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第4章-4

 水の国ウォーティスの首都ポセイル。そこは水界という、海に生きる民たちの世界にある、水界最大の都市だ。街には水のベールが張られており、これにより地界や天空界の民は溺れることなく普通に呼吸ができる。


 乗っていた潜水艇は、ポセイルの救助隊の船に牽引されて首都に到着した。ハッチが開いた時、船内を照らしていた光の玉はすうっとレントの身体に戻っていった。


 乗客はそれほど多くはなかったので、救助はすぐに終わった。レントは救助隊の医師によって頭に固定器具を着けられ、数ニンで運ばれていった。


 フレイとアマリアはレントの後を追って療養所へ向かった。ヘイレンの後、最後にハッチから出たのだが、ここで救助隊に取り囲まれた。嫌な予感がする。


「あなたは……ヴィルヘルの民か?」

「……ああ。何かあったか?」

「ご同行願いたい」


 疑われることはしていないが、やはり闇の種族というだけでこれだ。


「待ってください、そのヒトは何もしていませんよ」


 ヘイレンの声で、取り囲んでいたヒトがばらけた。


「ポルテニエから一緒に乗ってきました。ボクたちが乗っていた潜水艇は、魔物に襲われたんですか?何でこのヒトだけに疑いをかけるんですか?闇の種族だからですか?」


 ヘイレンは言いたいことを全部言ってくれた。救助隊たちは圧倒され、バツが悪そうに目を逸らしたり頭を掻いたりした。


「……あなたは?このヒトとどういう関係で?」

「ボクは……友ジンです」


 いつからそうなったのか?この状況を打破するための口実と思っておこう。


「ポセイルで何かあったんですか?ちゃんと説明してくれないとダメなんじゃないですか?」


 結構言うじゃねえか。ヘイレンの、救助隊に向ける視線は鋭かった。最初に話しかけてきた隊員が、それは……と言いあぐねていた時。


「退がりなさい。その者は例の魔導士ではない」


 今度は誰がお出ましかとやや遠くを見ると、端正な顔立ちの気品あるヒトが、側近を両脇において立っていた。


「あ、アスール様!」


 救助隊たちが慌てふためく。紺色の髪と藤色の眼。豪奢なローブを纏っているが、どうやら国王様のようだ。


「う、疑いをお許しください……」


 丁重に頭を下げて謝られたが、俺に似た『例の魔導士』の存在に危機感を覚えていた。


 救助隊が去り、物々しい空気から解放された。自然とため息が出る。ヘイレンも胸を撫で下ろしていた。


「到着早々に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」


 王にも謝られてしまうと、気まずい。


「いえ……大丈夫です。ありがとうございました」


 変な疑いをかけられて連行されそうになったのを阻止してくれたお礼と挨拶を兼ねて、最敬礼をした。


「マーメイド族によると、潜水艇に凹みや引っ掻き傷のようなものがあったそうです。船長を始め、乗組員にも事情を聞いているところです。怪我ニンは数名いらっしゃるようですが、命に別状は無いようでよかったです」


 アスール王は一点を見つめながら話している。もしかして、盲目なのか?しかし、姿が見えないのにどうやってヒトを認識しているのだろうか?……と一瞬考えたが、魔力が高いんだなとすぐに腑に落ちた。


