第5章-1
翡翠の王のこと、ミスティアのこと、潜水艇で聞いたこと。一から十まで改めてアスール王に話した。
水の国ウォーティスの首都ポセイルの王城。謁見の間にいたヒトビト……側近たちが恐れ慄く中、王はじっと耳を傾けてくれていた。
「……水の底、波の壁。祠の核を湖へ。ここから更に深い場所に、波の壁に覆われた浜があります。しかし、壁を抜けようものなら、一瞬で沖の彼方へと流されます。水流に飲まれると死は免れないため、水中に生きる水界の民すらも近づきません」
何かが守られているのだと推測はしているが、それが祠の核かどうかはわからないという。
「翡翠の護石、波を消す。……レント殿が預かられている『翡翠の護石』で波の壁を払えると、レント殿が宿していた精霊が述べた……。精霊は偽りを述べることはできないものとされているので、その護石は本物でしょう」
王城へ行く、とフレイに伝えに病室を訪れた時、レントはまだ眠っていた。快方には向かっているようだが、いつ目覚めるかは医師アマリアもわからないとのことだった。
「翡翠の霧、囚われし者の御魂を消す。……ミスティア殿はアビエル島の巨大魚に飲み込まれた。討伐したものの、彼女の姿はなかった。魚を通じて別の場所にワープしたのでしょう。例えば……それこそ祠の前とか」
祠の前……。変なところに飛ばされず、翡翠の王のそばにいるのなら、そして生きているのなら、そこであって欲しいと願った。
アスールの読み解きは続く。
「身を捧げし者、罪の核を解き放とう。……身を捧げし者は、精霊はアルティアのことだと述べたのですね。その者について教えていただけますか」
「アルティアはグリフォリルです。……ミスティアとは双子の関係で、ふたりが生まれたアビエル島の村では厄災の種とされていました。ふたりは島を出ることで厄災を無くそうと考え、アルティアが翡翠の王に身を捧げてグリフォリルの姿を得たそうです」
「だからアルティアが身を捧げし者、か。元々はヒトだったのですね……」
「……はい。今はヴィルヘルで保護されているそうです。アルスが言ってました」
「なるほど。ふむ……」
王は少し目を閉じてここまでの情報を整理していた。ふう、と一息ついて、目を開ける。
「アルティア殿は罪の核を解き放つ役割を担わねばなりません。しかし核の解放は、とても嫌な予感がします。大罪を犯し裁かれたコア族の核でしょう?一筋縄ではいかない気しかしませんね」
全く同じことを思っていたので、何度も頷いた。けれども解放しなければならない。翡翠の王に言わば囚われたふたりを救うためには、この核を破壊する戦いに挑む覚悟がいる。
「まず、核の破壊がなされていなかったことを、コア族の王に報告せねばなりません。改めて我々で破壊を担うことを容認していただかなければ、罪ニン扱いされてしまいます」
そういったリスクは負うべきではない。王は側近のひとりに、コア族の王宛にこの件を通達するよう指示した。
「最後に、罪の身を屠りし者、核を湖へ沈めよ……ですね。こちらはまたレント殿ですと?」
「はい……。そのコア族を処刑したそうなんです。核が砕かれたと聞いたから、身体を焼いたって……」
「……レント殿、今はモントレアの長とのことですが、その前は王族に仕える者だったようですね」
詳しいことはわからないが、きっとそうだろう。
「ここまでありがとうございました。そうですね……もう一ヶ所通達を送らねばなりませんね。こちらは私が直々に……魔法石で送りましょう。宛先は、ヴェディル王で」
アスールは右手を少し上げて魔法石を作った。青色の玉の中で、金の光が文字を書くように動いている。その間、アスールは魔法石に少し顔を向けて、目は開けたまま時折「ん」と小さく声を出しつつ、通達書(石)をまとめていった。
「これをヴェディルに……と」
目を閉じて念じると、魔法石はふつりと消えた。半刻(約1時間)も経たないうちに闇の国に届くはずだという。
「王たちの返報を待ちましょう。さて、一旦休憩としましょうか。休む時間も大切ですからね」
張り詰めた空気が一気に緩んだ。側近たちは各々で部屋を後にしていく。たくさん話をして、喉がカラカラだと気がついた。
「お茶でもしましょうか。こちらへ」
何も見えないはずなのに、ごく普通に歩き始めた。後を追いながら、建物内の距離感は魔力で把握しているのかと、つい王をじっくり見つめてしまう。
