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第4章-3

 港町ポルテニエ着き、厩舎にグリフォリルを預け、ポセイル行きの潜水艇乗り場へ向かう前に、少し買い出しをした。


 魔力を回復させるエーテルと、応急手当のツールキット、あとは携帯食料をもう少し増やしておいた。


 店を後にし乗り場に着くと、見覚えのある3にんと合流した。


「あれ?ヴィルヘルに帰ってたんじゃ?」


 フレイは目を丸くしている。確かにアルティアを連れて帰っていたが、これまた国王の命で云々とふたりに話した。


 やがて潜水艇が到着し、4にんとほかに数名のヒトを乗せて海の中へ入った。


「ヴェディル様は、ヘイレンの聞いた例の言葉をご存知だったんだな。言い伝え的なやつなのかねぇ」


 光が届かなくなってくる海の様子眺めながら、レントが言った。わずかだが震えている。怖いのだろうか。


 一方で、震えてはいないが、少し青ざめているヒトもいた。確かに圧で耳が痛くて俺も必死に耳抜きをしているが。


「やっぱり『みずうみ』だったんだ……」


 ヘイレンはふたりの竜騎士に頭を下げて謝っていた。どうやら『泉』と聞き間違えたらしい。レントもフレイも気にするなと宥めていた。


「……で、ヴェディル様が仰るには、祠のある小さな浜を守るように波の壁があるってことか。それに流されたら死……か。潜水艇でも行けねえ場所なのか?」

「それは知らん。行く方法とか細かいことはアスール王に聞けってよ」

「そっか。あ……謁見者がひとり増えるって伝えとかねぇとだな。それともヴェディル様が、アルスが謁見することを伝えてるか?」

「……いや、そのような話は無かったと思う。ポセイルに行ってこい、とだけ」

「なんだそれ。アスール王に聞けって仰ってたなら、謁見の連絡もしてそうだけどな。一応送っとくわ」


 レントは慣れた手つきで魔法石を作り、軽く上に投げた。石はパッと消えた。魔法石の便りってのは便利なもんだな。


 いつの間にか耳の圧も無くなり、ついでに差し込んでいた光もすっかり消えていた。窓の外は闇に近いが、たまに魚が横切っていくのが見える。


 話が落ち着いた途端、睡魔に襲われた。そういやいつから眠っていなかっただろうか。忘れていた頭痛も再発した。客はほとんどいないし、横になってひと眠りさせてもらってもいいだろう。


「アルス、大丈夫?」


 ヘイレンが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。少し眠らせてくれと伝え、横になれそうな場所まで移動する。といっても、座っていた席のすぐそばなんだが。


 コートを脱いで束ねて枕の代わりにし、横になった。脱いだせいか寒気がする。……いや、これはちょっとマズい状況かもしれない。


「……熱が出てるみたい」


 わざわざついてきたヘイレンに気づかれてしまった。このまま放っておいてくれ、と言いたかったが、ヘイレンたちの行動のほうが早かった。


 乗組員と話し、もらってきたのは緊急時用の毛布とタオルだった。他にも何やら細々したものをフレイに渡していたが、力尽きてわからなかった。






 仰向けにしても起きる気配は無かった。呼吸は深く、けれども発汗が酷く、身体を少し震わせていた。


 枕も借りてこれたよ、とフレイが持ってきてくれたので、束ねられたコートと入れ替えた。毛布を纏わせ、タオルで汗を拭いてやり、もう一枚を水で冷やして額に乗せた。


 癒しの力を少しかけてみたが、アルスの熱を冷ますことはできなかった。フレイもレントも治癒の魔法は会得しておらず、魔療法(魔法で治療する手段)は無理そうだった。


 ポセイルまではまだ1刻(約2時間)以上かかるらしい。これ以上酷くならないことを祈るしかなかった。


 タオルを冷やしては額に乗せて、を繰り返していると、白いローブを纏ったヒトが近づいてきた。細身で長身、ミスティアによく似ていて思わず釘付けになる。


「えっ……?」


 フレイもミスティアだと一瞬思ったみたいだった。背丈はミスティアと変わらないうえ、銀髪も青眼も彼女と同じだった。が、よくよく見ると、左右で眼の色が違う。アルスと同じオッドアイだった。


