幕間-5
水の国ウォーティスの王アスールの通達を読み、彼らだけでなく水界全体の問題へと発展しかねないと感じ、悩む時間はさほど取らずに返事を送ったのは2日前のことだった。
アルティアを城へ呼び出し、一連の話をかいつまんで告げた。誰を連れて行くかを幻獣に尋ねてみたところ、即答でシェイドを指名した。一緒に来ていたシェイドは、少し戸惑った表情を見せていた。
「アルティア、私でいいのか?力はキルスの方が頼りになるよ?」
「それはそーなのか?でも、隣にいるヒトが一緒に行ってくれるほうが、オレには心強いな」
「……そう……か」
どうやらシェイドにすっかり心を許しているようだ。顔を擦り寄せ、愛撫を催促すると、シェイドは仕方なく、けれども優しく応えていた。
「こら……王の前で……控えなさい」
「構わんよ。微笑ましい光景ではないか。流石は腕利きの獣使いだな」
「そ、そのようなお言葉を……恐れ多い限りです」
……アルティアは明日、水界へ通じる『とある場所』で、セイレーン族のイスカと合流する。
そろそろやめて、とシェイドが声色を少し変えると、アルティアはおとなしく従った。『おすわり』をして、ごめんなさい、とシェイドと私にそれぞれ謝った。
こんなにも素直なコを水界へ送り出すなど、惜しいものだ。あっさり決断をした事を今更ながらに後悔しかけるが、そもそも彼は私のものではない。
「ヴェディル様、恐れ入りますが……」
シェイドは、今水界で起きている事をもう少し知りたいとのことだった。アスールから送られてきた内容を更に詳しく話すと、ひとりと一頭は互いに顔を見合わせた。
「オレは翡翠の王の核をかいほー?ふーいんを解くって……どうやって?」
「普通にブレスを放てばよいのでは?」
「……あ、そんなんでいーのか」
「たぶんね。ただ、解放するということは、アルティアに記憶を……王位を継承してくるだろうから、気をつけておかないとだよ」
「……そうだな。今まで幻影だったけど、今度こそホンモノだもんな」
幻獣はふぅ、と一息ついた。
「ご共有、ありがとうございました。では明日、水界へ向かいます」
最敬礼をするシェイドを見つめ、不穏な『気』を感じた。踵を返し、アルティアと扉へ向かいかける。
「シェイド殿」
振り返ったので、玉座から降りた。アルティアをそのままに、シェイドも戻ってきた。
「ひとつ、魔術をかけておく。目を閉じなさい」
「はい……」
疑いもなく目を閉じた。右手を胸元にかざし、薄紫の光を生み出す。それは彼の心の臓を覆った。反射的に胸元を押さえて、一歩退いた。
「……いいぞ」
「はい……。あの、どのような魔術を?」
「……生命を維持させるものだ」
「な……」
翡翠の王に自分が殺されてしまうとでも思っただろう。しかし、そこではない。別のものに死、あるいは瀕死の状態にされる予感がしたのだ。
「杞憂に終わればいいのだがな」
「……用心します。ありがとうございます」
再び最敬礼をし、今度こそアルティアと謁見の間を去って行った。
彼らと入れ替わりに、「スイが戻ってきた」と側近がそれを連れて報告に来た。それは、アルスに預けていた偵察鳥だが、これ以上の動向は危険だと判断したようだった。
体調や外傷がないか確認する。酷く疲れていた上、絶えず震えていた為、城内にある幻獣や魔物用の温浴場へ連れて行き、ケアするよう指示した。
半刻(約1時間)程経ち、側近が戻ってきた。少し元気になったようだ。スイは側近から飛び立ち、私の足元へ着地した。玉座に座り直し、膝元へと誘うと、羽音を立てて突っ込んだ。
バタバタしていて少しうるさいので、頭を撫でて落ち着かせる。ほのかに石鹸の香りがした。
スイが落ち着くまでそう時間はかからなかった。ぴ、と短く鳴くと、じっとこちらを見つめてきた。額を指で撫でる。スイは目を閉じた。怪鳥の頭上で手をかざした。
紫と黒が入り混じる靄が煙のように頭から湧き出す。それをオーブの形に作り上げる。随分と多い。どこまで付いていたのだろうか。
時間をかけて全てを取り出すと、スイはこてんと顔を落とした。脈が速い。しばらく休養させねば。
しかしながら、こんなにも大きなオーブになろうとは。それは私の背丈ほどあり、謁見の間を重そうに漂っていた。側近も唖然としている。
「スイを休ませてあげてくれ。その後でこのオーブの記録を確認しよう」
承知しました、と、側近がスイをそっと抱えると、奥の間に消えていった。
さて、何を見せてくれるのか、楽しみだな……。