「……して、挨拶が遅れました。私は水の国の王アスールと申します。レント殿からひとり謁見者が増えると報をいただいたが、それはあなたでしょうか?」


 と俺に身体ごと向けた。気配で位置を把握しているようだ。


「闇の国ヴィルヘルより参りました、アルスと申します」

「闇の国……。これはまた遠いところからようこそお越しくださいました。して、もうひと方は」


 と、今度はヘイレンに身体を向ける。


「レントさんとフレイと一緒に来ました、ヘイレンと申します」

「ああ、ヘイレン殿。シェラ殿の付きビトですね。ポルテニエの神殿で彼から少し貴方のことをお聞きしておりました。あの時貴方は静養なさってたかと」

「わ……そ、そうでしたか」


 少し照れているが、同時に違和感を覚えている様子だった。


「……お気づきかと思いますが、私はあなたがたのお姿を確認できません。魔力と気配で位置を把握させていただいております」


 やはり盲目だったか。


「えっと……レントさんがケガをしてしまって……。その、謁見の予定をさせていただいてましたが、すぐにはちょっと厳しいかもしれません」

「怪我ニンに含まれておりましたか。それは心配ですね……。して、皆さんはどういった件で私を訪ねてくださったのでしょう?せっかくなので軽く伺っても?」

「……海底に、波の壁に覆われた小さな浜があると思うのですが、そこに行く方法はあるのか伺いたくて」


 ヘイレンはこれまで聞いてきたことや体験したことをざっくりと伝えた。一緒に聞いていたが、俺がヴィルヘルにいる間にそんなことが起きていたのかと、自然と険しい表情を浮かべる。王の表情もそれだった。


「……ふむ。これはあまり芳しくない事態ですね。城に戻ってさらに詳しくお聞きしたいところですが、少しばかり厄介ごとがありまして……」

「例の魔導士、ですか?」

「……ええ。都市は水のベールで守られているので被害はなかったのですが、そのベールを破ろうとした者が例の魔導士です。側近によると、黒いローブに身を包んだ老魔導士だったと」


 聖なる国ホーリアの真下で、アルティアの頭突きをくらい、真下を抜けて聖なる光で消失した……わけではなかったのか……。ヘイレンの表情も凍りついていた。


「アルス、これって……」


 金色の眼を向けられて、うーんと唸るしかなかった。


「嘘だと思いたいが、そうだろうな」

「おふたりは、この魔導士をご存知で?」

「ええ、まあ……」


 ヘイレンは『例の魔導士』について、名前や強い魔力を持っていること、魔力や生命力を吸い出す魔術を使うことなどを話した。王の側近たちは、脅威的な存在であると恐れと不安を抱き、黒い(もや)で埋め尽くされていったが、王にはそんなものは出てこなかった。


「ホーリアに降臨していたとは……。普通なら消失しているはずですよね。あの時ホーリアの聖なる力は弱まっていたとしても、肉体は溶けるはず。それなのに平然と戦っていたとは……。聖属性を克服しているかもしれませんね」


 最後は消失したように見せかけて姿を消した、か。あいつの()()()だな。潜水艇を襲ったのも、バルドの(しもべ)の可能性もある。


「捕えて裁けるような相手ではなさそうですね……。しかし、不要な殺生はできないですし……」

「いや、バルドなら屠って構わないと思いますよ」


 周りにいるヒト全員の視線が俺に向けられる。


「奴は至る所でヒトを殺めています。トア・ル森で起きた、おとなたちの虐殺事件のはんにんと断定されてますし、俺たちも……殺されかけたし」


 それはそう、とヘイレンも頷いていた。なんだって、と側近たちが騒つく。アスールは「そうですか」と小さくため息をついた。


「今も近くに潜んでいるのでしょうか?ボクには気配を感じないんですが」


 ヘイレンの気配の察知の範囲はバカほど広い。王は(かぶり)を降った。


「いえ、いないようです。しかし、今夜またやってくるかもしれません。ポセイルに用があるなら、わざわざベールを壊そうとせず門から入ればよいものを……。なぜこのようなことをなさるのか、理解に苦しみます」


 アスールは大きくため息をついた。ヘイレンがこちらにまた視線を送ってくる。……仕方なく口を開く。


「……申し上げにくいのですが、狙いは王ではないかと」

「私、ですか」

「王が宿している力を奪おうとしているのかもしれません。奴は自分と互角かそれ以上の力を取り込もうとする傾向がありますので」

「……なるほど。なぜそのようなことをなさるのでしょうね。……理由はどうあれ、今夜、騎士隊に待機をしてもらい、魔導士……改め、バルドを水界から追放させます。私が狙いであれば……立ち向かいましょう」


