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貪る野心

ひと夜が明けても、リラの中に、おとぎ話の情景は戻らなかった。

城の最上階、女王の私室へ招かれた。広いバルコニーに出ると、朝の光の中、宿場町の屋根の連なりの向こうに、荒野が一望できた。

「今から、私たちの要塞が生き返ります」

ナイラが、その先を示した。「ここで、見せたかった」

地の底から、低い震動が昇ってきた。荒野の一角が、ゆっくりとせり上がる。土と岩を滝のように払い落としながら、黒い鉄の輪郭が空を裂き、巨大な城が——音もなく、宙へ、浮いた。朝の光が、その鋼の肌を、冷たく弾いた。

以前のリラなら、ここで大騒ぎしたはずだった。空に浮く、鉄の城。ロマンチックな感動の、極み。両手を握りしめ、声を上げ、その場で何度も飛び跳ねた——きっと、そうしていた。

だが、そうはならなかった。

胸に来たのは、感動ではなかった。リラの目に映ったのは、空飛ぶ城ではなく、それが運んでいく戦そのものだった。あの鉄の城の向こうで、これから幾つもの命が失われていく。——その恐怖だけが、静かに、確かに、そこにあった。

「……私の心が」リラは、小さく言った。「あの頃のようには、ならないんです」

ナイラは、すぐには振り向かなかった。

「私は」と、女王は言った。「あなたを感動させたかったわけではない」

凛とした声だった。慰めの響きは、どこにもなかった。

「あなたは傷ついた。現実を知った。そして、成長した。かつて夢を見ていた目で、いまは、世界をそのまま見ている。——力が戻るかどうかに、私は最初から興味がない」

それは、評価だった。

「リラ。あなたを、防衛軍の参謀に任命します」

息が、止まった。

「私が求めるのは、あなたが積み上げてきた膨大な知識。突出した洞察。柔軟な発想。その、生身の力です。兵の数では、決して埋まらない差が、この戦にはある。純粋な武力では、勝てない。カイの武も、ヴェルナの力も、それでは足りない」

ナイラは、まっすぐにリラを見た。

「あなたの知識は、たぶん、どんな偵察兵の報告より確かな地図になる。そしていずれ——カイやヴェルナたちの武力をも、超える」

「……っ、む、無理です」リラは、思わず後ずさった。「私は、ただの孤児で。本の中に逃げてばかりいた、妄想ばかりの、女の子で。そんな子が、人の命を預かるなんて——できるわけが」

だが、女王の覇気に、息をのんだ。揺るがない瞳。逃げることを、許さない瞳。

「……考え、させて、ください」

そう返すのが、精一杯だった。

その夜。

割り当てられた小部屋で、リラは膝に一冊の本を開いた。

だが、ページを見てはいなかった。文字の上を、視線が滑っていくばかりで、内容は何ひとつ入ってこない。

「参謀」——その言葉の重さが、飲み込めない。自分の判断ひとつで、誰かが死ぬかもしれない。その恐怖は、本物だった。反論の余地など、どこにもなかった。

だが、同じくらい本当のことが、ひとつあった。

自分は、この城の誰より多くの地図を読んできた。古い軍記を、何百冊と読んできた。千年前の戦が、どの谷で兵を失い、どの渡しで勝敗が決したか——本のなかに、その結末は、すべて書かれていた。もし、それを読んでいない誰かが決断を下せば。きっと、自分が知っていた時より、ずっと多くの人が死ぬ。

だから、断れない。

これは、感情ではなかった。単純な、算数に近い話だった。

リラは、本を閉じた。

それで、十分だった。

* * *

ヴォルケンが、起動を始めていた。

空中要塞の腹の底で、念炉が低く唸る。その駆動音が、玉座の間の床を、絶え間なく震わせていた。

「……湧いてくる」

ガルドスが、喉の奥で笑った。世界が混ざってから、この男自身の内にも、底知れぬ力が、際限なく湧き続けている。玉座の背後に立ち昇る念威は、以前より、ずっと黒い。

「魔族をかき集めろ」と、ガルドスは言った。「修羅を極めた連中を、片端から念機に乗せる。数は要らん。質だ」

「……人間の兵は、いかがなさいます」

「人間か」ガルドスは、興味もなさそうに言った。「食料なら、いくらでも転がっている」

ジェイルは、設計図から顔を上げた。「魔族は、人間を食料としか見ません。兵として御せる相手では——」

だが、ガルドスの視線は、もう「次」へ動いていた。言い終える前に、その関心は、別のどこかへ流れている。意見の、入る隙間がない。

ジェイルは、口を閉じた。

参謀に要るのは、主君の「耳」だ。

この男には、それがない。

人間だった頃に、確かにあったはずの何かが、全部、冷めきっている。熱は——もう、どこにもなかった。残っているのは、力への渇きだけだ。力を、ただ力としてのみ求める。魔族も、神すらも、この男にとっては、ただ数えあげるための駒にすぎない。

ジェイルは、離脱を、まだ口にしなかった。

抱えた設計図を、抱え直す。生き延びるための条件と、この男のもとで得られるもの。失うものと、まだ残せるもの。その全部を、もう一度、秤にかけた。ただ、見慣れた数字を、並べ直しただけだった。

天秤は、とっくに傾いていた。


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