「ふふ、ティアと見間違えたでしょ?よく言われるんですよ」


 そのヒトはミスティアを知っていた。愛称で呼ぶ程だから、友達だろうか。


「あ、あの……あなたは?」

「あ、ごめんなさい。私はアマリア。ポセイルで医師をしています。なんだか大変そうに見えたから……」


 ミスティア似の女性……アマリアは、持っていた大きめのバッグから聴診器を取り出して装着すると、頭から足までアルスをさらりと見た。


「……このヒト、闇の種族ですね。どおりで大柄なわけだ。骨が強そうな身体つきは……なんか似てる。魔力は……普通か。今は少し弱ってるっぽい」


 シャツの上から聴診器を当てた。それでも聞こえるの?と首を傾げたが、目を閉じてじっくり聞き取ろうとしていた。


 ……ていうか、誰に似ているのだろう?


「んん?あれ、このヒト……」


 異常を感知したのだろうか?不安になってくる。聴診器が、左胸から右胸へと移動する。瞬間、アマリアの表情が少し驚いたそれになった。


「……正常だけど……これは珍しいですね……」


 アルスは右側に心の臓があるヒトだった!?全然気づかなかった……。何度かアルスの心の臓の鼓動を確認したことがあったはずなのに。


「ヘイレン、口開いてっぞ」


 レントに指摘されて我に返って、速攻で口を閉じた。アマリアはふふっと笑った。恥ずかしくなって、思わずごめんなさいと謝った。


「お前、知らなかったのか?」

「うん……。全然気づかなかった」

「まあ、この事は口外すんじゃねぇぞ?アルス自身も話してこなかった理由もわかるだろ?」

「……うん、何となく」


 心の臓は基本、左側にある。だから敵はそこを狙う。でもアルスの場合、左側を刺されても死なない。そうやって相手を焦らせているうちに反撃……なんてこともできる。最初から右側にある、なんて口走れば、弱点をバラすのと同じだ。……ってことだよね?


 と思念で話すと、レントはこくこくと小さく頷いた。


「お前、思念も使えるようになったんだな。やるじゃねぇか」


 ヒトの思念をしっかり受け取り、自分も出せるようになったのは最近……シェラとの会話がきっかけだ。ただ、思念の後は少し疲れる。


「結構魔力を使うから、思念は最小限にしておいたほうがいいですよ」


 アマリアに注意されちゃった。


「で、アルスさんですが、過労による発熱ですね。酷い病気に罹ってるわけじゃないので、そこは安心してください」

「カロウ?」

「はい。一番は寝不足。このヒト、数日寝てなかったんじゃないでしょうか?」

「なんで……?」

「あら、知らない様子ですね?」


 なにせ、ポルテニエで合流するまで別行動だったから。寝ずに何してたんだろう……。


「ポセイルに着くまではここで寝てもらって、着いたら療養所へ連れていってもいいですか?おそらく1刻程度ではあまり回復しないかと……」


 チラッとレントを見ると、都長はあっさりと頷いていた。王の謁見は、最初に魔法石を飛ばした日から3日後に、と伝えていたらしく、そのくらいの時間はあるとレントは言った。


「アスール様とお話なさるんですか。何か……いや、余計な詮索はいけませんね。失礼しました」

「いや、別に構わねぇんだが……。アマリア先生はミスティアと付き合い長いのか?」


 レントに問われた医師は、はい、と微笑んだ。


「医師になるための学校で同期でした。もう10年以上前でしょうか……。当時から霧魔法が使える珍しい魔導士だ、と師匠から評判が良かったですよ。優等生で、みんなの憧れの的になってました」