 なんとも肝が据わっている国王様だ。相手は黒の一族だぞ。灼眼の魔術は受ければ命は無い。


「そのバルドの討伐……追放か、俺も加勢させてください。奴の戦術がわかっているし、騎士たちにも共有したいと思っています」


 突然の申し出は受け入れてくれるのだろうか、という心配は一瞬あったが、要らぬ心配だった。


「それは心強い……!ポセイルに来て早々に申し訳ないが、ぜひお願いしたい。ヘイレン殿もよいか?貴方には守りを固めていただきたいのです。貴方の魔法の質……強固たる壁が望めそうですので」

「もちろんです!ポセイルを必ずお守りします!」


 能力を褒められて少し頬を赤らめていたが、返事はしっかりはっきりしていた。






 夜に王城前で再開することを約束し、王は側近と共に城へ戻って行った。


 一息ついて、ふと見上げる。不思議な光景が視界いっぱいに広がる。普通に呼吸しているのだが、魚が頭上を泳いでいる。オーロラのような陽射しは柔らかく、都市を美しく照らしている。気泡がポツポツと浮上していく。


「すごいね……水界って、本当に海の中なんだね」


 ヘイレンも目を輝かせていた。このベールが仮にも破られてしまったら、水没して溺死するんだろうな……と、つい最悪な結末を考えてしまう。


「レントさんの様子を見に行こう?今夜のことも話したほうがいいと思うし」


 そうヘイレンに促されて、療養所へと向かった。


 水色の岩で造られた頑丈そうな療養所に入り、受付で少し話をして、レントの病室を訪れた。ベッドに収まるレントのそばで、フレイがちょこんと椅子に座っていた。その隣では、アマリアがカルテになにやら書き込んでいた。


「どこにいたの?ついてきてなかったから心配だったのよ」


 フレイが不安そうに見上げた。さっきまでの出来事をざっくり話すと、気づかなくてごめんと謝られた。レントのことで気が気じゃなかった事はわかっていたので大丈夫だよ、とヘイレンが宥めていた。


「今夜、バルドが来るかもしれないのね……。私は……」

「フレイはここにいて。そのほうが安全だろうから」


 ヘイレンは小さく頷きながらそう言った。フレイはまたごめんと謝っていた。彼女がいかに奴を恐れているかを、俺は知っている。気づかないうちに闇の鎖に囚われた経験があるのだから。


 アマリアが窓の外を見た。つられて視線を移すと、外は暗くなっていた。街灯がぼんやりと光り出した。水界の夜は、地界のように陽が見えているわけではないので、この灯りで判断するそうだ。


「約束の時刻まで1刻(約2時間)程ですね。準備万端にして、どうかお気をつけて」


 アマリアは憂えた表情で言った。






 ヘイレンと共に部屋を出て、まずは腹に何か入れようということになった。療養所の食堂は、全国共通で患者以外のヒトも利用できる。身体に優しい献立を提供してくれるだけあって、結構賑わっていた。


 魔導士向けの定食、なるものを見つけた。海藻が混ざったごはんと貝汁、メインは塩分控えめな魚の煮付け。小鉢はハーブサラダなのだが、ドレッシングがエーテル仕立てだそう。魔力の継続回復効果がある、と書かれていた。文字がまだいまいち読めないヘイレンに教えると、彼は即それを選んでいた。


 ふたり同じ定食を盆に乗せて、近くのテーブルで黙々と口に運んだ。エーテル仕立てのドレッシングは、ほんのり甘みと酸味があり、ハーブによく合った。継続回復がどれくらい続くのかはわからないが、無いよりはマシだ。ヘイレンも美味しいと呟きながら味わっていた。


 食後のハーブティーも少し楽しみ、食堂を後にした。気持ちを切り替えつつ、待ち合わせ場所へと向かう。飯を食ったおかげか、頭痛はすっかり無くなっていた。魔力も問題ない。バルドの闇魔法を受ける前に、吸い上げてやれるといいが。


