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第4章-2

 結局、一睡もせずアルティアを介抱していた。その甲斐あってか熱は下がり、乱れていた毛並みも良くなっていた。脚元もしっかりし、食欲も出ている。


 アルティアの食事は、店員が気を利かせて無料で支給してくれた。……俺たちのそれは支払ったが。それでも幻獣の食事代はまあまあ懐が痛くなるので、ありがたいことだ。


 身支度を整え、小屋の外でうんと伸びをする。身体が少し痛む。関節が鳴った。小屋の裏手に回り、小さな桶の水を入れ替え、顔を洗う。井戸水は冷たく、一気に目が覚めた。


「ずっと起きてたの……?」


 戻ってくると、シェイドが小屋の外に連れ出したアルティアを手入れしていた。ブラシで解く度に毛が舞い落ちているが、禿げる様子は微塵もない。


「アルスがずっといてくれたから、オレもなんだか安心してぐっすり眠れたよ。あ、魂は抜けなかったけどな」

「よく眠れたんならいいさ。王に訴える気力が湧いていれば尚更いいんだが」

「おうよ!しつこいくらいに言いまくってやる!」


 アルティアは頭を上げ下げして気合十分だった。いつもの彼に戻っていそうだなと思うと、身体がずんと重く感じた。


「大丈夫?いかにも寝不足です、って顔してるけど」


 顔を洗うだけでは隠せないのはそりゃそうか。しかし、もう足踏みしていられない。アルティアも元気になったことだし、進まなければ。


「行こう。俺のせいで手遅れになっても嫌だしな」


 タオルを洗い、ブラシと桶と併せて店に返却し、簡易食料を買って公園を後にした。


 アルティアの負担を抑えるため、歩いて首都ドゥケルハイへと向かった。門は最初から見えていたので、そう遠くない。アルティアを挟むように、兄弟は歩いていた。


 時折アルティアの様子を見る。しっかりと歩けている。息遣いも問題なさそうだ。尾の付け根を少し浮かして左右に小さく振っている。シェイドの手入れも相まって、毛艶も良くなっていた。


 四半刻(約15分)程して、ドゥケルハイの門を通り過ぎて大通りを進み、さらに四半刻程で城の門にたどり着いた。門番と挨拶を交わし、そのまま城内へと案内された。広いロビーの真ん中で、王が来るのを待つ。


 アルティアは前脚を少し浮かせていつものクセをし始める。


「この際、言葉遣いは気にしなくていいから。アルティアらしく話して。私たちに話したように、ね」


 幻獣の右側にいたシェイドが、撫でながらそう声をかけていた。クセをやめて、アルティアは一息ついた。


 ……どう訴えれば許しを得られるだろうか。ずっと言葉を探していたが、頭痛が思考の邪魔をしてきて浮かんでこない。


「待たせたな」


 少しして、ヴェディルが奥の扉から出てきた。3馬身程の位置に王が立ち止まるタイミングで最敬礼をした。


「私たちこそ、到着が遅れ申し訳ありませんでした」

「お、オレが……ちょっと、つ、疲れちゃって……休ませてもらってました」


 シェイドに続き、アルティアも緊張気味に話す。


「もう大丈夫なのか?」

「あ、はい、お、おかげさまで……!ご心配をおかけしました」


 クセが出そうになるのを、宥めて抑える。


「さて……何を言われるか、おおかた予想はついてしまっているが……アルティアの考えを聞かせてもらおうか」


 途端に、空気が張り詰める。アルティアは四肢でしっかりと地を踏み直した。目を閉じ、深呼吸をして、目を開いた。


「ね……姉を助けに行きたいんです。オレの代わりに、王位継承しようとしてるんです。そんなの絶対にさせたくなくて」

「アルティアは今、何を知っている?」

「えっと……」


 幻獣は、シェラから聞いたことと姉の声で聞いたこと、そして、自分がグリフォリルになるまでに王から出されて承諾した条件も話した。


「……だから、逃げたってムダなんです。オレは王にならなきゃいけない。代わりになろうとしている姉は、王にはなれずただ贄になるだけ、喰われるだけだと思うんです。大切なヒトを、こんな形で失いたくない」


