第5章-4
ゆっくりと洞窟から出てきたレントは、ボクたちに見向きもせず通り過ぎていった。メイスだけでなく全身がぼんやりと赤い光で包まれていて、凄まじい魔力を感じた。
「ヤバい……」
ミスティアがぽつりと呟く。ボクの胸元にかざす手が震えている。その手にそっと触れると、彼女はこちらを向いた。
「あ、ごめん、弱めちゃったかしら」
「ううん、そうじゃないよ。これ以上使うとミスティアが保たないと思って。あとは自力でなんとかするから」
ポーチから取り出せたエーテルをミスティアに見せると、彼女は少し状態を起こしてくれた。めちゃくちゃ痛いのを我慢して、甘い液体を流し込んだ。
飲み干して、目を閉じて、強く念じた。身体が熱くなり、痛みが引いていくのを感じた。
「……すごい」
ミスティアがまたぽつりと呟いた。ゆっくりと上半身をねじるようなストレッチをしてみる。……痛くない。完治できたと実感した。
「私、あなたのポーチからエーテルを出したほうがよかったのかしら」
冷静になってみると、そうだったかもしれないね、とお互い苦笑した。パニックになると見えなくなるもんだなぁ……。
それはそうと、アルティアはどうなったのか?ひとり奮闘していたのでは!?慌てて立ち上がろうとしたが、どかん!と揺れてひっくり返った。
何が起きているのかわからない。バリアの向こうは砂煙か魔法の靄かでよく見えない。ぼんやりと黄色く丸い光が見えるが、あれは召喚石か。壊される前に取りに行かないと!
「バリアを貼ってあるから、ミスティアはここにいて」
素直にこくんと頷くのを見て、ボクは走った。一瞬で石のそばに行き、拾って、そこでようやく全貌が見えた時、アルティアが咆哮した。
それは、悲痛のようだった。翡翠色の光が彼を包み、取り込もうとしていた!
「やめろー!」
一か八か、ボクは召喚石を掲げた。眩い光を放って現れた大鷲に、指示した。
「アルティアに入った、翡翠の核を貫いて!」
その命は、アルティアを殺す可能性があった。核が心の臓にあったら……心の臓でなくても、致命傷となる場所にあったら……。
いや、どこにあろうとも、ボクの力で傷を塞げばきっと!
フィリアは狙いを瞬時に定め、光線を放った。それは、アルティアの胸元を貫いた。ボクは再び駆け出し、どさりと倒れた幻獣のそばに滑り込み、傷口に手を当てた。
ごふぅ、と幻獣は喀血した。足元が地に染まっていく。がんばれ、死なないでくれ、ボクが……ボクが、アルティアを救うんだ!
翡翠の光が放つ熱が、頬に刺さる。咄嗟に避けて、反対の手をかざした。聖なる力の波動を放つ。同時に上から光線が伸びた。
核は吹っ飛ばされると、その先にいたジンブツに突っ込んでいった。
「レントぉ!!」
ボクは叫んでいた。
……レントの目の前で、翡翠の核は静止した。その場で震える核を、火をまとった鎖が絡みついた。鍵の掛かるような音がすると、レントは左手を差し出した。核が手にすとんと収まると、それを懐にしまい込んだ。
「……ジェド」
レントの声は、怒りに満ちていた。視線の先には、見失っていた翡翠色のヒト型のもの。
『レント……核を……返せ!』
「返すかよ、バカ。弟以上に罪を重ねやがって。お前も弟のいる場所にちゃんと送ってやるよ」
と言って、レントが消えた。目に見えぬ速さでジェドに接近すると、メイスを薙ぎ払った。それはジェドの頭部に当たり、火球の如く洞窟の壁に激突した。その衝撃で洞窟は、音を立てて崩れていった。
その音を聞きながら、ボクは視線をジェドから外せなかった。頭部を失ったヒト型は、無言で立ち尽くしたままだったが、形がだんだんと崩れ、どろりとしたものになっていった。そこにレントがメイスの先を落とすと、あっという間に炎に包まれた。
紅玉と翡翠、二色の炎はやがて、洞窟に伸びていった。瓦礫を這い、頭部を飲み込み、紫と黒の煙が立つ。
炎が消えるまで、誰ひとり動くことはなかった。