 城の前には、既に騎士隊が待機していた。隊長らしきヒトに声をかけ、挨拶もそこそこに、バルドについて情報を共有した。


「水界の民も、ガロさんみたいに半獣が多いんだね」


 獣、というよりは半魚というほうが正しいか。騎士隊は皆、半魚ジンの民族だそうだ。ヒレのような耳、手足には水掻きが付いていて、肘にも小さなヒレがある。長い尾はイルカの如く、泳ぎは水界に生きる民族一の速さを誇る……と、隊長が自慢げに話してくれた。


「あのしっぽで叩かれたらめちゃくちゃ痛そう……」


 装備の確認をし合う騎士たちを眺めながらヘイレンが呟いていた。


 少しして、城からヒトが出てきた。隊長の号令で、一斉に整列する。一気に緊張感に包まれた。


 側近ふたりの後ろに、王が続く。豪奢なローブ姿ではなく、鱗状の鎧と袴を纏っていた。右手に三又の槍を携えて、騎士隊と対面した。


「準備は整っているようですね。まもなく時刻となりましょう。テスタ、陣を」

「承知しました。……皆、陣を組め!」

「はっ!」


 騎士たちはばらけていった。きょとんとするヘイレンに、アスール王が優しく声をかけた。


「ヘイレン殿、バルドの気配を読み取ることは可能でしょうか?」

「へ?……あ、はい!」


 慌てて「すみません」と謝るヘイレンに、王はふふっと笑っていた。その(かたわら)で、俺は密かに王の力に警戒していた。


 この王、聖属性のベールを纏っている。


 さりげなく数歩、距離を置いてから、短剣を取り出して鉤爪に変化(へんげ)させた。ヘイレンも深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、腰に差していた杖を取り出して構えた。……どことなく仕草がシェラに似ていた。


 ヘイレンは顔を上げて目を閉じた。固唾を呑んで見守ることほんの少しで、彼は杖をかざした。


「来ます!真上から!」


 ヘイレンは即座に魔力を溜め込み、真上に放つと、街を覆うベールと融合した。それはより強固なものとなり、透明から白っぽいものへと色を変えた。


 直後、どん!と波動が当たり、低音が胸と腹にずしりとのしかかった。陣を組んだ騎士隊が波動を土台に一斉に飛び上がった。と、隊長がこちらに飛んできた。


「乗ってください!」


 突然ではあったが、戸惑いなく背に乗せてもらう。隊長……テスタの腰あたりに小さなヒレがあったが、そこに足をかけたところで、隊長は飛び上がった。


 半魚ジンの背など初めてのはずなのに、なぜか自然と乗りこなしている。我ながら凄い。


「半魚ジンに乗ったことは?」

「これが初めてだ」

「それにしては、乗り方が経験者のそれですね」

「俺も不思議な感覚だ」


 そんなことを交わしているうちに、ベールを抜けようとしていた。テスタは少し力を入れて、水のベールを纏わせた。一瞬ひんやりとしたが、街を守るベールの力……ヘイレンが強化させたことでアルスの肌がピリピリしていた……を感じなくなった。


 そしてベールを難なく抜けると、黒と紫の靄の塊が帯状に伸びようとしていた。そこに見え隠れする、老魔導士の顔。おそらくこちらに気づいているだろう。


 アルスは右眼に力を集中させた。


「靄の中心は見るな。奴の魔術に囚われる」


 そう言いながら、俺自身は靄の中心に目を向けて右眼を光らせた。相手もほぼ同じタイミングで赤い閃光を放ったが、こちらのほうが早かった。靄の動きが止まった。


「いくぞ!」


 テスタの声に、鉤爪を引く。一気に近づいて、まずはテスタが仕掛けた。両手を一旦引き、突き出すと同時に水鉄炮を放つ。それは靄をかき消した。バルドの姿が露わになった。


 間髪を容れず、鉤爪を突き出した。それはバルドの咄嗟に構えた左腕を貫いた。力任せに薙ぎ払うと、あっさりとぶち切れた……と見せかけて、姿そのものが消えた。手応えを失って、無意識に舌打ちをする。