 ヴェディルの視線が、アルティアの顔から胸、脚元まで下がって止まる。つられて視線を下げて、我が目を疑った。


 そこに、子どもの姿があったのだ。


「オレは、翡翠の王に追いかけられて嫌な思いをしたけど、オレはちゃんと王と約束をしたんだ。だから約束は守らなければならないと、今は覚悟しています。


 約束を破れば、王は何をするかわからない。地界の国を、世界を滅ぼすかもしれない。オレのせいで罪のないヒトたちの命が危なくなるなんて、絶対あってはならない。


 オレは、この厄災を、自分で終わらせる。王を倒して、姉を助ける。それがオレの……使命です」


 言い終えると、子どもの姿は消えていった。子どもらしからぬ、というか普段のアルティアの口調とは違っていて、少し違和感を覚えた。


 ややあって、ふむ、とヴェディルは視線を幻獣の顔に戻した。


「自分でこの厄災を終わらせる、か。王を倒すことで終えられるものなのか?私にはそうは思えないのだが」

「……王を倒す、は、つまりオレが記憶を継承することで、先代の王は死にます。オレが王になるから。そうすれば、今の厄災もおさまります」

「して、アルティアが王になった後は?其方の今の記憶は失われるのだろう?同じように贄を求めることになるとすれば、厄災は繰り返されることになるのでは?

 私は、そうなると恐れているのだ。其方は、其方でなくなってしまう。アルス殿たちのことも、姉上のことも、全て其方の記憶から無くなってしまうのだ。それを理解しているのか?」


 幻獣は、しばらく沈黙した。嫌な空気になる。今のままでは出国は無理だな。


「やっぱ俺たちが、翡翠の王を見つけて屠るという道筋が、姉弟の犠牲もなく厄災も終わるんじゃねえのか?」


 言いたかったことをついに吐き出してしまったが、幻獣は耳をピクッと動かしただけだった。王は静かに小さく頷いていたが。


「ところでアルティア、翡翠の王の姿は大蛇で間違いないだろうか?」


 王の言葉に、アルティアは耳を立てた。


「え……?あ、はい。地界で一度倒したつもりでしたが、幻影でした。本物は別の場所……アビエル島の湖にいるかと思います。姉もきっと、そっちに行ってるはずです。自分が継承しようとしてるから」

「ふむ……」

「……どうしたんですか?オレ、なんか変なこと言いました?」


 王は腕組みをした。目を閉じて、しばし考える仕草を見せる。


「姉上の声で聞いた『言葉』が、翡翠の王の居場所を示している、と私は考えたのだが。つまり、アビエル島に向かっても王には会えぬのではと」


 水の底、波の壁。王の考えは俺たちと一致しているのか?


「水界……ですか?」


 シェイドの問いに、ヴェディルは目を開けた。そして、首を縦に振った。しかし、まだ何か引っかかっている様子で、表情が険しいままだった。


「いかにも、水界で間違いないだろう。翡翠の王の姿……其方は確かに大蛇だと述べたが、私の記憶とは違うのだよ。かの者はコア族だったはずだ。王でもなく、いわゆる普通の民だと」

「えぇ!?」


 アルティアは驚きすぎて後肢を滑らせ『おすわり』の体勢になった。






 ……コア族は己の身体を失っても、核さえあれば他の身体に宿って生きることができる。宿らせた個体はやがて自我を失い、同時にコア族として生き始める。そう言い伝えられてきた。


 ()()()()だった翡翠を核に持つコア族は、何らかのきっかけで身体を失い、核だけの姿となった。核を宿される……すなわち誰かが乗っ取られる前に、核は祠に封印された。


 しかし、翡翠の核は自分を封じた者を守護者に置いた。そのような暗示を掛け、支配していた。それが『核の守護者』だ。彼らは翡翠の核を封印すると同時に、核に囚われていたのだ。そして今も……。






 王の言葉に処理が追いつかない。アルスはますます頭痛が酷くなっていくのを耐えながら聞いていた。アルティアもおすわりのまま、口を半開きにして困惑している様子だった。


「コア族にお詳しいこともありますが、翡翠の王と呼ばれるようになったその者のこともお詳しいとは……」


 シェイドも唖然としていたが、王は首を横に振っていた。


「……思い出したのだよ、姉上が述べた『言葉』は、私も聞いたことがあったなと。遠い昔、幼き頃、水界にあるウォーティスの首都ポセイルを訪れた際に、ね」


 王の年齢が不詳なので遠い昔がいつなのかだが……相当前から核は封印されていたということか。


「……『水の底』はポセイルから更に深い場所、そこに小さな浜が存在するのだが、辿り着くには『波の壁』を越えねばならない。浜を守るように海流が通っており、それはもう非常に速い。故に、一瞬で彼方へ流されて海の藻屑となる。

 この壁は、核を外へ出さないための封印の一つだと、当時セイレーン族から聞いたが……『祠の核を泉へ』と言うことは、核を外へ出すということだろう。しかしそれは可能なのか……?」