何かが燃えると焦げた香りが充満するものなのだが、不思議とそのような匂いはなかった。翡翠の核が生み出した幻影だったからでしょうね、と、ミスティアが三度ぽつりと呟いた。
炎がジェドのすべてを燃やしている間に、アルティアの傷を塞ぎきった。幻獣の首元を撫でる。ややあって、ピクリと後肢が動いた。胸元に手を当てる。……鼓動を感じた。
「アルティア」
そっと声をかけると、幻獣はうっすらと目を開けた。顔を上げたので、それを抱きしめた。
「痛かったよね、ごめんね……」
「ん。でも……ありがと、ヘイレン」
アルティアは甘え声を出して、顔を擦り寄せてきた。頬、額、顎、首と、たくさん撫でた。
「アル……」
ミスティアが隣にしゃがみこんだ。ボクはアルティアから離れ、彼女に譲った。姉弟は、互いの額を当て合った。
この光景、とても素敵だな……。
……それにしても、あれほど苦労した核を、あっさりと拘束してしまうとは。都長相手に呼び捨てで叫んでしまったことを謝らないとと思う反面、まだレントを直視できないでいた。
あの殺気立った朱色の眼……少し光を帯びていて、魔物のそれにしか見えなかった。あの一瞬、レントは魔物になったのではないかと錯覚してしまうほどだった。
ふう、とため息をひとつついた時、どこからか走ってくる音がした。
『皆さん、扉へお逃げください!』
イスカと半魚ジンの騎士隊だった。潮騒が聞こえてくる。そういえば広かったこの場所が、なんとなく狭くなっているような……。
アルスを抱えたシェイドが走ってきた。その奥から水が迫ってきていた。
『ここは海に戻ってしまいます!お急ぎください!』
と言われても、アルティアはすぐに身体を起こすことができない。ばしゃん!と岩を叩く水の音が近づいてくる!
ミスティアと一緒にアルティアを起こそうとした。騎士隊たちも加わり、ようやく立ち上がれたのだが、踏ん張りが効かず、くず折れてしまう。
『やむを得ません……。おふたりはアルティアのそばへ、隊たちはシェイド様の援護を!』
は!という掛け声と共に、騎士隊は扉へと走るシェイドの後を追っていった。ボクたちはどうすれば?とイスカを見ると、彼女は目を閉じて両手を合わせ詠唱していた。
手を広げた瞬間、大きな泡がボクたちを包み込んだ。ふわりと身体が浮いた。思わずアルティアに抱きついてしまった瞬間、海水がさっきまでいた浜辺を飲み込んだ。
「レントさんは!?」
小さな浜辺が本当の『海の底』に戻ろうとした時、崩れて原型を失った洞窟の横にレントが立っているのを見つけた。
波が、上から、落ちてくる!どういうわけか、それはゆっくりと、レントを飲み込もうとしている。
「レントさぁん!」
ボクの叫びは泡に反響した。聞こえたのか、レントは見上げた。ボクと目が合った。魔物のようなそれではなく、勇ましいものに見えた。
ほんの少し、口角を上げた。その微笑を、波が飲み込んでいった。
「ああああ!」
思わず泡から飛び出しかけたが、アルティアに服の端を噛みつかれて止められた。泡は波に流され、門からも離れてしまった。
それから少しして、イスカが手を上げると、泡は上昇を始めた。
『時間はかかりますが、このままポセイルへ向かいます。皆さん、引き続きそのままでいてください……』
レントは放っておくのか?今ので溺れ死んでいたら……とイスカに食ってかかりそうなのを、今度はミスティアに止められた。
「ヘイレン、あのヒトはコア族よ。海に沈んだところで死にはしないわ。気絶はするでしょうけど……」
核が壊れない限り『死』は無いという種族。わかっていても、やっぱり不安になる。
『半魚ジンたちが救助にあたりますので、どうか落ち着いてください。……シェイド様は、間に合ったようですね』
イスカはそっと手を下げながら安堵していた。ミスティアはアルティアを撫で続けている。幻獣は袖を噛んでいた口を少し開けて、ボクを解放すると、目を閉じて一息ついた。
