第4章-1
死んだように眠っていたアルティアが、急に目を覚まして頭を上げた。あまりにも唐突だったので、柄にもなく飛び上がってしまった。
「お、まえ……もっとマシな起き方しろよ!」
「マシって……どう起きればマシなんだよ?」
と言われてもその答えが出てこなかったので、黙って投げ捨ててしまった砥石を取りに腰を上げた。
「あ、アルティア、おはよう。すっごく深く眠ってたね。調子はどう?少しは疲れ取れたかな?」
シェイドがひょこっと庭に出てきた。途端にアルティアは耳の力を抜いて、馬の尾をゆっくり振り始める。額を撫でられると、目を閉じて甘えた声を出した。
……無事に闇の国ヴィルヘルの首都ドゥケルハイに着き、王ヴェディルに謁見した。王はアルティアの様子を窺い、それから状況を聞いた。
幻獣は一から十まで細かく話すと、その嫌な記憶にどっと疲れが出たようで、その場で倒れてしまった。まるで魂が抜け出てしまったように身体は硬直し、呼吸も一時止まってしまった。周りが騒然とする中、ヴェディルは冷静にアルティアの首元を撫でた。
「相当追い詰められていたようだな。……アルス殿の居住地に、放牧地はあるか?」
「……はい。兄が何頭か飼い慣らした魔物がいますが」
「ふむ。しばらくはアルス殿の居住地で経過を診てくれぬか?城内にもグリフォリルの厩舎はあるのだが、知らない場所にいるよりは、知っているヒトの近くにいるほうがアルティアも安心するだろう」
「……承知しました。連れて帰ります」
「急ですまないな。アルティアを運ぶにあたり、荷馬車を早急に手配しよう」
「ありがとうございます……」
……そんな王との謁見後、幻獣は先程まで意識がなく、ついさっきまで死んだように眠っていたのだった。
砥石を広い戻ってきたが、心の臓はまだ激しく鼓動を鳴らしていた。
「ああ、そうそう。シェラに会ってきた」
「は?」
シェイドにブラッシングされながら、唐突にアルティアはそんなことを言った。寝ぼけてんのか?と眉をひそめたが、幻獣は起きてるよ!と耳を後ろに少し倒した。
「ねぇちゃんに、オレはヴィルヘルにいるぞって言いに行ったんだけどな。いなくなっちまってた。なんでだっけな……あ、そーだ、ねぇちゃんが翡翠の王に……!」
突然翼を広げたので、シェイドがそのつけ根を押さえた。それから何かしたのか、アルティアの腰が抜けて「おすわり」の状態になった。
「勝手に飛んで行かないの。君ひとりで助けにいくのは、王に喰らわれに行くのと同じだよ」
「う……なんか、シェキルにも似たようなことを言われた気がする」
「シェキル……様……」
シェイドの眼が変わる。一点を見つめ、動かなくなった。
「どした?おーい……」
鼻面でシェイドの額を軽く押すと、兄は我に返った。
「ああ、ごめん。なんでもないよ」
少し笑ってから、ブラッシングを再開した。
「シェラに会ったってのは、夢でも見てたのか?」
「んー夢っつーか……まあ、寝てたから夢なのかもしれねーけど、なんだろな、なんか魂だけでヒールガーデンまで行ってた感じ?」
本当に魂が抜け出ていたのか?と内心驚愕しながら砥石を片付け、短剣を腰に差し、窓のそばに置かれた椅子に腰掛けた。シェイドはアルティアの左側から右側へ移動し、黙々ともふもふの毛を整えている。
「ほら、シェラって召喚士だから、魂と会話できるじゃん。それで聞いたんだ、ねぇちゃんのこと。そういやシェラ、なんか変な感じだったな」
「変とは?」
「喋ろうとしてたけどなんか声出てねーし、ずっと思念で会話してたし。だから、最後は熱出してへたり込んでた。あとなんだ……すっげー違和感あったんだけど……ふぇっ」
急に変な声を出したのは、シェイドがアルティアの臀部をブラッシングしたからだった。「おすわり」から立ち上がっていたのだが、また腰が抜けて尻餅をついていた。
「あらら、ここ触られるのは苦手か。まあ好きなグリフォリルはいないよね」
シェイドは笑いながらアルティアを立たせると、尻尾を解き始めた。幻獣は後肢を少し震わせ、我慢しているような笑っているような、なんとも奇妙な表情で耐えている。
