幕間-4
手術当日の朝。眠りから覚めて、身体中から汗が噴き出ている感覚に、顰めっ面になった。
布団を蹴り飛ばしたいくらいに暑いのに、魔力を抜かれた反動で、身体は思うように動かせなくなっていた。
「うぅー」
そういや声(言葉)もここ最近出せていなかったが、今自然と唸り声が出た。首を左右にゆっくりと振ることしかできず、イライラが募る。
「あー……っつ、コホッ」
咳き込んだ。全身に痛みが走って、咳が止まる。息も止めてしまう。
今が生き地獄だよ、ウィージャ、ルーシェ!と、呼び捨てにするほど心の中で彼らを今だけ恨む。はぁ、となんとかため息をついた時、部屋の扉が開いた。
「おはよう。あら、起きてたの。気分はどう?」
最悪だ、と言ったつもりだったが、口はそう動かなかった。あ、う、としか言えなかった。
「……あなた、喋られるようになるのかしら?」
ルーシェが不安そうに覗き込んでくる。
何かがぶちん、と切れた。
知らないよそんなの!僕だって、好きでこうなったんじゃない!なんで話せないんだ、言葉が出ないんだ!って……ずっとずっと自分に怒ってるんだよ!
悔しさが、怒りが、感情をぐちゃぐちゃにしていた。涙が溢れ出て、歯を食いしばり、唸り続けるしかできなかった。
と、ルーシェが額を、髪をそっと撫でた。彼女の顔が近づいて、額が当たった。目を閉じて、と促されるままにそうすると、身体から熱が引いていった。
『シェラ。少し落ち着こうか』
ハッと目を開けてしまった。ルーシェの顔が視界いっぱいに……とはならず、向かい合っていた。しかも、相手はルーシェではない。我が目を疑った。
……ライアだったのだ。
夢だろうか?死との間にいるのだろうか?ルーシェ先生はどこに?ていうか君は……ライアなの?
『夢のような、狭間の世界のような。貴方が生み出した幻の世界。ルーシェは今、貴方に義手を着けようとしてる。私は……そう』
ライアだよ、と微笑んだ。僕が記憶している彼女の姿。神官長らしいローブに身を包み、ハーフアップに束ねた髪は美しい金色だ。
『義手が貴方に繋がった瞬間から、貴方はそれを動かせられるようになる。けれども、痛みとの戦いは長くなるかもしれない』
事前に告知されて、心しておけるなと思う反面、どれほどの痛みがどれだけ続くのかという不安がのしかかってくる。
『貴方はあのコを守りに行かなきゃ。ジェドはあのコを……取り込んでしまうかもしれない』
あのコって……ティアをそう呼ぶほど知り合いだったっけ?
『彼女じゃないわ。確かに彼女も今、大蛇に包まれ囚われているわね。じっと待ってる。弟が来るのを』
アルティアは確か、ヴィルヘルにいるはずだ。保護対象となっていたら、出国の許可は降りないよな……。
『……事は動く』
ライアは首を横に振った。まさか、許可を得るのか?もし出国できたら僕も連れて行って欲しいけど、リハビリは長期だと聞いているから叶わないか……。
……で、『あのコ』って結局誰だろう?……ヘイレンのこと?ジェドに取り込まれるかもって?
……ジェドって誰?
『ジェドはジェディードっていう、翡翠を核に持っていた、大罪を犯して処刑されたはずのコア族。身体から核を抜かれ、その身体は焼かれて失い、核は砕かれたはずだった。けれども、核は砕かれずに、海の底の祠に封印されたの。翡翠の核を破壊するはずの魔導士は、王の命令に反いたの。なぜならその魔導士は……ジェドの弟だったから』
なんだって……!
『弟はジェドの核を封印した際、兄の呪いで魔物に変えられた。己を守る者……核の守護者として。弟は兄を殺さず封印という形で兄の核を守ったのに、ほんにんは兄に殺されたのよ。この兄は歪んでる。まあ、ヒトを殺すほどだからね……』
ライアの声が低く聞こえた。潮騒のような音が迫ってきた。
『義手を得たら、すぐに水界へ……核を……レントに……』
「ぃあああああ!」
肩から全身に、激痛が走った。魔力が逆流して、骨や内臓が凍るような感覚、痺れ、焼けるような熱さ?もう、よくわからない。
身体がびくんと痙攣し続けているが、がっちり固定されていて窮屈だし息苦しい。さっきまで首は振れたのに、頭も固定されていて、もうこれは拷問だった。
息を吐くたびに喚いていたせいで喉を痛め、カスカスになっていった。時折り咳き込んで、更に激痛。
どうして意識が戻ったのか。気絶したままのほうがよかったのに……。涙が溢れ、ウィージャとルーシェに見つめられていることも忘れて、子どものように泣きじゃくった。
……やがてシェラは静かになった。痙攣は続いているが、目を半開きにして一点を見つめ、口も半開きにさせたまま、浅い呼吸を繰り返している。
「……ヤバいね、これ?」
ウィージャの声が少し震えている。脈が痙攣でよくわからない。少し強めに押さえて必死に診る。
「……ウィージャ、措置を」
義手に入れ込んでおいたシェラの魔力が、予想以上に彼の身体を傷つけていた。ウィージャは頭の固定器具を外してマスクを着けた。その間に例の注射器を義手に付けて、魔力を少し吸い出した。
警報音が鳴った。マズい、と焦り、手が震え出す。
「大丈夫だよ!」
ウィージャの、この一言があったから、シェラを死の淵から引き戻せた。
蘇生法を続けることしばし、すうっと目を閉じて完全に眠りに落ちたが、脈も呼吸も正常のリズムに戻っていた。
安定するまで四半刻(約15分)も経っていないのに、とてつもなく長く感じた。冷や汗が体温を下げ、震えが止まらない。
「ルーシェ、一旦離れて。あとは私が」
そう言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらう。処置室を出て、廊下に鎮座した長椅子に腰掛けると、抑えていたものが決壊した。
顔を手で覆い、蹲り、心の中でシェラに何度も何度も謝った。