四半刻(約15分)程経って、泡の底から半魚ジンの騎士たちが3にんやってきた。この泡を護衛してくれているとイスカが言った。海の魔物に出くわす可能性があるという。
「……なぁヘイレン、聞いていいか?」
アルティアの声は、少し戸惑っていた。どうしたのと返すと、幻獣は「んー」と悩み始めた。
「オレ、っていうか、何でみんなここにいるんだっけ?」
「……え?」
「オレ、なんかしたの?」
「えっ……と……」
もしかして、何も覚えていないのか?翡翠の王に追いかけられたり、記憶を継承されそうになるのを拒み続けたり、代わりにミスティアが継承しようと聞いてそれはさせない!と奔走したり、翡翠の王の核を祠から解放したり、それを壊そうとブレスを放っていたり……。
とにかくたくさんのことをアルティアはこの短期間でやってきたんだよと話したが、幻獣は耳をピンと立て、目を瞬かせるだけだった。
「マジで?オレ、すげぇな……。てか、翡翠の王ってなんだ?」
「なっ……」
言葉が出なかった。今までの出来事を、全く覚えていない。記憶喪失か……いや、それにしては違和感がある。ミスティアに目をやると、彼女も察しているようだった。
「……ちょっと厄介な魔物よ。あなたも一緒に戦ってくれたの」
「へぇー。で、その魔物は?倒したの?」
「……ええ」
「その魔物が死んだから、あそこから逃げたんだな。沈んじゃったもんな……」
あの『海の底』がどこにあったか、もうわからない。暗い海の中を、流れに乗ってポセイルに向かっているが、魚1匹見かけないのは少し怖い。
ふわぁー、とアルティアが大きなあくびをした。イスカが幻獣に『少しお休みになってください』と声をかけると、ミスティアに顔を擦り寄せた。それを姉は、優しく撫でた。
「……翡翠の王は、アルティアの記憶を喰らっていったのね。継承ではなく」
幻獣が眠りについてしばし、ミスティアが口を開いた。
翡翠の王……ジェドは、アルティアに入り込んだ時に、彼の翡翠の王に関する記憶をすべて奪っていった。だからあんな質問をしたのだと、ミスティアは言った。
自分が王だ、とはまだ言っていないので、王自身の記憶を継承する前にフィリアの光魔法で押し出されたのだろう。たぶん。
「私が姉であることもおそらく記憶にないでしょうね。自身の記憶が戻る前のアルになってるんじゃないかしら」
「それって……ダーラムの壁に激突して壊したことも覚えてないってこと?」
「たぶんね。私たちがこれ以上この件について話しても、アルにはただの出来事にすぎないわ」
結局は『へぇーそうなんだー』で終わるということだ。アルティアに視線を移す。すー、すー、と小さく寝息を立てて深く眠っている。
……あの記憶は忘れてもいい、とボクは思った。
扉が閉まったと同時に、海水がそれを叩く音が回廊に響き渡った。この時のゴォーという低音は、魔物の咆哮のようだった。
騎士隊たちの助けがなければ、今頃波に飲まれてあの世へ逝っていただろう。彼らにアルスを預け、自分もまた騎士の背中に乗せてもらった。
……間一髪のところだった。
「ヘイレンたちは……」
フレイの震えながらたずねると、水の国の王は彼女の肩を優しく抱いた。
「大丈夫です、イスカが救いました。ミスティア殿、アルティアも一緒ですが……」
レントというジンブツの姿が見えないという。間に合わなかったのか。フレイがくず折れそうになるのを、王は支えた。声を上げて泣く竜騎士を、しばらく抱きしめていた。
「……ウェイ、今ここにいる騎士隊の数は?」
王がウェイと呼んだ半魚ジンは、全体を見回した。
「私を含めて3です。外から扉を閉めた隊は7、うち3にんはイスカ様の護衛に向かった模様です」
「となると、レント殿の救助は4にんですね。……コア族ですし、溺死はされないはずなので、まあ大丈夫でしょう。指示を頼みます」
「はっ」
ひとりが彼を背に乗せて、別の隊員が空気を送る役割を担う。あとのふたりは護衛といったところか。ウェイは扉に向かって思念を送っていた。ややあって、終わりましたと報告した。