「魂との会話に魔力を使うから、熱が出るほど長く話してたのかな。声が出ないのはどうしたんだろうね。精神的なものかな……」
尻尾を解き終えたシェイドは、アルティアの首元を優しく撫でた。当の幻獣は目を閉じてウトウト……とはせず、うーんと考え続けていた。
やがて、あ!と顔を上げて目を見開いた。今度は飛び上がる程ではなかった。予測していたからだろうな。
「あれだ!シェラ、手が無かった!」
「……は?」
「手が……無い?」
兄弟は同時に声を漏らす。アルティアは少し興奮気味に頭を上下に振る。確かにシェラは過去に起きた戦いで右腕を失ったが、竜騎士時代の相棒ディアンの核が埋め込まれたおかげで再生というか、ディアンの腕が移植されたというか、そういう状態になっていたはずだ。
「無い」ということは、ディアンの核が体内から取り除かれたのか?因みにディアンは、黒曜石を核に持つコア・ドラゴンだ。
「あいつ、腕を失ったのか?なんでまた……」
「そこは知らねー。聞かなかったわ。ねぇちゃんのことでいっぱいいっぱいで……」
片方の前脚を少し浮かせて開いたり閉じたりを繰り返す。お馴染みのアルティアの『クセ』だ。不安や心配になるとこうなる。
「そうだ……シェラに言われたんだ。ひとりで行動すんなって。もしねぇちゃんを追いかけるのなら、アルスと一緒に行けって」
「なんで俺がそばにいるって知ってるんだ?」
「ああそれは、オレがアルスを乗せてヴィルヘルに行ったんだーって話したから!」
「あ……そう」
クセを止め、ふう、と幻獣は一息つく。シェイドはぽんぽんと軽く愛撫して、庭の片隅に置いてある棚にブラシを置いた。
「……あのさ、アルティア。君と君のお姉さんは双子……なのかな?」
「え?……ああ、うん、そう……だよ。どうした?」
「……やっぱりそうか」
アルティアは首を傾げる。アルスは黙って見守っていた。シェイドはアルティアをまっすぐ見つめている。
「私は、君たちの父親に会ったんだ、あの島の森の中で。とても辛そうな、複雑そうな顔をしていたよ」
「えっ……とーちゃんを知ってんのか?なんでそこにいたの?」
「村ビトに攫われて、島にいたんだ」
なんだって!と一瞬耳を絞ったが、シェイドが素早く落ち着かせた。
シェイドは自分が島で経験したことを掻い摘んでアルティアに話した。うんうんと上下に頭を揺らしつつ、だんだんと耳が垂れ下がってきた。
「とーちゃんはとーちゃんなりに、オレたちを守ろうとしてたと思ってた。けどやっぱり、厄災から自分を遠ざけたい気持ちのほうがおっきかったんだな」
双子で生まれてこなければ、こんなことにはならなかったんだな。そんな心の呟きを、アルスは受け取ってしまった。しかし、双子を妊った母親に罪はない。言い方は悪いが「偶然の産物」なのだ。だから、アルティアたちにも罪などない。
「アルティア、自分を責めるな。親も責めるな。お前ら家族は誰も悪くない。双子は厄災だなんて言い出した村ビトと、贄を求めようとする翡翠の王が悪い。厄災の元凶は、間違いなく翡翠の王だ。そいつを葬れば、全て終わる」
アルスは椅子から離れてシェイドの隣に立った。アルティアは兄弟を交互に見る。高身長のシェイドとは同じ目線で、アルスを見る時は視線を下げている。
「……アルスって、でけぇなぁと思ってたけど、シェイドのほうがでけぇんだな」
「うるせぇな、今それ言うか?」
「なんならキルスのほうがもっと大きいよ」
「シェイド!」
ふふ、と笑う兄に少し腹が立った。真面目な話してんのに、なんだよお前ら……。
「それはさておき、アルスのいう通り、君たちは何も悪くないんだ。生まれてきたことが罪、だなんて思ったら、贄にされた母親が悲しむよ」
「……!」
幻獣は一歩退いた。くぅーん、と鳴いた。耳が完全に垂れ下がり、頭も視線も下がる。
「……翡翠の王の討伐。それを望むなら、協力するよ。私もおそらく、村ビトから逃げなければ贄にされていたかもしれないし。ただ喰いたいだけの理由で母親を喰ったのなら、私だったら仇を取りに行くね」