「左!」


 テスタが叫びながら、左手をかざす。水の塊を出して、バルドの魔力を受け消した。ばちゃん!と弾けた水の塊の目の前に、奴がいた。


「!!」


 バルドが杖を振った。ギリギリのところをテスタがかわす。翻り、奴の懐に、鉤爪を突き出した。今度は闇の魔法を纏わせて。


 懐を貫く寸前、奴はまた消えようとしたが、闇の魔法がそれを止めた。鎖が奴の身体を這い、締め上げる。手応えを感じ、鉤爪を引いた。


 テスタは急降下した。ベールを抜けて街へ入る瞬間、バルドが唸った。鎖はベールに負けず、しっかり奴を拘束し続けていた。右腕に力を込めると、テスタは急停止た。バルドが接近する。右腕を殴るように左から右へ、地面に向かって振り落とした。


 地に落ちた老魔導士を、騎士たちが追い討ちをかけた。帯状に水を放ち、蜘蛛の糸の如くバルドを貼り付け、締め上げた。


 バルドは赤い閃光を放ったが、誰もその影響を受けなかった。閃光はベールに当たり、吸い込まれていった。


 突然、鎖の感覚が失われた。……どうした?


 テスタの着地と同時に背中から降りる。その刹那、足元が熱くなった。ヤバイ、焼ける。


「乗って!」


 テスタも勘づいたようだった。再び背中を借りる。この聖なる力が、闇の魔力を消失させていた。バルドの雄叫びが響くものの、消失はおろか、焼け溶ける様子もない。しかし確実に奴はダメージを受けているはずだった。


『おのれええええ!!』


 突如、青白い光を纏った。水の糸が弾けた。聖なる光の波動が迫ってきた。咄嗟に縮こまる。テスタの水のベールが強化された。波動が当たり、テスタを伝って身体がじわりと熱された。


「んぐっ……!」


 力が抜ける。と、水が身体を取り込んだ。テスタの背中にぴったりとくっつけられた。


「外へ出ま……!」


 飛び立とうとした瞬間、青白い閃光が隊長の胸元を貫いた。その衝撃を一緒に受けた。ベールが解け、テスタもろとも倒れ込み、彼の下敷きになった。


「テス……うぐっ!」


 半魚ジンは、見た目以上に重量があった。聖なる力が膂力を弱らせ、身体は圧迫される一方だった。テスタの赤黒い鮮血が、自分の胸元の傷に染み込んでいく。背中が熱い。激痛で声が出ない。意識が薄れていく。


「アルス!」


 ヘイレンの声がした。誰かがテスタを引っ張り起こした。重みから解放された瞬間、目をかっ開き、無意識に飛び起きてバルドに駆け寄った。


「え!待って!だめぇー!」


 そんな悲鳴が聞こえたが、身体は止まらなかった。バルドに迫り、左手を伸ばす。バルドの肩を掴み、鉤爪をぶすりと刺した。爪が壊れた。右手がバルドの腹に触れる。右眼を光らせた。


『なっ……!』


 闇色の靄がぶわりと出る。それを勢いよく取り込もうとした。同族間の闇の取り込みは禁忌と云われてきたが、こいつは何度もやってきた。なら俺だって構わないだろう?ていうか、禁忌なんかどうでもいい。こいつを屠る!ただその一心で、無我夢中で取り込んだ。


『うあああああ!!』

「ぅおおおおお!!」


 バキッ、と骨が折れるような音がして、バルドは反り返った。オッドアイを目一杯見開き、半開きの口から血が溢れ出る。蒸発していくそれをも取り込んでいった。


 見る見るうちにバルドの肌は黒くなり、痩せこけて、腐った樹木のようになって、バラバラに砕けた。灰のようにサラサラと消えていく。両手をかざしながら、それらを最後まで凝視していた。


 しん、と辺りは静まり返っていた。取り込み終えると、心の臓がばくん、と大きく鳴った。くず折れて、突っ伏した。






 街を守るベールが元に戻ると、夜闇が降りてきた。


 うつ伏せに倒れていたアルスを、騎士と一緒にひっくり返す。胸元に穴が開いているが、皮膚は傷を閉じていた。そっとアルスの胸に手を当てる。鼓動はあった。が、とてもゆっくりだった。