「城に帰りましょう。来た道を戻るしかないので、この先の階段を登らないといけませんが……」
王の側近であろうヒトたちがふたり、灯りを持って歩き始めた。
「皆さんは隊員たちに乗ってください」
アルスはまだ隊員の背で眠ったままでいた。フレイも自力で歩けそうにない。ウェイが近づいて、優しく促していた。ふたりの隊員よりやや大柄な騎士が近寄ってくれたが、私は特に何もしておらず疲れてもいないので、丁重に断った。
「私は大丈夫ですので、国王様をお乗せください」
そう言ったのだが、王もまた「私も大丈夫です」と述べたものだから、大柄な騎士は戸惑ってしまっていた。なんだか申し訳ないなと思い、お言葉に甘えてやっぱり乗せてもらうことにした。
王の後ろについて廊下を少し進むと、階段が現れた。何度曲がったかわからないくらいにひたすら休みなく登りきり、城内へ続く扉にたどり着いた。
城のロビーを抜け、アルスは療養所へと運ばれていった。存分にオーブを取り込ませておいたので、死にはしないと思って後は追わなかった。
「……フレイ殿は……泣き疲れてしまいましたか。客間でひと眠りさせてあげてください」
フレイを乗せていたウェイが小さく「承知しました」と言って、側近たちと客間に通ずる廊下へと消えていった。大柄の騎士にお礼を述べると、騎士は一礼して下がっていった。彼女は『王を守る』という責務があったそうだ。あの場に何も来なかったとはいえ、気を張り続けなければならないというのは相当なものだっただろう。
ややあって側近も退いたので、国王とふたりだけになった。
「さて……貴方がシェイド殿ですね?」
藤色の眼。美しいものだが、うっすらと横に線が引かれている。……この王、盲目か。
「はい、ご挨拶が遅れました。闇の国ヴィルヘルの、シェイドと申します」
一応最敬礼をする。王はアスールといった。
「シェイド殿、アルティアの同行者を担ってくださり感謝します」
うちで保護していたので、その流れで任されてここまで来たが、その幻獣は今どこにいるのだろうか。イスカというジンブツが、ヘイレン、ミスティアも含めて助けたと述べていたが……。
「早くても1刻半(約3時間)頃に、こちらへ到着するでしょう。何も遭遇しなければ、ですが」
水界……海中にも魔物は棲みついている。海路を外れるは即ち、奴らの餌食となろう。
「イスカは戦う力を持っていません。ヘイレン殿が頼みの綱ですね……」
アルティアに戦う力は残っていない。ミスティアは医師だそうなので、治癒か守備系の魔導士といったところか。
……双子は厄災の種。そんな言葉をふと思い出した。
アルティアを保護していた時、彼とミスティアは双子の姉弟で、あの時の双子……私が拉致され、アビエル島にいた頃に探した……であったと確信した。
翡翠の王に追いかけられ(正確には核の守護者の幻影だったのだが)、記憶、王位をを継承させられようとしていた。
姉は自分が代わりにそうなろうとしていた。けれども結局は継承ではなく、討伐に舵を切った。
文明も終わり、姉弟はようやく自由の身となったはず。それなのに、どこか不安がつきまとう。
厄災の種は、次に何を起こすのだろうか。そんなことをつい考えてしまう。嫌な思考だ。
「どうかなさいましたか?」
不安を感じ取ったのか、アスールに声をかけられた。
「……嫌な予感が拭いきれなくて。翡翠の核を宿していた身体は失われましたが、核はまだ残っています。あのコア族が核を拘束し、懐にしまい込んだのは見えましたが」
「レント殿が、核を拘束……。『罪の身を屠りし者、核を湖へ沈めよ』と、レント殿が宿す火の精霊が申していたそうです。これはヘイレン殿から聞いたことですが」
火の精霊……レントは火の賢者か。海の底の空間が広くなったのは、火の精霊の力だったのだろうか。レントはしばらく洞窟から出てこなかったが、あの間に力を溜めて、そして解放したのだろうか?