いつもより声が低い。怒りの念を感じる。シェイドの変化をアルティアも読み取り、顔を上げて耳をピンと立てた。
「討伐に向かうか、アルティアを連れて」
「アルス、一応王の保護下だよ、アルティアは。出国を簡単に許すと思う?」
「えー、こっそり出ていくのはダメなのか?」
アルティアも食い下がるが、兄は首を縦に振らない。
「それは私たちが捕まる。保護対象を逃した罪で、ね」
「う……そ、そうなのか……」
アルティアは腰を下ろして伏せの状態になった。翼をたたみ、はぁ、とため息をつく。
「せっかく危険から守るために保護したのに、出国は許さないだろうね。大人しくここでお姉さんの無事を祈るしかない」
「ええ……そんなぁ……んん?」
幻獣は空を見上げた。つられて兄弟も見上げる。夜のような闇が広がるだけで、何もなかった。アルティアに視線を戻すと、一点を見つめ、耳をピクピクと小さく動かしている。
「……水の底、波の壁。祠の核を、湖へ」
そんな言葉を聞いたらしい。しかも、姉の声で。
「……水の底って海の底か?」
「もしそうだとすると、水界を指しているのかも?」
兄弟は互いに腕を組んで考える。海の中に大きな都市があり、そこが首都ポセイルだ、と、ポルテニエの漁師フィエドが言っていたのを思い出すが、一度も水界へ行ったことがないから想像がつかない。
「水界は存在は知っているけど、行ったことがないな。どんな世界なんだろう……」
シェイドも興味が湧いているようだ。
「……てか、何で急にそんな声聞いたんだ?」
「え?あれ、聞こえてたのオレだけなの?」
兄弟は一瞬顔を合わせる。互いに聞こえていないことを確認した。幻獣は「そうなのか」と呟く。……弟に思念を送るのはごく普通のような気がするが。
「ちゃんと言ってなかったけど、ねぇちゃん、翡翠の王に囚われたかもしんねーって」
「……だから飛ぼうとしたんだね」
「うん。継承者はオレなのにねぇちゃんが王……女王か、とにかくなろうとするのは絶対ダメ。オレがイヤ」
「でも、アルティアも継承したくない、王にはなりたくないんだよね?だから逃げ回っていたんだよね?」
シェイドの問いに、少し戸惑っていた。クセをやり始める。なぜそこで言いあぐねるのか。
「それはそう……だったけど……オレ、何でグリフォリルになったか、思い出したんだ。……あの島から逃げるためにオレ、贄として王に身を捧げたんだ」
「身を……捧げた……?」
アルティアは、身を捧げる代わりに空を飛べる生き物の身体をください、と王に懇願した。王はそれを承諾し、彼を喰らった。この一瞬、アルティアの意識は途絶えたが、次に意識が戻った頃には、姉を背に乗せていたらしい。
「オレはその時、将来、記憶を伴って王位継承をする際は、オレが継承することを、王と約束したんだ。それが、グリフォリルの身体を得る条件」
予想が、かつて見た夢が、真実になった瞬間だった。
「じゃあ、姉が代わりに継承者になると訴えても、通用しないってことか?」
「……たぶん」
「それ、マジで姉が自分自身を差し出していたとしたら、あいつは王に喰われるだけなのでは?」
「!!」
アルティアは目を見開き、半開きの口を震わせた。
「お、オレ……やっぱり助けに行きたい。てか、オレが助けなきゃダメだ。オレの問題なのに、ねぇちゃんが犠牲になるのはマジでマジで……マジでイヤだ!!」
幻獣の青い眼から、雫がこぼれ落ちた。グリフォリルは涙を流さない。アルティアは見た目はそれだが、魂はヒトのそれであると再認識させられた。
「なあ、なんとかなんねーか?オレ、ここで、ねぇぢゃんを、待っでる、なんで……できねーよぉぉ!」
わんわん泣くグリフォリルに、居た堪れない気持ちになったので、腹を括った。
「シェイド、今からアルティアとここを出ていく。姉を……ミスティアを探してくる。王にそう伝えてくれないか?」
「え!ちょっと待って、王に懇願するのが先でしょう?」
「そんな時間ねぇからシェイドに頼んでんだ。アルティアも泣きやめ。俺を乗せて飛ぶ準備しろ」
