無人でありながらハッチを蹴り破り、大空へと飛び出した。
「何だと……!? パイロットも乗せずに、ダーナが動いているだと!?」
最新鋭機のコックピットで、ジェイルは目を見開いた。無人のダーナは、物理法則を無視した不規則な動きで、ジェイルの全神経を釘付けにした。
「しまっ——陽動か!?」
気づいた時には、すでに遅かった。ダーナが作った一瞬の隙。その死角から、カイのヴァルトが電光石火の速度で肉薄していた。
「——そこだッ!」
光の刃の一閃が、ジェイルの機体の主翼を切り裂く。
「ええい、カイめ! 命拾いしたな!」
ジェイルは煙を吹きながら戦場の彼方へと急降下し、敗走していった。
戦場が静まり返る。ダーナは光の粒子となって崩れ落ち、リラは甲板に膝をついた。
(今度は、本じゃなかった)
震える両手を見つめる。指先一本、動かすのが重かった。体の芯から何かが削れている感覚がした。本を介していないぶん、消耗が直接くる。それは分かった。
駆け寄ってきたエリオが、呆然と彼女を見ていた。
「リラ……君は、一体……」
リラは乱れた赤茶の髪をかき上げ、エリオに向かって笑顔を向けた。
「ありがとう、エリオ」
甲板に出ると、リラが膝をついたまま、自分の手のひらを見ていた。
カイは黙って隣にしゃがんだ。
「……大丈夫よ」
「見ればわかる」
リラが小さく笑った。カイはその横顔を一瞬だけ見てから、前を向いた。
(いつから、こんな顔ができるようになった)
城壁が、もう目の前だった。