「……昔は見えていたんですよ」
見つめていたことがバレて、少しビクッとした。
「とある戦いで目を負傷してしまったんです。そんな話を誰かにしたような……ああ、フレイ殿がこちらを訪れた時に同じ話をしたのでした」
「そうだったんですね……。あの、見えていたのに見えなくなってしまったのは、その……怖いとかないんですか?ボクだったら怖すぎて動けない気がして」
気になるとつい聞いてしまう。ヒト様の事情に足を突っ込むのは良くないとわかっているはずなのに……。
「ごめんなさい、こんなこと聞いてしまって」
即座に謝ると、アスールはふふ、と笑った。
「構いませんよ。なぜだろうと疑問や興味を持つことは悪いことではありません。ごく自然なことです。……そうですね、治療を経て視力を失ったと知らされた時は絶望しましたね」
アスールの歩みが遅くなった。
「仰る通り、最初はとても怖かったです。どこに何があるのかを把握するのに、まず手を伸ばさないといけなかったのですが、それがもう怖いこと怖いこと。触れたものにいちいち飛び上がっていた記憶です」
魔力が回復してきた頃、それを使って周りを把握する訓練をひたすら行ったという。その甲斐あって今、杖も要らず、横にヒトを添えることも必要なく歩けるようになったそうだ。……すごい。
「杖もヒトも不要にすることで、相手は盲目であると気づかないはずだと思って訓練を積みましたが、やはり面と向かった相手は違和感を持たれるようで……」
眼が動いていないせいでしょうね、とアスールは苦笑した。確かに違和感はあったけど。
もう少し歩いたところで、アスールはある扉の前で立ち止まった。さあどうぞ、と扉に触れて、そっと開けた。
中は海の景色が見える、美しい部屋だった。王の自室かとそわそわしたが、ここも応接室だと聞いて少し落ちついた。濃紺だった海は色を薄め、少し明るくなっていた。
「ああ、もう明け方ですね。徹夜で付き合わせてしまい申し訳ない。この奥にベッドがございます。よろしけれは少しお休みになってください」
「えっ!それは……。あの、アスール様こそ大丈夫ですか?」
自分よりも王の体調が心配になる。ボクは全然眠気無いし、まだまだ起きていられる……気がする。
「お気遣いありがとう。それこそ私は4、5日眠らなくとも平気な体質でして。そのせいか、一度眠ると数日は眠り続けてしまうのです」
最長で7日も眠り続けたことがあったとか。極端というか何というか……。
「ぼ、ボクもまだ大丈夫ですので!気にしないでください……」
焦ってその言うと、王はそうですか……と少し心配そうに呟いたが、すぐに切り替えて近くのソファに案内した。そこはおとなしく座ってみた。
その時、誰かが扉をノックした。どうぞとアスールが声をかけると、かちゃりと扉が開いた。入ってきたジンブツを見て、呼吸が止まった。
魚のヒレのような耳、青く輝く鱗のような胸元、流れるような白い衣、銀色に輝く長い髪。青く澄んだ眼……。
『貴方は……』
相手も目を見開いていた。
「おや、ヘイレン殿をご存知です?」
今、初めて会ったセイレーン族のはずなのだが、以前どこかで出会った記憶がなぜか蘇ってきた。
そのヒトは、とある浜辺にいた。
近づいてみたら、少し驚いた表情でこちらを見た。
そのヒトは、こう言った。
翼があれば、どこへだって行ける。一度でいいから、私も空を飛べたらいいな……なんて。
その笑みは、少し寂しそうだった……。
「……殿、ヘイレン殿!……ヘイレン!」
腕を強く掴まれて、ようやく我に返った。ハッとして声の主を探ると、うっすらと傷の残る藤色の眼がこちらを見ていた。
「あ……ご、ごめんなさい」
「やはり少しお休みになったほうが……」
「いや、あの……ち、違うんです」
何が違うのか、ボクもわからない。視線を外し、俯いて何度か深呼吸をした。……落ち着け、ボク。
「……イスカ、貴方も大丈夫ですか?」
イスカ、と呼ばれたセイレーン族は、まだこちらをじっと見つめていた。
イスカ……。初めて聞く名のはずなのに、聞き覚えのある名のような気がした。
『……アスール様、このお方はヘイレンと?』
「はい。どうかなさいましたか?」
『ヘイレン……という名だったのですね。ご無事でよかった……!』
近づいてきたので、ソファから立ち上がった。するとイスカは、優しく抱擁したのであった。