 頬を少し赤らめて話すアマリアに、自然とこちらの表情も和らいでいく。しかし、ミスティアの現状をレントが大まかに話すと、表情は一変した。


「ああ……そんなことが。ティアは無事なんでしょうか?」

「そう信じてポセイル入りするつもりだ。海の底の小さな浜にいるんじゃねぇかと思ってるんだが」

「浜……波の壁に覆われたあの浜ですか?」

「知ってんのか?」

「あそこへは行ってはなりません。囚われます」


 ぴしゃりと言われて、レントは固まった。潜水艇の低音が嫌に大きく聞こえた。


「……先生が知っていることを教えて欲しい。囚われるというのは『翡翠の王』に囚われるってことだよな?」


 アマリアはすぐには答えなかった。聴診器を外してバッグに戻し、少し考える仕草をした。


「……すみません、翡翠の王、とは?」

「……え」

「あの場所には、かつて大罪を犯し処刑されたコア族の核が封印されているそうですが、封印した魔導士たちは魔物へと姿を変えられてしまったと伝え聞いております」

「コア族……」


 ヒトを殺した罪で核を抜かれて砕かれ、身体を焼かれた。レントがいつか話していたコア族なのか?しかし、そのヒトは死んでいるはず……だよね?


「いつから翡翠の王と呼ばれるようになったかはわかりませんが、そもそも罪ニンが王だなんて呼び名はちょっと……理解に苦しみますね」


 フレイがアルスからタオルを取って離れていった。一点を見つめ続けるレントの腕にそっと触れてみた。


「レントさん?」


 声をかけると、レントは徐に例の小さな翡翠石を取り出した。ミスティアが身につけていたとフレイが言っていた、あの石だ。アマリアはそれを見て、これはと呟いた。


「ミスティアを飲み込んだデカい魚から取り出せたやつだ。これは彼女が身につけていたアクセサリーの一部なんだが、ただモノじゃねぇんだよ」

「ただモノじゃないってどういうこと?コア族の核ではないんだよね?……ん?」


 石を一瞥した瞬間、ピリッと何かが刺さったような痛みを感じた。そんなに痛くはなく、なんか当たったな程度なのだが、これは一体?


「ああ、翡翠の王という名は、アビエル島の先住民がそう呼んだのが今日(こんにち)まで受け継がれてきたみたいだ」

「なるほど、そうでしたか」


 アマリアは一つ頷いた。


「封印されているのは罪ニンのコア族の核、か。『砕かれた』のは偽りだったのか……」

「この前レントさんが話してた『あいつ』ですか?」


 レントはこちらを向いた。片手を顎にあて、眉間に皺を寄せていた。


「……ほぼそいつで間違いないな。ジェド……本名はジェディード。この石は、ジェドが生成したやつだ」

「へ?」


 ちょっとこんがらがってきたぞ。罪ニンのジェドが生成した石を、なぜミスティアが身につけていたのか?ミスティアはジェドを知っている……はずがないような。


 翡翠の王は、先住民が島の湖を訪れる前から存在していただろうから、数年前どころじゃない。ミスティアが生まれるずっとずっと前だろう。


 誰かからもらったのだろうか?


「レントさん……あなたはこの罪ニンをどこまでご存知なのですか?どういう関係で?」


 アマリアの質問に、レントは少し間を置いた。どこまで話すべきか、どう話すべきか、と悩んでいるように見えた。


「……俺は、ジェドと同じ種族だ」

「なんと……あなたもコア族とは」

「本当はコア族であることを簡単にバラしちゃいけないんだがな。核を強奪する輩がいるから。勝手にバレるのは別として。……で、ジェドとは深い関わりは無えが、その……そいつの処刑をした」