「療養所へ急ぎましょう」


 騎士のひとりがアルスを担いで行った。もうひとり担がれて行ったのは、アルスを乗せていた隊長テスタだった。部下たちの青ざめた表情が、ツライ。


 アルスのいた場所に、刃を失った(つか)が落ちていた。それを拾ってポーチにしまい込んだところで、アスール王の声がした。


「黒の一族は滅びていなかった。バルドの事をお聞きした時に、まさかと思っていましたが……。アルス殿も一族の末裔だったのですね」


 恐れている様子は無かった。むしろ、少し嬉しそうだった。


「アスール様?」

「……失礼。それはさておき、アルス殿が葬った相手、本当にバルドだったのでしょうか?共有いただいた情報とはどこか違う気がしまして。お姿はバルドでしたか?」

「……姿は確かにバルドでした。でも、ボクもあいつは違うジンブツだと思いました。だから……」

「あの時アルス殿を止めようとしたのですね」

「はい……」


 アルスは我を忘れたように飛び出して行ってしまった。闇を取り込む黒魔術を大いに使い、相手を灰にしてしまった。


「アルスがこんな……暴走みたいなことをしたの、初めてかも」


 だんだんと、不安になってくる。目が覚めた時、彼は彼でいるのだろうか……?


「我を忘れたままの可能性がありますね。隔離病室で治療してもらいましょう。私も向かいます」


 王の隣に並んで、療養所へ急いだ。






 療養所は慌しい様子もなく、穏やかな雰囲気だった。王が入ったから、というのもあるかもしれない。各々で最敬礼をしていた。


 隔離病室に行くと、アルスは眠っていた。が、手、足、身体までもが拘束されていた。自我を失った状態で覚醒して、暴れさせないための処置だというが、あまり見ていられない光景だ。


 因みに、アルスを担いでいた騎士が、嫌な予感を覚えて隔離病室へ運んだらしい。王もその騎士にご苦労だったと労った。


「さて、例の魔導士がバルドではなかったとすると、何者だったのでしょう。バルドの側近でしょうか」


 アルスが眠るベッドから距離を置いて、アスールは問いかけてきた。


「バルドと一緒に行動しているやつらは、霊界から蘇らせた霊体だ、とアルスが言ってました。霊体は2体いたのですが、ひとりは御魂を引き離して倒したというか……御魂を助けたというか。なので、霊体は1体に減ってます」

「ふむ。バルドは霊体を現代に呼び戻す力を持つ魔導士か。己の魔力と生命力を糧に、死者の魂と身体を連れ戻す……そんなことが出来るとは、恐ろしいことこの上ないですね」


 アスールもそういったジンブツに出会ったことは一度もないらしい。そもそもそのような魔術を会得している魔導士は、それこそ滅びたはずだとされていた。


「これもまた、『黒の一族』の特殊魔術のひとつです。……かの一族は、自分を犠牲にしてヒトビトを死から救う(すべ)を持っていると云われています。心の深淵に(わだかまる)闇を吸い上げる。そうすることでヒトビトを不安や恐怖から救ってきたのです。しかし、霊体を呼び戻す魔術を会得した者は、現世を歪ませる災厄者として葬られてきたそうです」


 王様だから詳しいのか、いや、まるで黒の一族から直接教わったような口調だった。


「アルス殿が葬ったのは、バルドが召喚させた霊体の可能性とみていいでしょう。バルドの姿に似せて、我々に近寄った。私の力を奪うためなのか、ポセイルを滅ぼすためだったのか。真相はわかりませんが、脅威がひとつ無くなったことは事実。ヘイレン殿も加勢してくださり、感謝します」


 王に頭を下げられて、咄嗟にボクも頭を下げた。


「あの、アスール様。失礼を承知でお聞きしますが、『黒の一族』の存在を確信した時、どこか嬉しそうな感じだったのはなぜだったんでしょうか?ボクはバルドの存在が脅威でしかないので……」