「……あ、あの、もしかして、溺れた時に助けてくれたのは、あなたですか?」
時空の裂け目から出た先は海中だった。溺れてしまって気を失ったが、気がつくと浜辺にいた。誰かが助けてくれたのだろうけど、その時はわからなかった。ただ、セイレーン族かもしれない、という予想はしていた。
ドキドキしながら、声を少し震わせながら、なんとか話した。抱擁が解かれると、一歩下がって首を傾げた。
『貴方は、おひとりですか?あのお方は……貴方のそばにいた、長い髪のお方……』
「シェラですか?シェラはダーラムのヒールガーデンにいます。……ケガしちゃって、お休み中です」
詳しいことは言わないほうがいいと思って、そう返した。イスカはそうでしたか、と憂えた。
『おっしゃる通り、貴方を海から浜へと運んだのは私です。そこまでしかできず、申し訳ありませんでした……』
「あ、謝らないでください!それがなければボクは今、ここにいませんから……。あの時はありがとうございました!」
勢いよくお辞儀をした。ほんの少し、頭がクラッとした。
「……シェラ殿からは、貴方は彼の付きビトであり、癒しの力と聖なる力を宿していると伺っておりましたが、ヘイレン殿はイスカが言っていた『時空の旅ビト様』なのでしょうか?」
『時空の旅ビト』という言葉を久しぶりに聞いた。振り向くと、王の眼が少し輝いたように見えた。
「あ……はい。ボクは……時空の裂け目に飛び込んで、この時代に来ました。それももう何年前だろう……4年くらい前かな?」
「3ヶ所で同時に裂け目が発生した時ですか?」
「あ、そうです!そのうちの1つが、ボクでした」
「なんと……!すみません、俄然貴方に興味が湧いてしまいました。もう少しお聞きしてもいいですか?」
嬉しくなると声が少し高くなるんだなぁと、失礼ながら王が可愛いく見えた。答えられるものであれば、と頷くと、ボクたちをソファに促した。イスカはお茶を淹れてきます、と簡易キッチンに向かっていった。
「時空の裂け目に飛び込む前からこの時代に来るまでの記憶というのはあるのでしょうか?」
あの空間はどういう感じなのか気になっている様子だった。
「その……何も覚えてなくて。浜辺で倒れていたのをアルスが助けてくれたんですが……。あ、ヘイレンという名前であることだけ覚えていました」
「ほう……。確か過去から未来へ一方通行だと誰でしたでしょうか……お聞きました。その過程で記憶は失われてしまうのですね……。して、最初に出会ったジンブツはアルス殿だったのですね」
「はい。ああ、あと、ボク……ヒトじゃなかったみたいなんです。この時代で過ごしていくうちに色々経験して、何かがきっかけで瞬間的に記憶が蘇って……。ボクは『テンバ』という生きものだったみたいなんです」
テンバ。王とイスカが同時に呟いた。
「アスール様は『テンバ』を知っていますか?」
この際聞いてみた。ボクは何ものなのか、テンバはどういうものなのか。今の時代にテンバはいない、ボクが時空の裂け目に飛び込んだから滅びてしまったと聞いた。ボクを元いた時代に連れ戻す為に、同じく時空の裂け目に飛び込み同じ時代にやってきた『ご主人様』の存在までも、勢い余って口に出してしまった。
「あっ……『ご主人様』のことは、その……内緒にしてて……ください……」
「事情がおありなのですね。わかりました、ここだけの話としておきましょう」
扉の向こう側で聞き耳を立てているヒトがいないか不安になったが、イスカが『心配しないで、ちゃんとベールを張ってあるから』と言った。
「テンバ……これはイスカのほうがご存じなのでは?」
セイレーン族の寿命は、魔導士の平均寿命の倍以上あるらしい。それこそ400〜500年は生きるそうだ。となると、お茶を淹れて持ってきたこのセイレーン族も……見た目は若々しく美しいけど、100年以上生きてたりするのかな?
イスカはボクたちの前に静かにティーカップを置き、盆をテーブルに置いて、王と向かい合うように……つまりはボクの隣に座った。……鼓動が速くなる。
『……私は、貴方のことを知っていますよ、ヘイレン。まさか再会できるとはと、今も驚いております』
「えっ?」
『とある浜辺で出会ったのが最初。貴方の背に乗って、空を駆けた時の光景は忘れられません。とても美しいものでした』
テンバは空を飛ぶ。やはりグリフォリルに似た姿なのかな?