 えっ、とアマリアは、フレイと同じような反応をした。座っていたので一歩退くことはなかったが、明らかに表情が引きつっていた。レントは気まずくなって後頭部を掻いた。


「あー……っと、俺は核を封印した魔導士じゃねえぞ?」

「もしそうだとしたら、あなたは魔物の姿になってるはずですので、それは無いと確信しています。……その、ジェドの核は砕かれたはずなんですか?」

「俺はそう聞いていたんだ。おと……族の王から、な。けど……」

「けど?」

「王が実際に核を砕く瞬間を見届けていたわけではない。そのように執行ニンに命令はしたが……」

「では、執行ニンは核を砕いたという嘘の報告を王になさったと?レントさんはその執行ニンとご一緒だったのではないの?」

「ああ。俺もその場にはいなかった。王から核を砕いたと一報を受けて、俺は残ったジェドの身体を焼いた。核のない身体は、残していてもしょうがないからな」


 その一報を聞くまで、レントはジェドの遺体のそばにいたのか……。想像して、ぞわっとした。ジェドがどういうジンブツだっかはわからないけど。


「あなたは王に近い身分ですか……?」

「……俺の身分は今は関係ねぇだろ。ミスティアの話をしていた気がするんだが?」


 若干苛立ちを含めた語気に、アマリアはハッとした。


「……余計なことを……ごめんなさい」


 首を垂れて丁重に謝った。気まずい空気にどっぷり浸かっていく。レントはため息をついた。


 帰るタイミングをようやく得たフレイが、そっとアルスの額にタオルを置いた。


「あの……この小さな石の話に戻していいですか?」


 恐るおそるふたりに声をかけると、アマリアは小声ではいと答えた。レントも視線を石に落とした。彼の手のひらに乗った小さな翡翠石。ジェドが生成したとはこれいかに。


「これ、魔法石?ちょっとピリッと感じたんだけど」

「何?お前……大丈夫か?ヘイレンだよな?」

「え?うん、ボクは大丈夫だよ?え、なに……囚われるやつなのこれ?」

「……おう」


 おう、って。じゃあ今、手に乗せているレントは!?


「レントさんこそ大丈夫なの!?」

「俺は問題ねぇよ。むしろ、こいつの力を抑え込んでやったくらいだ。……たぶんこいつが、翡翠の王を継承するようにミスティアの意思を操ってた」

「操ってたって……いつからだろう?」

「こいつを身につけてから、じゃあ無さそうだ。おそらく魔物がアルティアを追いかけ始めたあたりからだろうな。ミスティアがひとりの時に、何か接触したとか」


 それならば、と思い出す。ヒールガーデンのテラスで、シェキルがミスティアを翡翠の光から助け出していた。その時はヘルトがブレスを放って相手を消し去っていた。ミスティアの身体に模様……アビエルの烙印が刻まれていた。


 次々と湧き出てきた記憶をレントたちに話した。かなり喋った気がする。話し終えた時には、喉がカラカラに乾いていた。


「……すっごい情報過多なんだけど。レント、ついてこれた?」


 フレイが額に手を当てながら都長を窺う。レントはいつの間にか目を閉じていて、じっくりと聞いていた。


「ダーラムの外でミスティアに仕掛けられた時は、彼女は操られていた。だがその状態で核の守護者と言っていた骸骨の『カギ』をぶっ壊したのか?この時にはもう、ミスティアは正気に戻っていたのかもしれねぇな。


 カギを壊したから、翡翠の王自らが継承者を求めて彷徨わねばならないって言ってたんだな?で、アビエル島の湖に行った。ミスティアの記憶では、王は湖の主だったもんな。翡翠の光が現れて、厄災を終わらせるためにそいつを壊そうとして、魚に喰われたんだな。で、この翡翠石を俺に掴ませた途端に、爆発したと」


