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勇者の遺志

アルヴィは、自分が引き寄せられているとずっと前から分かっていた。

旅をしていれば道に迷うことはある。ルテに言わせれば今回は「また」だった。でも今回は違う。迷ったのではなく、向かっている。どこへ向かっているのかは分からない。でも何かに呼ばれている感触が、数日前からずっと足の裏にあった。

千年生きてきて、そういう感触は初めてだった。

怖くはなかった。ただ、少し静かな気持ちになった。世界の理の根源を探して旅をしている。それなのに、根源の方から手を伸ばしてきているとしたら——それはどういうことなのか、アルヴィにはまだ言葉がなかった。言葉がないまま、足だけが動いていた。

王都の空が赤く染まっていた。戦いの匂いがした。魔力の流れが乱れていた。アルヴィは空を見た。それから静かに、「ルクスフォール」と言った。声量は会話と変わらなかった。


城壁の上から見えた。

空の獣たちが消えていく中で、地上の敵陣は確かに崩れていた。複合軍勢の歩兵が逃げ惑い、バトラー機が立て直しに追われている。リラの策は、そこまでは正確だった。

だが、空中の黒影は別だった。


(……違う。あれは森じゃない。こっちに来てる)

一機のバトラー機が、地上の混乱を無視して、王都の天守閣へと高度を下げていた。

「ナイラ様、危険です! お下がりください!」

近衛兵たちの叫びが下から届く。白金色の髪をなびかせた若き女王は、天守閣のバルコニーの最前線に立ったまま、微動だにしなかった。


「いいえ。瑠の国の女王が怯れては、戦う兵士たちの気力が萎えます。私はここにいます」

「チッ……! 地上の混乱を無視して、本城を直接叩く気か!」

空中を駆けるカイの声が、風に乗って届いた。だが間に合わない。バトラー機の巨大な砲口が、無慈悲にナイラ女王の身体を捉えた。


残り三冊のカバンを胸に押し当てたまま、リラの足が城壁の縁で固まった。

「ナイラ様――ッ!!」

銃口に禍々しい光がチャージされる。誰もが最悪の結末を覚悟した、その刹那。

空の色が、変わった。


夕暮れの橙でも、戦火の赤でもない。もっと古い色だった。言葉にするなら、白に近い。しかし白ではない。何百年もの風雨に晒されて色褪せた石造りの聖堂が、かろうじて残している色に近かった。それが、真上の雲の裏側から滲み出すように広がり、一瞬だけ戦場全体を染め上げた。鳥が鳴くのをやめた。風が、止まった。

遥か上空、その白みがかった光を割って、極めて平坦で退屈そうな少女の声が戦場に響き渡った。


「――ルクスフォール」

空から降ってきたのは、光線ではなかった。

幾重にも浮かぶ白金の鳥。鳴かなかった。翼音もなかった。ただそれぞれが、行くべき場所を知っているように、高速で落ちていく。

ズガガガガガガガッ!!!

「な、なんだぁっ!?」

鋼鉄に触れた瞬間だけ——鳥は白く、弾けた。バトラー機のパイロットが叫ぶ間すらなかった。思念壁ごと、その鋼鉄の肉体が何十羽もの光に貫かれ、一瞬にして空中分解を遂げる。


「え……?」

リラが呆然と空を見上げる。夕闇の混ざり合う空から静かに舞い降りてきたのは、白い髪をなびかせたアルヴィと、その弟子のルテだった。

「まったく、異世界だかなんだか知らないけど、街の本屋を壊されるのは困るんだよね。まだ読みたい本があったのに」

アルヴィはいつも通りのトーンで呟きながら、ナイラ女王の前にふわりと着地した。先ほどまで空を染めていた白みは、その人物が着地した瞬間に、嘘のように消えていた。


「お待たせしました。腹を空かせていたところに、魚をもらったお礼に参上しました」

ルテもまた、冷静に杖を構え直し、上空の残存バトラー機の動きを牽制する。

リラの顔に、一気に歓喜の涙が溢れ出した。

(おとぎ話の主人公たちが——今、本当に、ここにいる)


物語の中だけにあると思っていた人たちが、崩壊しかけた現実の戦場に立っている。リラはカバンを胸に押し当てたまま、泣きながら、ただその姿を見ていた。残り三冊のカバンが、腕の中で少しだけ温かかった。


上空の残存バトラー機が、音もなく落ちていった。炎も爆発もなかった。ただ、あったものが、なくなった。

グランがカイの隣に飛び込む数分前、彼は城壁の陰から戦場を見ていた。

リラのことは、川辺で一度会っていた。本を抱えていた。カイに魚をもらった。それだけの縁だった。

でも城壁の上でその少女が両腕でカバンを胸に押さえているのが見えた。手が震えていた。震えながらも、目が戦場を離れなかった。

師匠が戦場に降りた。目視できる範囲の脅威は片付いた。でも地上はまだ終わっていない。

(行くか)

それだけだった。理由は単純だった。さっき師匠に助けてもらった。師匠が助けに来た場所で、まだ誰かが踏ん張っている。それで十分だった。


そのとき、地上でバトラー機の残党を押し戻していたカイの隣に、凄まじい風圧と共に誰かが飛び込んできた。巨大な大剣を担ぎ、全身から闘気を放つ赤毛の少年。

「よし、間に合った!」

グランだった。

「お前は、さっきのエルフと一緒にいた……!」

カイが目を細める。グランは大剣を肩に担ぎ直しながら、戦場を一瞥した。それだけで状況を読んだらしく、口を開く前にすでに跳躍の体勢を取っていた。

「自己紹介は後だ。行くぞ!」

グランが地面を爆裂させて跳び、大剣を一閃させる。ガルドス軍の歩兵たちの重装甲を、力任せに叩き割っていく。カイもまた、白銀の思念鎧を再びその身に滾らせ、グランの突撃に呼応して光の刃を振るった。

二人の剣閃が交差し、敵の包囲網が崩れていく。隙間なく動くその連携は、言葉を交わしていないとは思えないほど自然だった。

小さな膠着が生まれた瞬間——敵の次の波が来るまでの、数秒の静寂——カイは隣のグランへ視線を流した。

「なぜここにいる。お前はエルフの弟子だろう」

問いかけというより、確認だった。グランは大剣を地面に立てて息を整えながら、少し考えてから言った。

「師匠に助けられた人間が、師匠に助けられた別の誰かを助けるのは当然だろ」

それ以上の説明はなかった。カイも聞かなかった。

「ふん。頼もしい援軍だな」

次の波が来た。二人は同時に動いた。

王都へと迫っていたガルドスの先鋒部隊は、完全に戦闘能力を喪失して敗走を始めた。



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