『私は貴方をある場所へ誘いました。とある島の、ぽっかりと空いた穴。水界へと繋がるその穴に、一緒に飛び込んだの』
水の音、泡の音。色とりどりの魚やイルカたち。ようこそと声をかけてくれた、マーメイド族。
やがて、魚たちがざわつき始め、何事かとマーメイド族も去ってしまう。その時イスカはボクに言った。
『これから起きようとしている事は、あなたの運命を大きく変えるでしょう』
何かが弾けた。目の前が真っ暗になった。
ボクはこの後……そう、そうだ。あの時は名前を知らなかったけど、あのヒトと会ったんだ。
時空を超えて、過去からやってきた魔導士と。
気がつくとボクは、ベッドの中にいた。
応接室の奥にあった寝室。イスカの話を聞いていた時、突然電池が切れたように倒れたらしい。なんと王に抱えられてここに収められてしまったそうだ。
「あ……アスール様……あの、ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
そっと身体を起こして謝った。寝室には王だけがいて、イスカの姿は無かった。
「イスカのお話は、貴方の記憶を少し呼び起こしたようですね」
「え?」
「おや、あの言葉は無意識でしたか?」
「な、何を言ってたんですか、ボク?」
「……話して大丈夫です?」
たぶん、と無言で頷いた。万が一また気絶しても、ベッドの上だし。
「ヘイレン、貴方は時空を超えて、過去からやってきた魔導士と出会ったそうですよ」
そのヒトは、4年くらい前に時空の裂け目から飛び出してきた、闇の種族の魔導士……名はヴァルストという。
「……ヴァルストという名前を知ったのは、この時代に来てからですが、そのヒトが突然やってきたんです。海の底の、小さな浜辺に」
その時ヴァルストは『100年後の水界に着いたのか』みたいなことを言っていた気がする。そうだ……思い出してきた。あの時の様子を。
……ヴァルストは、セイレーン族……イスカと一緒に浜辺にある洞窟に入っていった。入り口まで行って、そこでふたりを待ってみることにした。
しばらくして、ヴァルストだけが出てきた。イスカは奥で眠っていると話した。どいてくれと言われたので従った。
少し離れた位置でヴァルストの様子を窺っていると、空間を裂いた。そして、そこに飛び込んで行った。
ボクはイスカの様子を見に、洞窟に入った。彼女はベッドみたいな平な岩の上で横たわっていた。ややあって、彼女は目を覚ました。外の様子が気になると言って、一緒に洞窟を出た。
何もないところに、うっすらと白っぽい線が引かれ始めていた。時期に時空の裂け目となる、とイスカは言った。ボクはそこに飛び込みたいと思った。
いつの時代、どこに飛ばされるかわからない。記憶は封じられ、今の姿も変わるだろう。親切なヒトに出会えるとは限らない。それでも行くのかとの問いに、ボクは行くと言った。
そうしてやってきたのが、今から4年前の寒期の頃。後に知ったことだが、今の時代はあれから約400年後だそうだ……。
話を終えると、どっと疲れてしまい、ふう、と大きくため息をついた。
「……イスカは400年以上、この国と水界を守るセイレーン族の長として生きてきました。テンバが時空の裂け目に飛び込んだ話も、実は随分昔に聞いておりました」
「え、そうなんですか!?」
イスカの年齢もびっくりだが、アスール王もどれくらい長生きなのかと、変なところに興味を持ってしまう。
「いやはや、長生きはするものですね。彼女は貴方を見送ってから、当時の国王に報告なさって、以来ずっと貴方のことを気にしておられていたそうです。ああ、これは彼女の側近だったヒトから聞いたことですけどね」
「あれ、でも、どうしてイスカ様は、ボクのことがわかったんだろう?名前も知らない、テンバの姿でしか会ったことないはずなのに」
「それはおそらく、貴方の魔力の『質』を覚えていたからでしょう。テンバの持つ固有の魔力は、今では失われているはずのものですから」
なるほど、納得。
「あの、イスカ様は、どちらへ……?」
いい加減ベッドから抜け出さないとと思って布団をめくった。アスールはそれを察して、ゆっくり立ち上がった。ベッドから降りてちょっと伸びをさせてもらう。目眩とか熱っぽさとか、変な感じはない。
「大丈夫そうですね。よかった。イスカなら最初にご案内した応接室にいますが……」
美しかった部屋を出て、アスールと並んで廊下を歩く。今向かっている部屋に既に彼女はいるということだが、何やら歯切れが悪い。どうしたのだろう?
