理への違和感
「リラ、と呼べばいいのかな」
紅茶のカップを置き、シオンは少しだけ真面目な顔をして、目の前の少女を見つめた。
「普通にリラと呼んでください、提督。私にはまだ、参謀という名前は大きすぎますから」
「そうかい。じゃあ……リラ。ここに、私が急ぎで書き殴った作戦書がある。まずは君に一度読んでほしいんだ」
差し出された数枚の紙を受け取り、リラは青灰色の瞳を走らせた。そこにあったのは、地形、空中要塞の質量、ガルドス軍の兵站、第13艦隊の砲撃特性——それらをひとつに噛み合わせた、戦術の青写真だった。
「……凄い。凄いわ、提督……! こんな戦い方、どの本にも載っていなかった!」
「それはどうも。……だがリラ、これはナイラ女王に手渡すまでは、誰にも伝えないでくれ。ガルドスという男は、人間の欲の扱い方に長けているようだ。どこに耳があるか分からないからね」
シオンはベレー帽を軽く叩きながら、言葉を続けた。
「一度戻って、女王にこの書簡を届けてほしい」
「はい! 必ずナイラ様にお届けします!」
リラは作戦書を胸に抱きしめ、カイやティアと共に応接室を後にした。
ドアが閉まり、静まり返った部屋。傍らに控えていたエリオが口を開いた。
「聡明な少女でしたね、閣下」
「ああ。空想癖があるようだが、本質を見抜く目がいい」
「……僕たちの故郷は、一体どうなってしまったのでしょう。今頃、帝国軍が……」
エリオの声が、少しだけ小さくなった。シオンはふっと表情を和らげた。
「リオネル卿がうまくやってくれるだろうさ。とにかく、今は目の前のこの混沌に、私たちが全力で目を向ける必要がある」
「ですが閣下」
副官のフレアが、静かに口を開いた。
「補給の問題は?」
シオンは窓の外に目をやった。眼下には、魔法と思念力が渦巻く戦場が広がっている。光の剣と炎の矢が飛び交い、宇宙の物理とは別の「何か」で動いている。エネルギーが弾かれ、質量が素通りする。ガルドスの思念壁をレーザーが叩いても、分厚い霧に吸われるように消えた。
シオンは指先で窓枠を一度だけ叩いた。
「……少し、考えがある。今はまだ言えないけどね」
いつもの気だるげな表情に戻ると、シオンはエリオの肩を叩いた。
「エリオ。君はリラと共に、セラナに乗って女王の元へ行ってくれ。この混ざり合った戦場で、私の言葉を間違いなく女王に伝えられる代理は、君しかいない」
「えっ!? 僕がですか?」
「ああ。くれぐれも、女王様に見惚れて任務を忘れるんじゃないよ」
「ポルアさんたちと一緒にしないでくださいよ!」
エリオは憤然と敬礼して部屋を出た。足音が廊下に遠ざかる。
シオンはそれを見送り、また窓の外に目を戻した。
フレアは、その横顔を見た。冗談の余韻が、すでにそこにはなかった。
フレアは動かなかった。シオンは窓の外を見たまま、呟いた。「この世界では、光が曲がる」。フレアは何も言わなかった。