「出してはならない核だから封印されたと予測できますが……その壁を突破したヒトはいらっしゃるのでしょうか?」


 兄の問いに、王は再び首を振る。


「さてね、そのあたりはアスール殿がご存知かもしれん。彼はウォーティスの国王だ。……核を直接破壊すれば、アルティアもこの呪縛から解放されるだろうが、其方を向かわせることは容認できん」

「なんでですか!?」


 ようやくアルティアは後肢を踏ん張って立ち上がった。


「其方は王位継承者として受け入れるつもりでいるのだろう?仮に波の壁を突破したとして、其方は核を破壊できるか?」

「それは……で、できると思います!」

「……核を封じた者が、抵抗も無く支配されているのだぞ。其方も知らぬ間にそうなって、王位継承されている未来が見える」

「う……」


 アルティアはこれ以降何も言わなくなってしまった。出国することを諦めたわけでは無いとは思うが、説得できる言葉が無くなってしまったのだろう。


 耳の力が抜け、しょんぼりした。尾の付け根も臀部にひっつけている。


「魔物を連れて其方を襲いに来る、と言っていたな。この国にまで来た際は殲滅させられるくらいの戦力はある。私は其方を守りたい。姉上の捜索と翡翠の王の討伐は……」


 と、王はこちらを見た。そうなることはわかっていたので、食い入り気味に答えた。


「俺が引き受けます」

「……すまないが、よろしく頼む」


 王は小さく会釈した。


「……して、ポセイルに向かうには一度ポルテニエに行き、潜水艇に乗る手段しかない。グリフォリルの手配をしておくので、準備が整い次第側近に伝えてくれ」

「承知しました。……あの、王を討伐してかまわないのですか?」


 一応聞いた。これもまた『ヒトを屠る』と同じだ、普通に考えたら処刑されるようなことを命ぜられている。


「話が通じ、説得できれば、刃を振るう必要はないが、ヒトならざる者……魔物と同等の状態であれば、それは『魔物の討伐』に当てはまる。

 状況は会ってみないとわからないが、そこはアルス殿の判断に委ねる」

「……承知しました」






 城を出て門まで来ると、早速グリフォリルが1頭待機していた。そいつはアルティアに耳を向け、頭を寄せてきた。鼻面同士を合わせる行為は、グリフォリルの挨拶だ。


 しばらく幻獣同士で話をしている様子だったので、その間に身の回りの確認をした。といっても、普段から必要なものは持ち歩いているので、どうということはない。


 ふと思い立って、そばにいた門番に偵察鳥を借りることはできないか聞いた。連れて行って、状況を記録(記憶)してもらえれば、自身の報告も楽だし、間違った情報を伝えずに済む。


「さっき聞けばよかったのに忘れてた俺が悪いんだが……王に確認していただけないだろうか?」

「承知しました。少しお待ちを」


 門番は彼ら専用の扉から城へ入っていった。


「……シェイドはアルティアを頼む」

「わかった。ちょっと可哀想だけど、脱走しないように対策しておくね」


 アルスが乗る予定のグリフォリルと話を終えたアルティアに、シェイドは人差し指を立てて円を描いた。薄紫色の(もや)がスルスルと幻獣に伸び、右後脚に巻きついた。アンクレットのように鎖が付けられた。


 気づいたアルティアは、その脚をくいっとあげると、後ろ蹴りした。


「変な感触だろうけど、慣れてちょうだい」

「なにしたの?」

「勝手に飛んで行かないようにしたの」


 シェイドは優しく話したが、アルティアは耳を後ろに倒している。不機嫌になったなともう一頭も察したようで、すっ、とアルティアから離れた。


「お待たせしました。王より許可を得ました。あちらを連れて行ってください」


 戻ってきた門番が指差した方を向くと、颯爽と偵察鳥が飛んできた。俺の膝ぐらいまでの小さな体格。長い(くちばし)、細身の身体だが翼をたたむとふっくらと見える。足には水掻きが付いていた。


「海底に適した個体です。見た目も魔物と間違われないかと」

「ありがとうございます」


 危険と判断したら勝手に逃げてくれるらしいが、一応気にかけておこう。


 鳥の前にしゃがむと、鳥は目を合わせるように顔を上げた。……『スイ』と呼ばれているらしい。アルスだ、よろしくな、と思念を返すと、スイは翼を震わせた。


「じゃあシェイド、あとは頼む」

「うん。……気をつけてね」


 王が手配したグリフォリルに跨り、スイと共にポルテニエへと向かった。






 姿が見えなくなってからも、アルティアはしばらく動こうとしなかった。門番はアルティアの位置が邪魔なのか、少し困った表情を浮かべていた。何せ門のど真ん中にいるのだから。


「街に戻ろうか。ヴァルボラへは明日帰ろう」


 シェイドはアルティアの首から肩にかけて優しく撫でたが、耳は絞ったままだ。


「なんで」と幻獣がボソッと呟く。


 出国を許してもらえなかった。


 ねぇちゃんを助けに行けなかった。


 オレが次の王なのに。


 なんで保護されなきゃいけねーんだ!?