「再会を喜んでいたはずなのですが、貴方が倒れてからは一変して、後悔しているような気配で満たされてしまっているのです」
水界へ誘ってしまったことが、全ての始まりだと。テンバが滅びてしまったのは、イスカがボクを水界へ連れて行き、ヴァルストと接触させてしまったからだ、と。
……いやいやいや、それは偶然でしょ?
水界へ連れて行ってもらえて、美しい世界が見れて、楽しい時間をたぶん過ごしたんだと思うけど、ヴァルストが時空を超えてやってきたのもたまたまだし、ボクが裂け目に飛び込んだのは、ボクの意思だし。
「イスカ様は何も悪くないです。ボクの意思で飛び込んだから、滅びてしまったんです!」
応接室にいたイスカに会うなりそう叫んだ。部屋には彼女だけだったが、思いの外大声になってしまい、咄嗟に口を手で覆った。
「だから……自分を責めないでください」
手を下ろして、声を抑えて、そう言った。イスカは目を丸くしていたが、やや俯いて首を横に振った。
「貴方の意思を……あの時受け入れてはならなかったのです。ダメだと止めなければならなかったのです。それが私には出来なかった。貴方はきっと、ダメだと言えば聞いてくれたはず……」
「それは……」
言葉を必死に探した。
「仮にイスカ様に止められていたとしても、ボクは言うことを聞かずに行ったかもしれないですよ?どうしても行きたいって、わがままを言ったかもしれない」
ヴァルストなのか時空の裂け目の中なのか、どちらにせよ興味があったから、飛び込んでしまったのだろう。結果的にテンバの絶滅となってしまったが、それもボクがいなくなった後にわかったことではないだろうか。
「ボクだって、あの時裂け目が起きていなければ……飛び込まなければ……テンバを滅ぼさずにすんだのにって思ってます」
互いにそれぞれの後悔がある。こんな言い合いっこなんて、一生終わらない。
『起きた事をぐずぐず言ったところでもう変わらないのよ!』
いつだったか、ルーシェが放った言葉を思い出した時、アスールが制した。
「おふたりとも、そこまでにしましょう。後悔先に立たず、です。過去を悔やむことより、これから先どうしていくかを考えませんか?」
王の言葉が心に刺さる。まさにそうだ……そうやってボクは、ヒトとして今の時代を生きることにしたんだった。『ご主人様』が過去に戻る方法を探してくれる。そう約束したんだもん。
『……申し訳ありません』
「ごめんなさい」
ふたりでそれぞれ王に頭を垂れた。この行動は王には見えていないが、反省の意思はきっと伝わったと思う。
頭を上げた時、突如紫色の光玉が現れた。アスールが手を差し出す。光玉は静かに手に乗ると、形を変えて用紙のようなものになった。
「……ヴェディル王からの返事ですね。……ふむ」
用紙が、紫色に光っては消える、を繰り返している。アスールは報の内容を、思念で見ているようだ。固唾を呑んで見守る。
「同行する者を立てることを条件に、アルティアの出国を許可しよう、だそうです」
アルティア単独での行動はさせない、ということだった。誰を付けるのだろうか。闇の国の騎士かな?
「同行者はシェイド、という方だそうです。ヘイレン殿はご存知でしょうか?」
アルスの兄で、ボクの勝手な印象だと『優しそうな頼れるお兄さん』だ。あと、アルスより背が高い。
「ほう、お兄様ですか。となると……あの一族なのですね。……ああ、いけません、つい」
少しだけ嬉しそうになったことに苦笑していた。一つ咳払いをして、イスカに声をかけた。
「潜水艇は修理のため運休中です。……あの場所へ向かっていただく様ヴェディル王に伝えますので、イスカはそちらで待機願えますか?アルティアとシェイド殿は2日後に出国予定です。グリフォリルの飛行なら、その日のうちに着きましょう」
『かしこまりました』
イスカは小さく頷いた。
「我々はこれから明日にかけて、翡翠の王対策をしましょう。この為の騎士隊を編成します。ヘイレン殿は一旦療養所へお戻りになって、皆さまのご様子を見てください。数日では回復はあまりされていないかもしれませんが……」
「……その時はボクが力を使います」
半ば無理矢理かもしれないけど、時間がない。アスールは「無理のない範囲でお願いしますね」と頷いた。
2日後に王城前で会う約束をして、城を後にした。