 レントは腕を組んだ。


「んー……操られてたのは核の守護者が現れるまでっぽいな。となると、こいつの支配能力はあまり強くない。俺もヘイレンも平気だしな」


 でも万が一のことがあったら嫌なので、レントはフレイとアマリアには触らないように忠告した。


「あとこれ……ほれ」


 レントは翡翠石を乗せた手を右から左へ動かすと、少し発光した。その先は窓、闇を落とした海が映っている。


「もしかして、窓のある方角に核があるかも?」

「……おう、たぶんな。ただ、今よりももっと深い場所にありそうだな。光が弱い」

「囚われる云々は置いといて、ボクたちが行こうとしている海の底って、本当に行けるのかな……?」


 海にいい思い出はない。時空の裂け目からこの時代に飛び出した場所が海の中だったので溺れてしまった。けれども、セイレーン族が助けてくれた……と思う。そうでないとあの時点で死んでいたはずだ。


「どうだろうな。何にせよアスール様に事情を話さねぇとな」


 レントはそう言いながら、翡翠石を腰に着けている小さな袋にしまいこんだ。


 その時だった。どかん!と大きな音の後に、潜水艇が大きく揺れた。非常事態を知らせる警報が鳴り響いた。座席を強く掴んで必死に揺れに耐える。


「なにいぃえあああ」


 頭上からバシバシと何かが当たっている。魔物の強襲か!?


『衝撃に、そ、備えてくださぁい!』


 既にすごい衝撃だよと思った直後、身体が浮いた。吹っ飛びそうになったのを、眠っていたはずのアルスに押さえられた。


 轟音が、衝撃が収まるまで、生きた心地がしなかった。






 明るかった船内は、漆黒の闇に飲み込まれていた。ヘイレンの息遣いを感じ、生きていると実感した。


「アルス……ありがとう。大丈夫?」


 暗闇の中でも見える眼は、ヘイレンの怯えた表情を映していた。そっと彼から離れた途端、手を伸ばしてきた。手首を掴まれた。震えが伝わってくる。


「行かないで……」

「大丈夫だ、横にいる」


 そう言うと、ヘイレンはホッとした。が、手を離そうとはしなかった。


「レント、フレイ、無事か?」

「私は大丈夫。アマリア先生は?」

「私も大丈夫です」


 寝ている間にひとり増えているが、問題はそこではない。レントの返事がないのだ。


 と、すぐそばから赤白い光の玉がふわりと飛び上がった。それは少し離れて、やや強く光った。みんなの姿が見えるようになった。


 レントは窓際でぐったりしていた。


「レント!?」


 窓の下を見ると、血痕が散っていた。レントをゆっくり抱き起こすと、右後頭部から血が流れ出ていた。


「ヘイレン」


 ヘイレンを呼ぶと、抱えたレントの傷に、癒しの力をかけ始めた。その光は都長の顔を少し包んだ。


「すごい……この力は……」


 アマリアが驚愕している間に、傷口はどんどん小さくなっていった。やがて傷は塞がり、魔法を止めた。横でアマリアが、バッグから取り出した布で血痕を拭いていた。


「ヘイレンさんのその力……無属性ですか?」

「そう……なのかな?ボクにとっては『癒しの力』としか思ってなくて」

「……そう、ですか」


 確かにヘイレンは、この時代に来ていなかったら『テンバ』という生きものだった。今は絶滅した幻獣になっているし、テンバはどういう姿だったかもわからない。テンバとして生きていた頃の記憶も、ない。