「うぇ!」


 シェイドは首にも鎖をかけていた。少しだけ締め上げたので、アルティアは変な声を出した。


「君は、王になりたいのか?」


 シェイドの声色の変化に、アルティアは耳を立てて尻尾を巻いて少し後退りした。


「条件を飲んだからか?約束したからか?アルティア自身はどうなんだ?」

「お、オレは……」

「自分が犠牲になることを、どれだけお姉さんは苦しんでいるのか、想像できてる?」

「え……」


 アルティアはおすわりしていた。頭を下げて、たれ耳となり、やがて伏せの体勢になった。


「……私が贄になって王位継承する、アルティアは今のままで生き続けてほしい。そう願い、覚悟し、翡翠の王に近づいた」

「……え?」

「しかし、目の前に現れたのは王ではなく、王の核を守る者だった。けれどもその者にも核らしき光が宿っていた。王を目覚めさせる『カギ』だと気づいた。私はこの『カギ』を壊した」

「シェイド……?」


 困惑するアルティアだったが、シェイドは止まらなかった。この時掴んでいたのだ……()()()()()()()を。謁見中に見た子どもの幻影。そこから記憶を手繰り寄せていたのだった。






 ……私は『カギ』を壊した。いよいよ王が自ら継承者に近づき記憶を渡さねばならない。私はそれが狙いだった。王の化身とも言える核の守護者を殲滅し、王だけにする。的を絞って、贄になるフリをしてとどめを刺すはずだった。


 湖の主は大蛇じゃなかった。巨大な魚だった。私は飲み込まれてしまった。闇の空間、身体を振り回されて気分が悪くなり、頭が真っ白になった。それから私は、どこかへ放り出された。


 そこは、大蛇の前だった。あの湖の主だった。身体は大蛇に巻きつかれていて身動きがとれない。体温が奪われる。自分が冷たくなっていくのを感じながら、けれども耐えながら、私はあなた()()に伝えたい。


 水の底、波の壁、祠の核を、湖へ。


 ……私は今、核の守護者に包まれている。頭から足まで、ぜんぶ。でも不思議と苦しくない。息もできる。守られているような感覚。王は、継承者を待っている。私を贄として喰らうわけでもなく、私を継承者として受け入れるわけでもなく。


 だからアル、私は生きてるから安心して。祠の核を、湖へ。これができたら、翡翠の王の文明は終わる。


 終わらせて。アルの……力で……。






 シェイドはくず折れた。アルティアが咄嗟に身体で支えた。門番たちが騒つく。ひとりがシェイドに駆け寄ってきた。


「シェイド殿!」

「……すみません、お騒がせ……して」

「こちらで休んでください」


 門番の肩を借りて、シェイドは扉の先へと消えていった。残されたアルティアは、どこへ行くこともなく、門の端に移動して、シェイドの帰りを待つことにした。


 シェイドにねぇちゃんが乗り移ったような感じだった。強い思念をシェイドが受け取ったのか?よくわかんないけど、そういうことにしておくか。


 祠の核……ヴェディル王が言っていた『水界の海底にある小さな浜』に核があるんだっけ。湖ってあの島の湖か?そこに核を沈めるのか?あれ、それだと結局は翡翠の王を湖に引っ越しさせるだけじゃん。あ、継承者のオレも一緒に沈むのか……。そうなのか?


 ……いろいろ考えたところで、オレはこの国を出ることを許してもらえなかったから、オレが核を湖へ持っていく、なんて無理なんだよな。首と脚になんか付けられてるから、だっそーもできないし。


 王はねぇちゃんをどうするつもりなんだろう。死ぬまで包んでるつもりなのかな。そのうちねぇちゃんの意思を飲んで、ねぇちゃんを継承者にしちゃうのかな。


 あ、もしかして、ねぇちゃんをオトリにして、オレを誘き寄せようとしてんのかな?ねぇちゃんをかいほーしてくれるんなら、オレは行くぞ……行きてーよぉ……。


「はぁー」


 門番に聞こえるほどの、大きなため息をついた。

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