一旦家に入り、自室に置いてあったコートを羽織って戻った。アルティアはとりあえず泣き止んでいて翼もバサバサと動かしていたが、その前にシェイドが立ちはだかる。
「どいてくれ、シェイド」
「さっき言ったよね?勝手に出て行ったら罪を犯すことになるって」
「ああ。でもこれはアルティアにとって大事な行動だろ。見殺しになんかできるかよ」
シェイドの傍を避けようとしたが、腕を掴まれた。
「保護対象の者を、王の許可も無く連れ出す罪は軽くない。たぶん鞭打ちだ。連れ出した時間が長ければ長いほど、打たれる回数も増える」
え、とアルティアが兄の後ろで慄く。回数が増えると、ヒトによっては息絶える。実質処刑と同じだ。
「王に懇願する時間はある。謁見依頼はやっておくから、アルスはアルティアとドゥケルハイに行って。絶対に出国しないで。お願いだから、順番を間違えないで」
シェイドの、腕を掴む手が震えている。
「アルティアの出国を許したら私も同罪だ」
「管理を怠ったからって?」
「そう」
「だったら知らないうちに俺が連れ出したことにして……」
「それもダメだよ!結局は保護対象の管理を怠った事になる!何にしたって、自分だけが罰を受けるわけじゃない!」
シェイドの怒りの闇が体内に入り込み、全身に刺すような痛みが走った。耐えられずくず折れた。ひぃ!とアルティアが悲痛の咆哮を上げた。
仰向けに倒され、押さえられる。思うように手足が動かず、抵抗できない。
「アルティアと共にお姉さんを助けに行く。その気持ちは私も同じだ。けれども、ちゃんと順序立てて事を進めないと、みんなが不幸になる。
……許しを得るにはかなり訴えないといけないけど、ヴェディル様はちゃんと聞いてくださるお方だ。さっきみたいにアルティアが思いの丈をぶつけたら、王も考えてくださるんじゃないかな。
少し冷静になって考え直してごらん。そうすれば、わざわざ罪を犯してまでここを発つ、なんて考えには至らないと思うよ」
シェイドの言葉が、衝動を抑えていった。痛みが引いていくと同時に脱力していった。
兄が身体を退いても、黒い空をぼんやりと見据えていた。すぐにでもミスティアを見つけなければ。しかし、行くあてはあるのか?
……ああ、そうだな、シェイドの言う通りだな。
自分の行動に嫌悪感を酷く抱き、動くようになった手で思い切り地を叩いた。ポスッ、と虚しい音が更に悔しさ、苛立ちを募らせた。
「さて……王に謁見依頼を書かないとね。アルティア、もう少し待っててくれる?すぐに済ませてくるから」
シェイドの声はいつもの高さに戻っていた。アルスは幻獣の足音を仰向けのまま聞いていた。すぐそばで止まり、うん、と小さく返事をしていた。
「シェイド」
兄を呼んだのは、もうひとりの兄だった。その声でようやく起き上がる。窓際に、キルスが立っていた。
「アルスとアルティアを連れて王城へ向かえ。もう承諾は得ている」
「えっ?」
ずっと部屋の奥で聞いていたらしい。弟ふたりの言い争いを聞いて、急いだほうがいいと判断して謁見依頼を送ってくれていた。
「アルスを先に行かせていたら、おそらくドゥケルハイなんか行かずに国を出て行ってたぞ」
「……私も冷静さを欠いていたな。依頼を送ってくれてありがとう、キルス」
「……アルティア、王にしっかりと伝えてこい。首を縦に振ってもらえるまで諦めるな。そうすれば姉を救えに行ける」
「あ……うん、わかった」
「このふたりを乗せて飛ぶことは可能か?」
アルティアは、おとなふたりまでなら乗せられるが、大柄なヒトがふたり、はどうなのか。チラッとアルティアを見たが、幻獣は首を縦に振っていた。
「ふたりまでならだいじょーぶ。あー、でも、ちょっと窮屈になるかもしんない。ふたりともでけぇから」
「幅より重量オーバーで飛べないとかないのか?」
たまらず不安を口にした。確かに、とシェイドも心配したが、やはりアルティアは平気を装った。
「乗ってもらわねーとわかんねーから、とりあえず乗って」
と言われたので先に乗り、後ろにシェイドが乗った。少し踏ん張ったのを感じた。バサバサと翼を動かして飛ぶ体勢を整えると、うりゃ!と発しながら地を蹴った。