 ふと、この船内を明るくしてくれた光の玉に目をやる。非常灯のように浮き止まっている光は、皆の心を一旦は落ち着かせていた。


 潜水艇の低い音は聞こえてこない。止まってしまっているようだ。


「ん……」


 レントの意識が戻った。アマリアが速攻で大丈夫かと声をかけた。


「あ……?俺、生きてるか……?」

「はい。皆さんも無事ですよ。レントさんだけがお怪我なさってましたが、ヘイレンさんが治してくださいました」

「……そう……か。ありがとな。で……アルスお前……起きれたのか?」

「ああ……」


 レントは自力で起きた。後頭部にそっと触れる。顰めっ面になった。


「思いっきり打ったから頭カチ割れたなと覚悟したんだが……傷が無い。これをヘイレンが?」


 視線を向けられた。黙って頷いた。


「傷は塞いだけど、頭の中まで傷ついてる可能性あるよね……。頭、まだ痛い?」

「ああ……ズキズキする。骨、いっちゃったかね」


 レントの身体が傾いた。再び身体を預かると、そのまま意識を失ってしまった。


「頭を守る、固定できるもの、あったかな……」


 アマリアがバッグをあさっている間、もう一度力を使ってみようと、ヘイレンがレントに手を伸ばしたその時……。


 翡翠の護石、波を消す。


 翡翠の霧、囚われし者の御魂を消す。


 身を捧げし者、罪の核を解き放とう。


 罪の身を屠りし者、核を湖へ沈めよ。


「なんだ、今の……」


 聞き覚えのない声だったし、どこか遠い感じがした。まさか、と見上げたが、光の玉には特に変化はないように見えた。


「精霊の声ね……。レントが宿している、あの光」


 そう言ったのはフレイだった。あの光は精霊だったのか。精霊を宿す者は即ち『四属(しぞく)の賢者』である……と、シェイドが昔教えてくれたのを唐突に思い出した。レントは火属性だから、火の賢者か。……昔からそうだったか?


「最近なのよ、レントが賢者になったの。先代が亡くなったから……」

「ほう……。で、なんで精霊があんなことを?」

「さあ……。突然過ぎて何が何だか」


 とは言え、言葉の意味はなんとなくわかっていた。フレイも頷いている。ヘイレンは……レントに治癒魔法をかけていた。


「ヘイレン、声聞いたか?」

「うん。レントさんが持ってた翡翠の石で、波の壁を消せるみたい。霧はミスティアの魔法、身を捧げし者はアルティア、罪の身を屠りし者は、レントさん」

「な……?」


 大方予想通りだったが、まさかレントが絡んでくるとは。どうやら精霊は、ヘイレンに詳細まで伝えていたらしい。俺がフレイと話をしている間に。


 小さな翡翠石を持っていれば、海の底の浜へ行ける。が、囚われし者の御魂を消せるであろうミスティアの行方がわからない。アルティアはヴィルヘルで保護されており、出国は許されていない。レントはこの有り様だ。


 そして何よりも、潜水艇が機能を失ってしまっている。乗組員たちの動揺の声が聞こえてくる。被害がいかほどか、まだわかっていないようだ。


 どこかで穴が開いて、浸水してきたら……。


 最悪の状況は考えたくないが、魔物の強襲ならあり得る。


 闇で黒く塗られた窓を凝視した。魔物らしい姿は窓からは見えない。やや遠いところで魚がゆったりと泳いでいる。


 いや、違う。尾びれはあるが、上半身はヒトの姿だ。


「アルス、何か見えるの?」


 ヘイレンが同じように窓の外を覗いた。直後、なにも見えないよ?と言う視線をよこしてくる。


「半獣か?魚の尾びれを持ったヒトが泳いでる」

「マーメイド族ですね。水界に生きる民で最も多い種族です」


 振り返ると、アマリアだったか、医師もヘイレンと同じように覗き込んでいた。


「こんな真っ暗でも見えるんですか?」

「……ああ」

「凄い……。あ、アルスさん、熱は大丈夫ですか?」


 そういやそれで寝てたよな、俺。そう思うと、少し頭痛が戻ってきたが、それほど酷くはなかった。額に触れると、少し冷えていた。濡れタオルを置いてくれていたらしい。大丈夫だ、と短く答えておいた。


 そのマーメイド族がこの潜水艇に気づいたらしく、近くまで寄ってきた。ぬう、と現れたので、ヘイレンが驚いてひっくり返った。その反応にマーメイド族も目を丸くしていたが、状況を把握したのか、何やら合図をしていた。


 それから小半刻(約30分)程して、ポセイルの救助隊がやってきた。潜水艇を牽引して、どうにか首都に辿り着いたのだが……。

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