 側近たちが「え?」と少しざわついた。変な事言っちゃった、と、今、めちゃくちゃ恥ずかしくなって後悔している。


「嬉しそう、ですか。ヘイレン殿の感覚は正しいです。悟られないようにしたつもりでしたが、見抜かれましたか。恐れ入りました」


 ふふふ、と王は笑った。側近たちが余計にざわつく。冷や汗が背中を伝う。


「誰が言い出したのか、かの一族は滅びたと、地界では広まっています。水界でもそう伝わっていました。ですが、私は……おそらく私だけがそれを否定していたと思います。地界にはいなくなったとしても、天空界にはいるはずだと。彼らはそもそも空の民であるからね」


 アスールは一息ついた。


「彼らの力……黒魔術は、使い方を誤れば脅威となる。それは黒魔術に限ったことではないが、あの力は特に……。囚われれば自我を失い、救えるはずの命を逆に奪ってしまう。同族の闇を取り込もうとすれば、その傾向は強まる。そうやって自我を失い、魔物属性へと変わってしまったヒトも少なくない」


 そうなれば、救いようがない。ヒトビトを喰らって生きる魔物を討伐しなければ、ヒトは生き延びれない。


 ここで、ぞわりとした。まさかアルスは……


「ま、魔物に……なろうとしている?」

「可能性は否定できません。全ては目覚めてから……」

「あの!もしアルスがそうなっちゃってたら、ボクが……」


 手をかけられるのか?


 記憶喪失の君を海岸で助けたジンブツを、簡単に殺せるのか?


 つい口走った時、どこからか、そう声が聞こえた。頭の中からではない。つまり思念ではない。はっきりと、耳から入ってきた。王ではない、けれども、聞いたことのある声……。


「あ……」


 気づいたら抱擁されていた。王の温かさが、涙腺を緩ませた。


「あなたは、アルス殿を殺めるのではなく、救うのです。あなたは……そのためにここにいるのだから」

「……ごめん……なさい」


 その抱擁は、我を忘れかけたボクを戻してくれた。しばらくしてアスール王は、そっと抱擁を解くと、微笑した。


「さて……アルス殿の様子を窺いましょうか。魔力は大丈夫そうですし、いつでも癒しの力を出せるように準備をしてください」


 はい、と返事をして、意識を集中した。


 ややあって、アルスが目覚めた。ゆっくり瞼を開けると、アスール王と目を合わせ、それからボクを見た。


 ほんのりと右眼が光を帯びていて、警戒したが、ひとつ瞬きをしたら、その光は失われた。


「アルス殿、我々がわかりますか?」


 王の優しい声が部屋に静かに響く。


「……俺は……裁かれ……ますか?」


 バルドを屠ったはずが違うジンブツだった、と、アルスもわかっているようだった。様子を見る限り、自我を失ってはいなさそうだが、まだ少し警戒はしておいた。


「貴方が葬ったのは、おそらくバルドが召喚したもの……ヒト型の魔物ですから、貴方を捕えて裁くことはありません。どうかご安心ください」

「……そう……ですか」


 アルスはため息をついた。


「お身体の具合は……もうひと眠りされたほうが軽くなるかもしれませんね」


 王がそう言うと、アルスは静かに目を閉じた。


「……自我は問題なさそうです。ひとまずは安心していいでしょう」


 アルスの病室を出て、療養所の出入口まで送ったところで、王はそう述べた。


「改めてヘイレン殿、ポセイルをお守りくださり感謝します」

「いえ、こちらこそ……ありがとうございました。なんとか守れてよかったです……」

「海底の件ですが、この後偵察部隊に向かってもらいます。して、ヘイレン殿にもう少しお付き合いいただきたいのですが……。この件について、詳しく伺いたいのです」

「もちろんです、全部お話しします。あ、少しだけお待ちいただいてもいいですか?アスール様と城へ向かうこを、フレイに伝えてきます」


 王はごゆっくり、と微笑んだ。

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