「湖へ沈めよ、の、湖は、アビエル島のそれでしょうか」
「そうではないかと我々も思っているのですが、それだとふりだしに戻る気がしますね……」
村は滅び、今や無ジン島となったアビエル島に、核を沈めても、確かにまた文明が蘇るかもしれない。それでは意味がない。先程までの死闘が水の泡だ。
「少し……休みませんか?イスカたちの帰りを待つ間、お茶を飲むくらいなら許されるでしょう」
王は扉のそばで待機していたが、出る幕は無かった。むしろ、出てこなくてよかった。怪我でもされたらひとたまりもない。
しかしよく見ると、どこか疲れ切っていた。あの長い階段を自力で登った疲れもあるだろうが、それにしても魔力が弱っているような。……まさか。
「海の底の空間を広げたのは、王のお力でしょうか?」
翡翠の核の封印の力があったとはいえ、無限に広がる海に、火の力が使えるようになるまで空間を広げるには、相当な魔力が必要なはずだ。
「……もう少し早く広げられたらよかったのですが、アルティアが核を解放するまでかなり抵抗感があって、厳しいものでした」
王は廊下を歩きながらそう述べた。この間も魔力を使って周りを把握しているはずだ。倒れてしまわないか不安になる。
どうぞ、と案内された部屋は、海の景色が見える美しい部屋だった。ここが応接室とは……心が軽くなるような、ホッとするような感覚。思わずため息が出る。
「あれだけ登ってきましたが、ここも海底なんですね……」
上から陽が差し込み、魚の群れや優雅に泳ぐ大きな魚が神々しい。鎧をまとい、槍を片手に泳いでいるのは、半魚ジンの騎士か。彼らの泳ぐ姿もまた美しい。
「お茶の用意ができました。どうぞこちらへ」
景色に釘付けになっていたが、振り返るとローテーブルにカップが2つ置かれていて、片側のソファに王が腰掛けていた。反対側のソファに座った。カップたちの間に、匙が差し込まれた小さな壺が置かれている。
「壺の中身はエーテルです。お好みでどうぞ」
アルスに入れ込むオーブを作ったぶんの魔力を補うにはちょうどよかった。匙2杯分をカップに入れた。ソーサーに置かれたマドラーで軽く混ぜて一口……。
「ああ、美味しい……」
カモミールティーばかり飲んでいるので、程よい酸味のある柑橘系は新鮮だった。
「シトラスティーです。疲れた時はこれが一番。エーテル無しも美味ですよ」
と言いながら、王はエーテルを匙5杯分入れていた。少し入れ過ぎに見えるが、それだけ疲労困憊なのだろう。甘みの強い、けれども爽やかな味になりました、と笑っていた。
王との茶会は、貴重なひと時だった。お互いに素性を話してしまう程、打ち解けあってしまった。ここで聞いた王の話は、心に閉まっておくことにした。
そうしていつの間にか1刻(約2時間)が過ぎていた。ポセイルの街を案内してくれると言うので、お言葉に甘えることにした。
カップを片付け、部屋を出て廊下を歩く。ロビーから城の外へ出た時、王がぴたっと止まった。
「何か……いますね」
異質な気配を感じ取ったようだ。こちら側から感じます、と指を差した先は、大通りだった。この大通りの突き当たりには街へ入れる唯一の門がある。
意識を集中してみるも、王が感じ取っている気配がわからない。少し視線を上げると、魚たちが逃げてきているように見えた。
と、王が突然片手を掲げ、叫んだ。
「ベールを!」
背後から強い魔力を感じた。振り返ると、城自体が魔力をまとっていた!ベールが街全体を覆う途中で、それが光った。何かが当たったらしい。
瞬間、空気が震えた。一瞬耳がつん、と痛くなる。外にいた街の民たちが慌てふためき、近くの大きな建物へと駆け込んでいく。城の別扉から、半魚ジンの騎士たちが一斉に飛び出してきた。
もう一度大通りの先を見た。大きな魚影がぬっ、と現れていた。いや、魚ではない。龍のような蛇のような。もしやあれが、海龍レヴィアサンか?
「奴の姿はわかりますか?」
「大きな影……龍のような蛇のように見えます」
「レヴィアサンですか?それにしては属性が違うような気が……」
またベールが強く光った。それを抜けた波動を受けた。王が踏ん張れず、倒れそうになったのを受け止め、もう一波来た波動を闇魔法で相殺した。
波動は黒い靄となって、すっと消えた。相手は同属性か。駆けつけた側近たちに王を委ね、大通りへと急いだ。
短剣を鉤爪に変えて構えたまではよかった。しかし、相手の全貌を見た瞬間、記憶が蘇り、足が動かなくなってしまった。
あの大蛇だった。あの湖で、私に巻きついてきた、あの……。
「シェイド!」
弟の叫びで我に返った頃には、ベールを突破して街中に入り込んだそいつの、長い胴にまた巻きつかれていた。
「かはっ!」
全身に激痛が走った。喀血と、身体から出た鮮血は、胴に吸い取られた。視界が歪み、闇となった。