とりあえずは、飛んだ。が、いつものよりスピードは鈍っていた。やはりアルティアにこのサイズと重量は酷だったか。
「無理すんな、疲れたら途中で俺たちを降ろせ」
「ん!そうする!でも風を掴めばなんとか!」
そうは言っていたが、結局2度ほど着地して休憩をとった。
一度目の休憩は、四半刻(約15分)もしなかった。アルティアが「早く行こう」と言うのだから、それに従うしかなかった。勝手に飛んで行かれても困るし。
二度目の休憩は、ドゥケルハイの門が小さく見えるほどに近い場所だった。そこは小さな公園のようになっていて、グリフォリルが休める小屋が解放されていた。逃げ回っていた疲れも残っていたようで、しばらく小屋でぐったりしていた。
シェイドと、古屋の近くで焚き火を囲んで一息ついていた。家を出てからそれなりに時間が経っていたのと、謁見の時刻を聞かずに飛んできてしまっていたため、シェイドは思念でキルスに確認していた。
「謁見はいつでも大丈夫だって。今は特に忙しい時期ではないみたい。だから、アルティアが起きてくるまでここにいよう」
シェイドの提案に、無言で頷いた。兄とは言い争ってから目を合わせていない。自分の過ちに嫌悪感を抱きっぱなしで、兄に謝らなければならないのにそれもできていない。
その一方で、ミスティアのことが心配になっていた。もしも本当に、王位継承をしてしまっていたら……彼女は自我を失い、翡翠の女王として贄を求めるようになるのか。
そんなことを、誰が望もうか。
居心地が悪いと感じたので焚き火から離れ、小屋に隣接した商店の品を見に行った。とても小さな店だが、ここで野宿できるように寝袋や簡易食料、空の水袋などが売られていた。水は小屋の裏手にある井戸から確保できる。
ヒト用の簡易食料の隣に、氷砂糖の袋が積まれていた。それを一つ手に取り、店員に声をかけた。金を払って、隣の小屋にそっと入り込む。
アルティアは起きていたが、目は虚ろで口は半開き、毛並みも乱れて艶がない。アルスはしゃがんで首から肩にかけて撫でてみた。少し湿っている。熱がありそうだ。
一旦小屋を出て裏手に回る。井戸から水を汲み、グリフォリル用の水桶に注ぎ、また小屋に戻る。顔のそばに桶を置いて、今度はタオルの調達に出る。店員に尋ねると、店の奥から小さな桶にタオルを数枚と、幻獣の身体用のブラシも入れて持ってきてくれた。
小さな桶に水を汲み、再度小屋に入ると、アルティアは顔を上げていた。桶の水を、少しずつ飲んでいた。
「……だいぶ無理してただろ」
とにかく少しでも早く姉……ミスティアを助けたい。アルティアの焦りと不安は、彼の体力を大きく奪っていた。水を少し飲んでは、ふぅとため息をついている。
水を含んだタオルを絞り、身体をそっと拭いてやる。アルティアはピクリと小さく反応したが、以降されるがままだった。
「なあ……オレ、ねぇちゃんのところに行けるのかな」
「……どうした?」
「こんなにさぁ、暑くてしんどいの、初めてだよ。オレ、このまま暑くなりすぎて死んじゃうのかな」
心も弱っている。身体を拭きながら、かける言葉に悩んでいた。
「あ、そういやさぁ……やっぱわかってたんだね、オレのねぇちゃんがミスティアだってこと」
「あ?……ああ。俺の知ってる女性はそう多くねえしな。フレイかミスティアかのどちらかだろうなと。ダーラムにいるのかな、って言った時点で確信していた」
「あー、そっか。なるほどね……」
ふぅ、と息を吐いて、じっと水桶を眺める。弱い灯りが、水面にぼんやりと顔を映し出している。
そっと氷砂糖の入った袋を取り出した。その音に幻獣は耳を立てた。袋から3粒取り出して、幻獣の口元に持っていった。
「もし食えそうなら……」
「おお……いいのか?」
「お前のために用意したんだ」
「……ありがとう!」
アルティアは一つ、パクリと口に入れた。ゴリゴリと砕かれていく音が、不思議と心地よく感じた。額、頭、頬、顎と満遍なく撫でると、アルティアは甘え声を出した。そしてまた一つ、氷砂糖を口に含んだ。




